おっさん冒険者+5~半引退していたのに出世していた弟子達が放っておいてくれない。相手のレベル+5になるスキルが強いだけだから、期待に添えないと思うんだけど~
四季山 紅葉
第一章:+Level5
第1話:ルイス・ムーリミット
「はい、依頼された【リーフリザードの鱗】10枚。確認をお願いします」
「はい……えっと、確かに! 依頼達成です。こちら報酬です。いつも、ありがとうございますルイスさん!」
今日も今日とで赤髪の男――ルイス・ムーリミットの、いつもの日課が終わる。
彼が若い頃から、お世話になっている冒険者ギルドでの仕事だ。
受付で受けた依頼を達成し、その依頼品を渡すの繰り返しを、もう20年以上もしている。
そして新人の頃から知っている受付嬢から笑顔のお礼を言われ、36歳のルイスの心が少し癒されるのだった。
「いやいや、こっちがお礼を言いたいぐらいだよ。こんなおじさんに仕事をいつもくれて。――でも私も36だし、いよいよ邪魔者かな?」
幼い頃、彼の師匠からダンジョンへ放り込まれて、間もなく30年。
トラウマ級の修行を乗り越えてきたが、少しずつガタが来てるのも事実だった。
――万が一の為に、早い引退も視野に入れないとな。
ルイスがそう思っていると、受付嬢――フレイは、ぷんすかと怒った表情を浮かべた。
「もう! またそんな事を……本当に助かってます! このリーフリザードだって危険度6の魔物ですし、まともに対応できるのもルイスさんだけです!」
本当に優しい子だと、ルイスは思う。
後ろに一纏めにした金髪を揺らす受付嬢――通称フレイちゃん。
新人時代に、ルイスが渡した依頼品を駄目にしたのを許したり、流れの冒険者からのナンパから助けたりしたものだと、ルイスは思いだす。
いつの間にか自身を慕ってくれていたフレイ。
今では、ギルドに欠かせない立派な受付嬢となって、ルイスは嬉しく思っていた。
「ありがとう。でもリーフリザードは確かに戦えば危険度6だが、それは戦うからだ。本来温厚で、好きな果実等をあげて警戒心を解ければ鱗ぐらい、すぐにくれるよ」
「その知識もそうですが、技術も知っているのはルイスさんだけです! ルイスさんの御弟子さん達は皆、都会に行っちゃっていなくなるし。だからルイスさんの存在は大きいんですよ?」
そう言われると悪い気はしない。それが社交辞令でもだ。
けどいよいよ歳だし、ゆっくりとこの地元でのんびりしたい。
それがルイスの本音でもあった。
同時に彼等を弟子と呼ぶのが恐れ多いと、ルイスは困った顔を浮かべる。
「いやいや、彼等は弟子って訳じゃないよ。少しダンジョンについて教えたり、最低限の武器の扱いを教えただけだ。今じゃ王都の上位ギルド長やエースだし、彼等は元々才能があったよ」
――でも実際、教えがいはあったな。あの子達は。
教えてあげた事はすぐに吸収し、注意する魔物の特徴や弱点も、すぐに覚えてくれたものだと、ルイスは思いだす。
彼等には、本当に教えていて楽しかった。
今でも全員、律儀に手紙やお土産をくれる、本当に良い子達だとルイスは胸が温かくなるのを感じた。
時折ルイスもお返し代わりに、手紙にダンジョンの素材を一緒に送ってあげてるが、それを迷惑に思われてないか心配でもあった。
すると、そんな心配を読まれたのだろう。
フレイが厳しい視線でルイスを見ていた。
「もう! ルイスさん! もう少し自分に自信を持ってください!」
「そうはいうけど、実際にそうだし……こんなおじさん、いるだけで空気が悪くないかい?」
「おーい! ルイス! 終わったなら一緒に飲みに行こうぜ! 今日は奢ってやるぜ!」
「いや、今日は疲れたから遠慮するよ。また今度、頼む」
後ろの席で顔馴染みの冒険者達が、依頼金を持って騒ぎながらルイスを呼んでくる。
辺境ゆえ、依頼金で飲んで生活するぐらいしか楽しみもない。
それで十分生活できるからか、昼過ぎからこれだ。
ただ、こうやってよく飲みに誘ってくれる。
本当に気の良い奴等だと、ルイスも仲間意識はあった。
同時に、ルイスを頼るのは彼等だけじゃなかった。
