第7話 凸待ち配信

 VTuberという存在にとって、定番と言われる配信がいくつかある。

 雑談配信しかり、ゲーム配信しかり、コラボ配信しかり、企画配信しかり、だ。

 その中でも、どう転んでも切り抜くしかない、とも一部では言われているのが凸待ち、あるいは逆凸、と呼ばれる配信だ。

 それはVTuberの配信に他のVが参加し会話をする、というある種のコラボ配信の一種ともいえるものだろう。

 ただ、大きな違いがほとんどの場合、事前に誰が来るかは決まっていない、という点だ。

 配信をしているVTuberに別の配信者がメッセージアプリやボイスアプリに参加して会話を行い、少し話をして抜ける。

 逆凸は配信をしている本人が別の配信者などに通話を掛けて話す、というものでどちらにせよ通話ができるかどうか、ということが企画の見所の一つだ。

 通話が成立した場合は意外な組み合わせなどで盛り上がるし、誰も来なかった場合は0凸、と呼ばれその配信者の歴史の一つとなる。


「こんなっつー! アークルーム所属のレトロ雑貨大好き! 夏目ナツメだよっ!

 レトロ美術館さんとアークルームの企画展が開始したお祝いでもあるよ! わたしが総合MCするなんて聞いてなかったけどね!

 まあ、とりあえず無事開催できてるってことで、時間の取れる人は来てね! アークルームのみんなが待ってるから!」


:『あれ?もう配信終わり?w』

:『うん、気持ちはわかるけどそれって最後に言うやつじゃ?』

:『昨日行ったけどまた何回か行く予定だよー』


 アークルームとレトロ美術館のコラボイベント、『廻遭かいそうクロニクル - 旧套きゅうとうト"新"化ノ交叉スル領域ヘ』と名付けられたイベントは1週間ほど前から始まっている。

 昨日までナツメは現地のトークイベントに参加しており、ようやくひと段落着いたところでイベントのPRもかねて配信を取った、ということだった。


「あれ? いや、始まったばっかだよ!? ええっと、そ、そうだ! とりあえずトークデッキ用意しよ! 何か来た人に聞きたいことある?」


:『そうだなぁ…定番だけど、ナツメちゃんとやりたいこととか?』

:『最近ハマってることとか?』

:『最近買ってよかったものとか』

:『今履いてる靴下の色を聞いてほしい!』


「あー。なるほど。じゃあ、したいコラボとか最近でよかったものを聞けばいいのかな? 靴下って、なんか微妙にセクハラくさいんだけど……」


 ナツメは出てきた案をまとめ、画面の下にトークデッキ、として表示させておく。靴下も念のため表示させておいた。使うかどうかは定かではないが、どうしても困った時に使えばいい。

 その上でセクハラだ、と言われたらリスナーのせいにしてしまおう。と何やら微妙に不穏なことを考えているが、それがリスナーに分かるわけもなかった。


「じゃあ、決めたからこれからスタートしよう。ほぼ一人は確定で来るだろうし、きっとアークルームのみんなも来てくれるはず。どうしても誰も来なかったら来てくれるって言ってくれた人もいるから、これで安心安全!」


:『色々と人を巻き込んでやがる。これはずるい。これこそナツメクオリティ』

:『確実に、っていうのはあの子だろう。でも、来てくれるって誰だろ?』

:『明日朝からイベントの先輩もいるんだけど、もしかしておとたんたちも来ちゃう?』


 画面の左上に「凸待ち中です」「これまでの凸者はこちら」という項目が、右側に「現在の凸者」と書かれた項目が表示される。

 右下にさきほどのトークデッキを移動させ、コメントの流れは本題が始まったことに勢いを増す。


「お、さっそく来た! じゃあ、自己紹介からどうぞー」

「こんばんは、個人勢の柊ミントです。なっちゃん、イベントおめでとうー」


:『初手は相方だ!』

:『わかってた』

:『れとろみんとだー』


 1番最初の凸者は、大方のリスナーの想像通り、柊ミントだった。過去に2度ナツメが凸待ちをした時に、どちらも一番手がミントだったからこそ、よく配信を見るリスナーにとっては、火を見るよりも明らかなことではあるのだが。


