第2話 王妹殿下の人生設計
「嫁ぎ先はリュードル国にする」
私はリュードル国の観光ガイド本を見ながらカインに言った。お、この名産品はおいしそうだ。絶対食べよ。
「……なんでですか」
「王族がここ最近軒並み短命で、今の王もめちゃくちゃ病弱」
カインは私に親指を立てた。お?了承ってことだな。
うん、栄えてていいとこみたいだよ? この本を見る限り。へぇ、ライスがおいしいのか~。主食がおいしいっていいよね。
「子供産んだら俺は摂政になるからな。待ってろ権力」
謎の気合を入れた呟きをするカインに、私はガイド本から顔を上げた。何言ってんだか。
「産めたらね。どっちかって言うと楽隠居狙いだからね?」
「必死で産め。目をかっぴらいて国王に気にいられろ。もう二度と半目になるなよ」
「ドライアイで死ぬわ」
※※※
私はサージェス国でカインとした会話を思い出した。
ここ、リュードル国はサージェス国と海を隔てた遥か遠くにある国。船で3週間くらいかな?
本来は情報を得るのも大変なのだろうがカインにかかればなんてことはないのだ。なんだかんだ優秀なのである。
しかしそれは私の為ではなく自分の権力の為だ。勝手にやってほしい。
そんなカインは私を眼鏡越しの冷たい目で見ながら言う。
「お前のせいでこんな国に来る羽目になったんだからな。とっとと気に入られて、子供を作れ」
「……お前がここに来る羽目になったのは性格悪くて国王に嫌われてるからだろ」
「あのクソ王にだったら嫌われてた方がマシだ」
確かに。
私は異母兄を思い出した。ありえないくらい太っていて、性根を体現したように下卑た表情をする。心象風景にモザイクを掛けたくなるくらい不快な存在である。
『王が決まった以上、それ以外の候補者の末路なんて決まってるよなぁ?死刑か国外追放だろ?』
思い出の中のクソ王が言った。
お前、それ王位継承権早々に放棄して、王位争い手伝ってやった人間に言う言葉か?
クソすぎる人間のクソすぎる発言は、心底むかついたが、『うわ、こいつそういうこと言いそう』と予想がつく範囲内の言葉でもあった。
だからカインは私に『お前のせい』というのである。
こいつはずっと私に王位につけと言っていたから、『王位についていたら国から出ることはなかった』という理論なのだろう。確かにそうだ。絶対嫌だけどな。
そもそも、私はクソ王の為に王位争いを手伝ったわけではなく、王太子となった甥っ子、ソレイユの為に手伝ったのである。自分が王になるわけがない。
※※※
カイン・レンドールは26歳。濃紺の髪と灰色の瞳を持つ彼は、サージェス国の貴族である。
ルティリスとはもともと、サージェスの大学と研究機関が一緒になった施設、ユードリー王立研究所での年齢の違う学友だった。
研究所を出てからは王宮で官僚として働き、その優秀さから宰相候補として目されていたのだが、今は国を追われリュードル国にいる。
カインは思う。
誰がどう見ても愚鈍なサージェス国の王。王位をかっさらうには絶好の機会だった。
(こいつがヘタレなせいで……)
カインは苦々しく目の前の白っぽいまっすぐな金の髪にサファイアブルーの瞳をした自分の『主君』を見た。
…そう、それでもカインにとってルティリスは『主君』なのだ。一応、誰よりも信頼している。
たとえ目の前で『え!?だれ黄色のドレス入れたの!?似合わないのに!!』とくだらないことに半泣きで叫んでいようと。
カインは冷たい目でルティリスを見ながら言った。
「ご自分で確認なさらないからでしょう。私はあなたに何が似合うかなんてわかりません」
「お前かよ!バカイン!」
「子供みたいな悪口を……」
「3着しか持ってきてないのに!こっちの物価高いんだぞ!」
確かにドレスは高額なものだし、リュードル国は世界の中心ともいえる程に栄えている国だ。物価も高い。
半泣きで掴みかかってくるルティリスは、王妹殿下という立場ながらいつもは一般庶民に近い質素な暮らしをしていた。彼女にとってドレス代は手が届かない額に感じるのだろう。
「一着くらい買ってあげますよ。何色がいいんですか?」
ルティリスの頭を片手で押さえ、引きはがしながらカインはため息をついた。
……別に黄色を着ても美しいと思うのだが。
※※※
レヴィアンはルティリスとの謁見の後、回廊を歩きながら自分が高揚しているのを感じた。
「お待ちください、レヴィアン様。歩調がいつもよりお速くて、老体には堪えます」
後ろから早足に追ってくるアルグレタ侯爵にレヴィアンは振り向いていった。
「……爺、すごく可愛い人だったな。笑顔が優しくて、全然ムキムキ女じゃなくて、むしろ華奢なくらいだった」
「どこで情報がすり変わったのでしょうね……?」
不可解そうにアルグレタ侯爵は呟く。
――その情報はカインが『ギャップ論』という好印象を得るための手法を聞いてめぐらせた策略であったが、アルグレタ侯爵が知る由もなかった。
レヴィアンは困ったように疑念を持ったアルグレタ侯爵を見た。
「でも健康なのだろう?すごくいい子だったし彼女でいいじゃないか」
サージェス国は遠方の為、ルティリスを婚約者としてリュードル国に迎え、1年の準備期間を設けて問題なければ正式に婚姻という運びを予定していた。
レヴィアンはルティリスを『問題ない』、と早く結論付けてしまいたかった。
「いいえ、情報が入れ替わっていたのですから、再度健康診断は受けていただきましょう」
「そんな…疑い過ぎじゃないか?」
「念には念を入れた方がいいのです」
「わかった……だが、明日会う約束をしたからそれは実行する」
レヴィアンは全然期待していなかった未来の花嫁がとても可愛らしくて感じの良い人だったことに浮かれていた。
正直、筋骨隆々の男のような女性と結婚することを何度も頭の中で想像していた為、もはや普通の女性であっただけで御の字だったのだ。
――カインの作戦は成功したと言っていいだろう。
「そうだ、とっておきのケーキを頼まなければ。今が旬の果物は何かな?」
パッと振り返り、また早足に歩き出した。
しかし、その廊下にパタタ、と血が落ちる。
「へ、陛下!鼻血が出ております!だれか、侍医を呼べ!」
ふと、レヴィアンは眩暈と寒気、手足のしびれを感じた。それは悲しいことに慣れた感覚で、次の瞬間崩れ落ちるように床に沈んだ。
(せっかく、最近調子がよかったのに)
レヴィアンは興奮すると熱が出る。
楽しみにしていることは、いつもできない。
「陛下、大丈夫ですか!?すぐに寝室にお運びいたします」
「爺、倒れたこと、ルティリス嬢には秘密に、してくれ……」
せっかくの大切な未来の花嫁に病弱と思われて、嫌われるのが怖かった。
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