後の宵祭り
小野塚
天
あれは僕が、まだ十四歳かそこらの
頃だったと思う。
二つ歳上の兄と三つ歳下の弟と共に、
父の故郷 広島県の山深い町 に住む
祖父母の許へ遊びに行った時の事。
僕たちの祖父母は、滅多に会う機会の
ない孫息子たちの賑やかな来訪を
今になって思うと、静かな二人の
暮らしに突然、微妙な年頃の男子が
三人もお邪魔した訳だから、多少の
気苦労があったかも知れない。
それでも祖父母は嫌な顔一つせず
あれこれ僕たちの世話を焼いては
かの土地の名物をご馳走してくれたり
市内の目星い名所に連れて行って
くれたりもした。
祖父母は、当時には珍しい共働きの
夫婦だった。それは二人共が其々
教師という職業に就いており、仕事と
人生とを分け隔てる事なく、誇りと
楽しみとを見出していたからに
他ならないのだろう。
僕たちの父親は一人っ子だったが
共働きの両親への不満は、只の一度も
聞いた事はなかった。それどころか
息子である僕たちにも常に 経験 と
自信 をセットにして自立を促して
来る様な人なのだ。
兄も弟も、そして 僕 も。
其々、興味の 対象 たるものには
容赦なく貪欲であると思う。
民俗学者の父の影響もあってか、
僕は寺社仏閣の縁起や建築物、狐狸
妖怪にも興味があった。兄は地政学や
歴史に、そして弟は密教や神話に。
だから祖父が現在ボランティアで
学芸員をやっている『郷土資料館』や
古くから町にある歴史的な有形無形の
文化財は、僕たち兄弟にはとても
魅力的だった。
それに。
秋からは兄が二つ飛び級で大学生に
なる。僕たち兄弟三人が、揃って
日本で夏休みを過ごすのも多分
これが最後になる。
「今日は、宵ノ宮の祭りがあるけぇ
皆で行って来たらどうじゃろか?」
僕たちが縁側で西瓜を食べていると
団扇を手に祖父が声を掛けてきた。
「え、行きたい!」「いいね!」
「お祭りって、何処でやってるの?」
口々に主張して僕たちはもう一瞬で
お祭り気分になっていた。
「山の麓に神社あったじゃろ。出店も
えっと出るし、楽しかろう?」
陽は、もう随分と傾いて来ていたが
山が近いせいか、ひっきりなしに蝉の
声が響く。それでも仄かに秋の気配は
風に乗り、蚊取り線香の匂いを連れて
何処かへと流れて行く。
『宵ノ宮』は本来、神霊が祭に際し
社に帰る 還御祭 として真夜中に
重要な祭儀が行われるが、現在は
本祭の前夜祭の色合いが濃く、町の
内外から多くの人々が、それこそ
お祭り騒ぎを楽しみにやって来る。
僕たちも御多分に漏れず、日本の
お祭りを満喫する気満々で、祖父が
くれたお小遣いを手に勇んで山の麓の
神社に出掛ける事になったのだった。
笛や太鼓の独特なメロディーと共に
お祭り特有の賑やかな喧騒が。そして
綿あめやリンゴ飴の甘い匂いに
焼きそばや、焼き玉蜀黍の香ばしく
美味しそうな匂いが漂って来る。
「
弟の
勢いで興奮していた。
金魚掬いにヨーヨー釣りに射的。
色々な出店の周りには楽しそうな
この国独特の、何とも美しい和の
文化が根底にあるのだろう。
僕たちは出店を
神社の境内へと足を向ける。
勿論、途中でイカ焼きや
買ったり射的に興じたりしながら
思い思いに祭りを楽しんでいた。
─── が。
「…
兄の
屋台の喧騒を抜け、長い石段を登り
境内を散策していた時だ。
提灯の明かりに照らされた社殿の
向こうに。
白い霧が出ている。
物悲しい響きの
既に日は暮れていたが、それでも
名残の様に辺りは中途半端な視界を
保っている。その、山の木々の奥から
白い 霧 が流れ出ている。
まるで別世界の様に、社殿の裏は
表の煌びやかさとは打って変わった
神秘的な空気が張り詰めていて、
それはそのまま僕たちの好奇心に
揺さぶりをかけた。
何だろう、あれ。凄く気になる。
「…。」僕が思う前に、
裏手へと歩いて行く。「……。」兄の
無鉄砲な弟の後に続いた。
リーン リーン リーン
明らかに
僕たちは思わず固まる。
「…
「
僕たちが口々に戸惑いを吐露する間も
鈴の音は近付いて来る。
と、その時だった。
白い霧の中から、まるで江戸時代の
大名行列の様な一団が現れたのは。
「……。」これには流石の僕たちも
驚いて言葉もなかった。
尤も、この大名行列は識っている
ものとは相当違って酷く陰気だ。
陰々滅々とした鈴の音と相俟って、
恰も 葬列 を想起させられる。
持った者が先導している。いや、よく
見るとその顔は髑髏で、蒼白い鬼火が
茫っと昏い光を放ち付き従っている。
そして、あろう事か。
陰気な大名行列は、僕たちの前で
足を止めたのだった。
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