「ミンミンありがとー! うん、ええと。トークデッキ、基本どれも知ってることなんだよね。確か、今日の靴下の色は白でしょ?」

「そうなんだけど、私の靴下の色唐突に話さないでほしいかな?」


:『ナツメちゃんさぁ…』

:『ミントちゃんの個人情報全て知ってそうで怖い…』


 リスナーの間に動揺が広がる。れとろみんとの間柄ではそういったことはあってもおかしくはない、というのが共通認識ではあるが、それでも流石にそこまで詳しくあってほしくなかった、というコメントが流れては消えていく。


「だって、ほら。実際そうだし。じゃあ、ミンミンがレトロのーつにききたいことある?」

「レトロのーつの皆さんですか? では……なっちゃんの、好きな所はどこでしょうか?」


 ナツメは喉の奥から何かの動物が潰れたような声を出しながら驚くが、リスナーはここぞとばかりに、それぞれのリスナーが思う限りのナツメの好きな所を出していく。

 止まらないコメントにもういいから! 大丈夫だから! とナツメは制止を試みるが、一向に止まる気配はない。重複するような言葉も多いが、特殊な部分を好む意見もあり、なかなかカオスなようだ。



「じゃ……じゃあ、ミンミン、ありがとう……」

「はい。改めて、イベント頑張ってくださいね」


 何とか治まったコメント欄の書き込みを見届けると、満足そうにミントは退室した。一方、まだ一人目であるはずなのにナツメはアバターの表情を息も絶え絶え、という形相にわざわざ変更している。


「ナツメちゃん、愛されてるネー」

「いや、それどっちに対して言ってるんです…?」

「それはもちろんミントちゃんにもレトロのーつのみーんなにネ!」


:『お?誰だ?』

:『このハイテンション、この美声は、ベティ先輩か!』

:『現代にタイムスリップしたハリウッド女優Vやんけ!』


 続いて登場したのは、アークルームのナツメの先輩にあたる人物で、完璧な英語と、オクターブ上の少し訛りが混じった日本語が可愛い、と評価を受けることが多いアークルーム1期の ベティ・マクレーンだ。


「じゃあ、ベティ先輩の挨拶はちょっと長いのでほどほどにしてもらって。最近先輩が買ってよかったなーっていうのもあります?」

「あら、先輩相手なのに冷たいノネ。Hello, darlings! Look who the wind blew in! It's Betty MacLane, here for a grand entrance and a lovely chat with all of you. It's a pleasure to be here!」


 ベティはコメント欄でも言われたように、数十年前のアメリカからタイムスリップした映画女優、というVだ。特に彼女は現代に渡って見たミュージカル映画に感銘を受けた、と話しており、挨拶もミュージカル風になっていることも少なくない。

