第7話 避ける理由の真実

 夜の公園。

 外灯がオレンジ色の光を落とし、ベンチの端で佐伯さんがゆっくりと息を吸った。


 「……俺、ずっとあなたを避けてました」

 予想していた言葉なのに、胸がざわめく。

 彼は私を見ず、地面に視線を落としたまま続けた。



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 「避けたくなんてなかった。でも、顔を見るたび、あの時のことを思い出して……」

 指先がわずかに震えている。

 私は無言で待った。


 「……大学の時、付き合っていた人がいました。笑顔がきれいで、人を信じやすくて……でも、その優しさを利用する人間がいた」


 佐伯さんは、かすかに唇を噛む。

 「ある日、俺が知らない間に、彼女は職場の上司と関係を持ってた」


 胸の奥が冷たくなる。

 その裏切りが、どれだけ彼を傷つけたのか想像するだけで、言葉が出なかった。



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 「それだけじゃない。彼女は、その上司の指示で、俺のことを悪く言うようになった」

 「悪く……?」

 「“重い”“束縛する”って……何もしてないのに。俺は、ただ信じてただけなのに」


 佐伯さんの声が震えている。

 過去の出来事が、今も鮮明に彼を締めつけているのがわかる。



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 「別れたあと、俺は誰に対しても距離を取るようになった。……もう傷つきたくなかったから」

 そこまで言って、彼はようやく私を見た。

 「でも、あなたを見たとき……最初から、嫌な予感がした」


 「嫌な予感?」

 「……俺、あなたを好きになるって。だから、避けようとした」


 鼓動が一瞬で早くなる。

 避けられていた理由が、私を守るためだったなんて――。



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 「……それでも、もう限界だ」

 彼は少しだけ微笑んだ。

 「このまま避けても、結局、あなたのことを考えてしまう」


 胸が熱くなる。

 「だったら、避けないでください」

 自分でも驚くほど、まっすぐに言えた。


 佐伯さんは目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。

 その瞳に、ようやく氷が溶ける気配を感じた。



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 その帰り道。

 別れ際、佐伯さんが小さく「ありがとう」と言った瞬間、背後から誰かの視線を感じた。

 振り向くと、街灯の下に藤崎さんが立っていた。


 「……楽しそうだったね」

 その笑みは、いつもの優しい笑顔と同じ形をしているのに、どこか冷たい。


 「藤崎さん……」

 「やっと距離を縮めたんだ? でもね、高梨さん……その恋、長くは続かないよ」



---


 その言葉に、胸の奥がざわめいた。

 藤崎さんは何を知っている?

 佐伯さんと彼女の“友達”だった人との関係に、まだ隠された真実があるのか?


 藤崎さんは、何も答えず、夜の街へと歩き去った。



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 部屋に戻っても眠れなかった。

 佐伯さんの告白の温もりと、藤崎さんの冷たい笑み。

 その二つが交互に胸を叩く。


 ――私は、彼を信じたい。

 でも、藤崎さんの言葉が、まるで呪いのように頭から離れない。



---


 翌日、社内で佐伯さんと目が合った。

 彼は、昨日よりもずっと自然な笑顔で私に会釈した。

 その一瞬が嬉しくて、心が軽くなる。


 けれど、その昼休み。

 デスクに戻ると、私のパソコンに一通の匿名メールが届いていた。


 『佐伯と関わるな。あの人は――』


 本文はそこで途切れていた。

 まるで、続きを送るのをためらったように。



---


 誰が送ったのか。

 藤崎さんなのか、それとも別の誰かなのか。

 答えはわからない。


 ただひとつ、確かにわかるのは――

 私と佐伯さんの関係が、もう静かには進まないということだった。



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次回予告


第8話『匿名メールの正体』

恋の進展とともに、周囲の影が濃くなる。

匿名の警告は真実か、罠か――。

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