花火は見えず
珈琲
次こそは
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「どうしたんですか……汚い声出して」
「汚くない!!! 汚いのはこのうちの課だ!!!!」
嗚咽のような雄叫びを上げて、机に突っ伏す先輩を眺める。
それを見て思わず私までも嘆息を吐いてしまう。
夏も真っ盛りだというのに。休日だというのに。
私の会社は――――というか私たちの所属している課は休む間もなくあくせく働いていた。
しくしく泣いている先輩の顔の隣に、現実を見せるかの如く書類の山を置く。
どさっ、とした拍子に先輩は飛び起きて、「ひぃぃぃぃぃ」と女々しい声を上げていた。
全く・・・・・・こんな人が先輩で情けなく思ってしまう。
「だって大城!!! 今日は○○で大きな花火大会がやる日なんだぞ!!」
「花火って……子どもじゃないんですから。第一、先輩は一緒に行く人がいないでしょう?」
「はぁぁぁぁぁ人をオーバーキルしやがって!!!! 俺だってなぁ! 一人で楽しむ術ぐらいはあるぞ!!!」
「……そこは『一緒に行く相手がいる』では……?」「んなもんはいない!」
間髪入れずに返してくる。なんでこの人こんな堂々としてるんだ。
先輩が提示してきた花火大会は、割と有名な場所で行われる花火大会だ。
ウチの会社の他の人も行くと聞いていた。私は……別に興味がない。
花火なんて画面の奥で見ているだけで充分な人種だ。
それに、おおよそ今会社に残っている人は、そういうものに縁遠い人たちだけだ。
そんな中で先輩だけが一人悲しく、もというじうじ言いながら後悔の念を露わにしているのを見ると、やはり自分自身も悲しい存在に思えてくる。
その鬱憤も含めて、先輩に投げつけているのだけど。
「はぁ……そういうこと言ってるから先輩に恋人ができないんですよ」
「なにをぉ!? そういう大城こそ――――――ひっ……すみません」
私が睨みつけると、弱弱しいプードルのような顔をして縮こまる。
女性に恋人どうこうを聞くのは失礼極まりない。――――別に今は、要らない。
「ごたごた言ってないで早く仕事終わらせますよ」
「え、それって大城が俺と花火を……!?」「行くわけないでしょう」
「デスヨネ……」
眼を輝かせては、陰る。この人本当に考えていることが手に取るようにわかるな……。バカッぽ。
私とてこんな休日にこんな夕暮れまで仕事で会社に居残っていたくない。できるならば冷えたお酒を片手に家かお店で一息していたい。
月末の休日なんだ。それくらいさせろ!!!
眼前のPCとはおさらばだ!
全速力でキーボードを叩き、可能な限り早く仕事を終わらせようとする。
先輩も、さっきまで伏していたものの、「い~や~だ~」と言いながら書類に目を通してタイピングをしていた。
そもそも、私は先輩に確認を取ってもらわないと帰れないんだから、先輩が帰る前までにやらないとなのだ。
再度集中して、仕事に取り掛かる。
「じゃあお先~」「加藤、あんまり大城を待たせんなよ~」
「あ、城崎と新庄!! お前ら先帰りやがって~~!」
「先輩達、お疲れ様です」
「おう、大城も、加藤を置いてっていいからな~?」「はい、そのつもりです」
「俺の扱い酷くない!?!?」
「「「妥当」」」「……ハイ……」
そうしてしばらくしていくうちに、どんどんと他に残っていた先輩や同僚たちは居なくなっていく。
「……はぁ……残るは俺らだけ、か……」
「先輩の分はもう終わったんですか?」
「ん、俺? あぁ、一応」
「え!? あの量を!? 私の数倍あったじゃないですか」
「いやぁ俺才能ありますから」「はっ倒しますよ」「すんません」
これでシゴデキなのだから、一層腹が立つ。
もうあとは私の仕事の確認だけなのだろう。待たせて申し訳なさが募る。
募る……つのる……と……思っていたけれど……。
「――――先輩、なにしてるんですか」
「? 動画見てる」
「会社で遊ばないでくださいよ! 腐っても仕事場ですよ!」
「だって今日のノルマ終わってるし! あとは大城の分見るだけだし!」
「くっ・・・・・・・・・・・・」
なまじ私が待たせているせいでなんだか深く言及しづらい。
下手に指摘するより仕事をした方が数倍建設的であるため、可能な限りの速さで仕事をしながら、暇そうな先輩に問う。
「先輩はそれ、何見てるんですか?」
「お。気になる?」「全然、話のタネ程度です」
「大城……俺ニ冷タイ」
「なんで片言なんですか……教えてくれないならいいです」
「ごめんごめんって、見てるのは花火のやつだよ」
「へぇ」
私の残りの業務が完遂し、フォルダを先輩の方へ転送する。
確認をお願いすると同時に、先輩のデスクの方に向かった。
「今送ったので、確認お願いします」
「うん、了解――――大城も見る?」
「……まぁ、せっかくなら」
暇潰しと意趣返しに、先輩の隣に座ってスマホを覗かせてもらう。
……思った以上に綺麗だ。
「お、今綺麗って思ったでしょ?」
「っ……別にそのくらいいいじゃないですか!」
「あはは~。今度はその場で見ようぜ。一緒にさ」
「――――――え?」
「お! 今上がった!!! 大城、ほらこれ!! これ!!」
「っ!! ち、近いです先輩!!」
今、なんて……?
先輩の横顔が近くて、花火が見えない。
その場にいたら、そんな台詞すら聞こえなくて済んだかもしれないのに。
やばい、あつい。
頬が火照ってるのを感じる。
駄目だこれ。
この先輩は無自覚で言ったの? だとしたら殴りたい。
殴って、どういう意味が問い質したい。
どうにかして、さっきの言葉を問い詰めたいのに話が逸れてしまった。
ぼーっと先輩の横顔を見ていると、いつの間にか花火は散ってしまったらしい。
「あー! もう大城お前見てなかったろ? 折角綺麗な花火見られたってのに」
「す、すみません……」
「書類は家で確認しておくから、今日はさっさと会社締めて出るぞ」
「わ、かりました」
浮ついた頭で、帰る支度をする。
戸締り確認を二人で済ませて、会社の鍵を閉める。
別れ際で、先ほどの台詞の意味が聞きたくて――――
「先輩!」
「……? どうした?」
「先輩は……彼女作らないんですか?」
「いや、作れるもんなら作りたいよ。人体錬成じゃなくてね」
「そういう冗談は今はいいですから」
やっぱり軽くはぐらかす。
どうせ今日は聞けないんだろうけど……。
拳を強く握り、――――脱力。
「それなら、来年こそまた花火見ましょうよ」
「おっ! やっと興味出てきたか」
「まぁ……そんなとこです。来年こそ、ちゃんと見ますから!」
「おお! その意気だ!」
暗い暗い道で、花火の音だけがまだ聞こえてくる。
来年には、花火を見よう。
そうして、今度こそあの言葉の意味を聞こう。
できるなら、来年は――――。
花火は見えず 珈琲 @alphaK
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