 そのため、場合によっては1分以上あるその挨拶をほどほどにして切ってくれ、と言ったナツメの言葉は時間の制限のある凸待ちとしては妥当な判断だっただろう。


「それデ、買ってヨカッタもの。un...たくさんアルケド、100円均一のショップは、すごかったデスネェ」

「う、うん。そ、そうだね……」

「what...? ah,ナラ、food deliveryネ! 全部届けてクレるし、会わなくてもいいノ! チップも少なくて済むシ!」


 思わずナツメも苦笑せざるを得ない。確かに便利ではあるだろうが、質問の意図が伝わり切っていない。

 見かねたリスナーが英語で質問をあげ、合点がいったベティは日本式の温水洗浄機能付きのトイレ、と答えてまたも苦笑する羽目になったが。




「さて、結構話したね! 先輩たちも後輩も、他のみんなも忙しい中ありがとう! さて。最後に、まだ見てるだろうから、ちょっと話そうよ?」


 配信開始から1時間半ほど経ち、ナツメと交流のある配信者が多くイベントのお祝いや、話をしたい。ということで集まった。

 その間に少しの空白時間にもレトロのーつとも話せたし、そろそろ終了してもいい頃合いではあったが。


:『ん?誰だ?』

:『最初に言ってた、誰も来なかったら、って言ってた人?』

:『割といつメンはもう来たと思ったんだけど』


「ん? 来ない? 寝てないよね? こっちからかけるよ??」


:『凸待ちなのにwww』

:『出なかったらどうするのさw』

:『最後に逆凸とかw』


「あ、繋がった。やっぱ見てたんでしょ? 音声つなげるね?」

「見てたけど、見てたからこそかけなかったんだよ?」


:『誰?』

:『いや、見ながら晩酌してたんだろ』

:『トリにおじさんかー。嬉しいような申し訳ないような』


「というわけで、最後はおじさんだよー!」

「ナツメちゃんや。おじさん、そんな最後にふさわしい人物じゃないからね? そもそも、誰も来なかったら、っていう話だから最初にミントちゃんが来た時点でお役目御免だと思ってたんだけど」

「いやいや。長時間待ってくれてたんだもの。ちゃんと話そうよー」

「うーん。直前に話してたの大手企業の芸術系Vのシエラさんでしょ? 今回の企画的にもシエラさんがトリの方が綺麗に締まったと思うんだよねー」

「そういうこと言わない! ほらほら、トークデッキもあるんだし話そうよ。最近買ったものとか、私も気になるし」

「最近買ってよかったもの、だよね? 会場限定のアクリルパネルとレトロ美術館限定の。ゴブレットだっけ? 脚付きのグラスとかおしゃれだよね。あ、今メッセージで送ったやつね」

「……行ってるじゃん。ちゃんとイベント来てるじゃん。行けたら行くよ、なんて言ってたからついまだ行ってないと思ったのに」


 アークルームとコラボしている美術館で買った商品が最近買ってよかったもの、と言われて嬉しいやら恥ずかしいやら。しかも今言ったもの以外にもコラボ商品はほとんど、それ以外にも美術館で取り扱っている商品なども写っており、大量に買ったことが一目でわかることは、ナツメにとってはありがたくもどこか気恥ずかしいものがあった。


「そもそも、何で2つずつなのさ」

「え? カナちゃんが期間中忙しくていけないって言ってたから、代わりに買っただけだよ?」

「言ってくれればちゃんと送るから! カナさんの分もおじさんの分も! でも、来てくれたのは正直ほんと嬉しい……」

「またタイミングが合えば行くからさ。じゃあ、またねー」


 ぐぬぬ、と何故か完全敗北したような気分のままおじさんに去られてしまう。リスナーも、『おじさんの完全勝利か』だったり『全部持っていかれたねw』 など好き放題言われてしまうが、それもまた仕方のないことだろう。



 〆の挨拶を終えた後、ナツメは改めて凸に来てくれた知り合いに感謝のメッセージを送っていく。何人かにはおじさんに持ってかれたね、と言われてまた複雑な感情を抱くが、そもそもおじさんにどうやってもそういう面で敵う気もしないため、大体の部分では諦めているが。

 そして最後におじさんに改めてお礼のメッセージを送ると、こちらこそ。とだけ簡単な文章だけ帰ってきた。また、追加で疲れてるだろうからゆっくりと休みなね、と気遣われてしまう。イベントが終わったらゲームとかで留飲を下げさせてもらう! とだけ送り、正体がつかみきれない怒りを胸にベッドに飛び込む。少しの時間だけ、色々と考えてはいたが、配信前に感じていた不安が少しだけ和らいでいたことに気づき、本格的にふて寝をすることにした。


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2話更新しています。1話目もご覧いただけますと幸いです。

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