第9話 カフェで待つ影
金曜の夜、雨が降り出した。
約束の20時まで、あと15分。
私は駅前のカフェのガラス越しに、外を歩く人々を眺めていた。
“本当に来るのだろうか――”
匿名メールの差出人が。
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店内は静かで、コーヒーの香りが漂う。
壁際の席に座り、私はスマホを手に握りしめた。
入ってくる客を何度も目で追うが、それらしい人物はいない。
8時を少し過ぎたころ、ドアが開き、フードを深くかぶった女性が入ってきた。
こちらを一瞬だけ見て、ゆっくり近づいてくる。
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「……高梨さんですね」
低い声。顔はフードの影でほとんど見えない。
「あなたが……?」
「はい。nonameです」
その名を聞いた瞬間、背筋がぞくりとした。
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女性は向かいに座ると、鞄から封筒を取り出した。
「これ、見てください」
差し出された中には、数枚の写真。
そこには、佐伯さんと同じ女性が並んで写っていた。
飲み会らしき場面、駅前での待ち合わせ、夜道を歩く姿――。
どれも親密そうに見える。
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「……これは、いつの写真ですか」
「半年前です。相手は、佐伯の元婚約者」
「元……?」
「ええ。結婚直前で破談になったんです。理由は、彼の裏の顔を知ったから」
心臓がどくん、と音を立てた。
裏の顔――その言葉が、頭の中で反響する。
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「信じられないなら、それでもいいです」
女性は淡々と続けた。
「でも、私があなたに連絡したのは、同じ目に遭ってほしくないから」
「……どうして、私が?」
「佐伯は今、あなたに特別な興味を持ってます。だから危ない」
目の奥に、何か強い感情が宿っている。
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しかし、その瞬間――
店の外に、佐伯さんの姿が見えた。
傘を差し、こちらに向かってくる。
私は息を呑んだ。
「どうして……」
女性も顔を曇らせ、立ち上がった。
「ここで会ったこと、絶対に言わないで」
それだけ告げると、彼女は裏口から消えた。
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数秒後、佐伯さんがカフェに入ってきた。
「偶然だね。こんなところで何してるの?」
笑顔なのに、どこか探るような目。
「……ちょっと、用事で」
「ふーん。誰かと会ってた?」
喉が渇く。うまく答えられない。
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そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。
画面を見ると、nonameから新しいメッセージが届いている。
『今すぐ離れて。あなたの後ろにいる彼は――』
そこまで読んだ瞬間、佐伯さんが身を乗り出してきた。
「何を見てるの?」
スマホを奪われそうになり、私は慌てて画面を閉じた。
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心臓が暴れる。
この人は、味方なのか、それとも――。
カフェの空気が重く、逃げ出したいのに動けない。
佐伯さんの笑顔が、今までで一番、怖く見えた。
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次回予告
第10話『彼の素顔』
nonameの言葉の意味を探る高梨。
しかし、その夜、彼の部屋で見てしまった“決定的なもの”とは――。
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