五章 傲慢な駆け引き
スカーレットの放つ影の魔力に、ロウクワット一族は一瞬、たじろいだ。彼らが軽んじていた「髑髏王」の力は、想像を遥かに超えるものだった。彼らの肌が、闇の冷気によって刺すように痛み、誇り高き光の魔力が、その冷気に吸い取られていくのを感じた。しかし、彼らの傲慢さは、恐怖よりも早く表面に戻ってきた。光の魔力を操る者としての揺るぎない自負が、彼らを再び高慢な態度へと押し戻す。ロウクワット一族にとって、闇の力が光の力を上回ることなど、世界の理に反する出来事だった。彼らは、これを一過性の現象だと信じ込もうとした。
ルビアは、顔に走った冷や汗を拭いもせず、無理に笑みを作った。その笑みは、まるで悪鬼のようだった。
「ほう、少々厄介な魔力をお持ちのようだ。だが、闇の力など、我らロウクワット一族の清らかな光の前では、無力に等しい」
ルビアは、そう言い放つと、両手を広げ、光の魔力を高め始めた。彼の体から眩い光が放たれ、ロウクワット一族の者たちもそれに倣うように、一斉に魔力を解放した。城の門前に、純粋な光の結界が展開され、スカーレットの影の魔力と拮抗する。それは、まるで鉄壁の城壁のように、スカーレットの闇の侵食を押しとどめようとした。互いに反発し合う二つの巨大な魔力のせいで、周囲の空気は軋み、地面に亀裂が走り、城の壁から細かな石片が剥がれ落ちた。
「その力を無駄にするのは惜しい。もう一度言おう、髑髏王。我らと手を組めば、お前はさらなる力を手に入れることができる。この腐りかけた城で隠居するよりも、世界を支配する者として君臨する道を選べ」
ルビアは、スカーレットの心を揺さぶろうと、巧妙な言葉を並べた。彼らは、スカーレットが過去に王族であったことを知っていた。そのプライドを刺激し、力を求める本能に訴えかけようとしたのだ。ロウクワット一族が彼を追放した王家の一員であることを知れば、スカーレットは彼らに力を貸すだろうと、彼らは愚かにも考えていた。
しかし、スカーレットの瞳は微動だにしなかった。
「世界を支配? くだらんな。僕には、貴様らのような欲に塗れた光など、一片の価値もない」
スカーレットの声が、氷点下の空気を切り裂くように響いた。彼の周囲に渦巻く影の魔力は、ロウクワット一族の光の結界を容赦なく押し潰しにかかる。空間が軋み、地面に亀裂が走った。スカーレットの闇の力は、ただ破壊するだけでなく、相手の魔力の根源を侵食し、その力を無力化していく性質を持っていた。ロウクワット一族の結界は、徐々に輝きを失い、闇の靄に覆われていく。
ジェイドは、スカーレットの背後で、その圧倒的な力に息をのんだ。彼が怒りを露わにすれば、これほどまでに恐ろしい存在になるのか。しかし、彼の言葉から、ジェイドは確かな保護の意思を感じ取っていた。スカーレットがロウクワット一族を拒絶する理由は、彼らが自分を侮辱したからだけではない。彼らが自分を、そして城を踏み荒らそうとしているからでもない。彼らが、ジェイドを傷つけようとしているからだ。彼女の心を、そして彼女の存在を、完全に否定する彼らに対する、彼の明確な怒りだった。
「やめなさい! あなた方は、スカーレット様の力を、そして心を何一つ理解していない!」
ジェイドは、思わず叫んだ。彼女の声が、魔力の衝突で荒れ狂う空間に、か細く響く。彼女は知っていた。スカーレットは、永い時を孤独に、そして自らの意思で生きてきた。彼に感情はないかもしれない。しかし、彼が城で過ごす日々の中で、ジェイドは彼の中に秘められた深い孤独と、その孤独を守ろうとする強さを感じ取っていた。ロウクワット一族は、その全てを侮辱し、踏みにじろうとしている。
ルビアは、ジェイドの叫びを一顧だにしなかった。彼は、スカーレットの力を目の当たりにし、その真の価値を理解し始めていた。この力を手に入れれば、ロウクワット一族は、まさに天下無敵となる。
「小娘の戯言など聞くな! 髑髏王、これが最後の機会だ。我々に従うか、それともここで滅びるか。選べ!」
ルビアは、自らの光の魔力を最大まで高め、スカーレットに最後の選択を迫った。彼の背後に控えるロウクワット一族の者たちも、顔を歪めながらも必死に魔力を集中させる。彼らの放つ光は、宵闇の城の門前を白く染め上げ、森の影を吹き飛ばす勢いだった。それは、ロウクワット一族が持つ力の全てを賭けた、最後の抵抗だった。
しかし、スカーレットは、その光の中に立つルビアを、まるで憐れむかのように見つめた。
「選べだと? 貴様らのような愚かな虫けらに、僕が選択するなどと…冗談にもほどがある」
スカーレットの瞳が、漆黒の深淵のように輝いた。彼の周囲を覆っていた影の魔力が、一瞬にして凝縮され、彼の背後に、巨大な禍々しい髑髏の幻影が浮かび上がった。その幻影は、城の屋根よりも高くそびえ立ち、その眼窩から放たれる闇の光が、ロウクワット一族の光の結界を瞬く間に侵食し始める。結界は、まるで古いガラスのようにヒビが入り、パチパチと音を立てながら崩壊し始めた。
「これが、僕の答えだ」
スカーレットの声が、森全体に響き渡った。それは、感情を失ったはずの彼が、最も深く怒りを覚えた時にのみ発する、凍てつくような、しかし圧倒的な殺意に満ちた声だった。彼の言葉と、背後の巨大な幻影は、ロウクワット一族に、彼らが決して超えることのできない、絶望的な力の差をまざまざと見せつけていた。
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