「ルイスさん! これからダンジョン『火岩の巣』に行くんですけど、何を注意すれば良いですか!?」
「あぁ! あそこなら冷草を持って行きなさい。熱中症対策にもなるし、後は炭だ! あそこを縄張りにしてる『フレイムドラゴン』は炭が好きでね、攻撃しなければ敵とは思わないから安全に探索できる」
「ありがとうございます! よし! 皆行くぞ!」
そう言って最近見かけるようになった若い冒険者達は、元気よくギルドから出て行った。
――こんな私にも気を遣ってくれて本当に良い子達だ。無事に戻って来てくれよ。
「こんな私に皆、気を遣ってもらって本当に申し訳ない……」
「もう何も言いませんからね、ふんだ!」
何故かフレイは、機嫌悪そうにそっぽを向いてしまった。
気に障る事でも言ってしまったか?――と、ルイスは悩んだ。
最近の若い子達の価値観は難しいから、何か言ったのかも知れない。
しかし触らぬ女性に祟りなし、だ。
依頼を終えて疲れたルイスは、そのままフレイへ背を向けた。
「それじゃフレイちゃん、明日もまた来るよ」
「は~い! どうぞご自由に!」
フレイは、やはり少し不機嫌な感じで返答してきた。
――今度、食事にでも誘えば機嫌を治してくれるかな?
ルイスはそんな事を思い、苦笑しながらギルドを出て、外に出てみると、まだ夕方には早い時間だった。
日もまだ沈まず、子供達もまだ遊んでいるし、老人も家の前で日向ぼっこをしていた。
「こりゃ、もう一個ぐらい依頼を受ければ良かったかな? でもフレイちゃんの機嫌も悪かったし、今更戻れないな。――帰ろ」
疲れてるのも事実だ。
ルイスは節々が痛む身体をゴキゴキと音を鳴らし、家へと歩き始めた。
♦♦
ギルドから少し離れた場所にある一軒家。
そこがルイスの家だった。
「ただいま」
誰もいないことは分かっている家にそう言ってルイスが帰宅すると、彼の腰から宝箱が跳んで床に着地する。
そして蓋――口をパカパカさせ、まるで餌の催促の様子でルイスを見ていた。
「こらエミック……食事にはまだ早いだろ?」
そう言ってルイスは慣れた様子で宝箱――エンシェント・ミミックで、ペットの<エミック>を撫でた。
『~~♪』
撫でられてご機嫌なエミックだが、それでも口の開閉を止めなかった。
それを見て、ルイスは溜息を吐いた。
「仕方ないな……ほら、リンゴあげるから、これで大人しくしてくれ」
『~~♪♪』
ルイスはリンゴの入ったカゴをエミックの前に置くと、エミックの中から闇の腕が飛び出した。
そして、リンゴを取ると口の中へ放り込んでボリボリと食べ始める。
そんな相棒の様子にルイスは笑みを浮かべると、不意に棚に飾られている写真立てに目を向けた。
「引退……か」
写真立てには、この地を去って行った弟子達との写真が飾られていた。
「……いよいよ潮時かもな」
写真を見てルイスは、弟子達と危険なダンジョンへ潜ったことを思いだしていた。
危険な森、水の神殿、挙句には闇組織とも戦ったなと、しかし時間は残酷だ。
気付けば36歳、危険が伴うダンジョンへはもう行けない気がした。
あの刺激――ダンジョン制覇の達成感や、美しい大自然を見つけた時の高揚感。
それを再び感じるのは、もう無理なのかも知れない。
「楽しかったよなぁ……」
そう言ってルイスは近くの椅子に腰を降ろし、別の棚にある数々の戦利品を感傷深く見ていた時だった。
――不意にドンドン!っと、扉を叩く音が家中に響き渡った。
「お客さん? それか緊急の依頼かな……?」
ルイスは、いつもなら来客なんて来ない筈の時間帯なのにと違和感を持ちながらも立ち上がった。
そして、扉の前に立つと玄関の扉を開けた。
「はいはい、どちら様です――」
「ご無沙汰しております、
扉の前に立っていたのは、黒マントに黒髪の青年だった。
その青年の声に一瞬、ルイスは思考が停止したが、すぐに我に返った。
「……クロノ? まさかクロノ・クロスロードか!」
「はい、師匠! ご無沙汰しております!」
それはルイスの弟子の一人――クロノ・クロスロードだった。
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