病弱王に嫁ぐ予定です。変装して様子を見に来ました。 ~科学の国の王妹殿下、輿入れついでにひと儲けを画策中~

フェムト@ピッコマノベルズ連載中

第1話 婚約者はムキムキ姫……?

 リュードル国の若き国王、レヴィアン・アグリス・リュードルは、謁見の間で本日何度目かの深いため息をついた。


「陛下、もうおやめください。姫君がいらっしゃられますぞ」

「王妹殿下だろう。……本当に筋骨隆々の男みたいな女と婚姻をしなければいけないのか?」

「観念してください。これも、国の為です」


 レヴィアンはパッ、と天上の花のようと評される美貌を覆った。ライラックのような双眸が白く長い指に隠れる。海に光を溶かしたような青銀の髪が揺れた。

「予だって、好きで病弱に生まれたわけではない。しかも、ムキムキ女と結婚しても予の体が丈夫になるわけではないのだ」

「ですから、国の為をお考え下さいと申し上げています。老い先短く後継者もいない私も、陛下に詰られる覚悟で健康診断結果が一番いい姫君連れてきているのです」

 死んだ後のことを一切考えなくていいのは自分も同じだ、と『爺』こと、宰相のアルグレタ侯爵は言う。齢70歳。もういい加減引退したい年齢だ。


「……2番目でムキムキじゃない姫が良かった」

「ムキムキくらいな方が子供ができやすいでしょう」

 アルグレタ侯爵はレヴィアンには理解不能なことを言った。

「サージェス国、王妹殿下、ご到着です」

 扉を守る臣下が大きな声で告げる。


 レヴィアンは顔から手を放し、最後のため息を軽く吐く。

 自分だってわかっている。国王として不完全な自分が出来る、とても大事な仕事なのだ。

(どんなゴツイ、ムキムキ女でも予は我慢する!)

 病弱でも、それだけは万人に褒められる顔をきりりと整え、王妃候補となる女性を覚悟をもって待った。


 従者たちが扉を開く。

 それは大げさに言えばレヴィアンの運命の瞬間とも言えた。


 ※※※


 私、ルティリス・サージェスは深々と頭を下げた臣下の礼をする。

 目の前の扉が開く音が聞こえた。それは自国の謁見の間とは比べるべくもないほど大きい扉だった。しかもなんでこんなにピカピカなの?と不思議に思うくらいに白く光り輝いている。

 扉だけではない。王宮全体が、宝石のように美しく整えられていた。

 さすが、4000年の歴史を持つ伝説の王国。

 そんな思考と共に上がってきた緊張を私は深呼吸して抑えた。


「サージェス国から参りました。ルティリスと申します。此度はお招きくださり恐悦至極に存じます。リュードル国に永遠の栄光が降り注がんことを」

 そうお腹からよそいきの声を出して言って、私は目に気合を入れ、礼を解く準備をする。

「……」

 謁見の間にいる国王陛下からの返事を貰ったら顔を上げていいはずなのだが、一向に声がかからない。……私、何か礼法を間違えたのかな?途端にどきどき、心拍数が上がってきてしまう。


「陛下……」

「あ、ああ!ルティリス嬢、よく来てくれた。歓迎する。どうぞこちらへ」

 臣下らしき声と、国王陛下の声が聞こえ、ホッとして顔を上げた。


 すると、光り輝く謁見室に並ぶ人たちからざわめきが聞こえて、一瞬びくりとした。

 え?ほんとに私、何かやった?

 目の前の荘厳な『一番偉い人専用』って書いてあるのと同義の椅子に座った人も、やはり驚きに満ちた顔をしていた。


 それは人間離れした、って言えるくらい綺麗な人だ。眩しくて、まるで極上の宝石で出来てるみたい。物語に出てくる妖精王と言われた方がまだ信じられるほどだった

 紫の優しげで吸い込まれるような色合いの瞳。おとぎ話でしか聞いた事のないような青銀の髪。白磁の陶器のような肌。

 耳朶には華奢な細長い耳飾りがぶら下がっている。こんなにアクセサリーの似合う成人男性いる?

 かと言って女性的なわけではなく、ただただ、綺麗な男性なのである。

 白を基調とした煌びやかな衣装はどこか神々しいが、目の前の人間にはそれすらも相応しく感じる。


 王族って4000年もたつとこんなふうに進化するのかなぁ?私の国は建国せいぜい300年。未知の領域だ。


「……サージェス国のルティリス嬢?」

「はい」


 私は、その妖精のような国王陛下に向かって余所行きかつ、とっておきの笑顔を浮かべた。ここまでではないが私だって条件が整えばそれなりの美人なのである。

 国王陛下は少し顔を赤くした。なんか呆気に取られてたみたいだし想定外のことでもあったのか?

 こんなんでも、私より1歳年下の21歳だっていうし意外と顔に出やすいのかも。


 気を取り直したように、よく通る美声で国王陛下は挨拶を返してくれた。

「予は、レヴィアン・アグリス・リュードル。リュードル国88代目国王となる。ルティリス嬢におかれてはどうかこの国を自国と思って寛いで過ごして欲しい」

「ありがたく存じます」

 私は、嬉しそうに柔らかく微笑む。レヴィアン陛下はつられるように笑顔になってくれた。

「あ、ああ。では、明日にでも予と、……」


 ※※※


 後ろの大扉が閉まった音と同時に、私の肩は息一つと共にストンと落ちた。

 するとすかさず、隣から小声が聞こえる。

「……目を開けろ」

 侍従として連れてきたカインの声にちょっとイラっとしながら、目に力を入れた。うるさい。一瞬くらい大目に見ろ。

「気を抜かないでください」

「わかってるよ」

 小声に小声で返す。


「どうなさいました?お部屋にご案内いたしますが……」

「ありがたく存じます。殿下、参りましょう」

 カインは眼鏡の奥の冷たそうな灰色の瞳を似合わない笑みの形に曲げて答える。

 私たちは先導してくれる侍女に付いていった。



「すごい大きい建物だね」

 部屋から侍女が出ていくのを確認して、私は言った。

「晶華宮。リュードル国の後宮。まぁ、実質機能はしてないみたいですが。ここ数代の国王は後宮に通う程の体力がないので」

 カインは眼鏡を直しながら言う。こいつも緊張していたんだろう、ほっとしたときの癖だ。


「へー。さすが詳しいね」

 私は言いながら自分の目を瞼の上から揉んだ。

 残念ながら私の容姿は普段の眠そうな半開きの目をしているときは十人並みなのである。


 カインは『フン、当然だろう』という顔をしながら私に目薬を渡してくれた。

 私が、嫁ぎ先はリュードル国にするって言った時は、怪訝そうにしていたくせに。


 しかし、国王陛下はどう思ったかな。私の気合の目力作戦は成功していただろうか。

 案外、元気そうな人だった。

 やせ細っているということもなかったし、身長も高くて、綺麗な髪と瞳をして、何より朗らかに話しをてくれた。

 ……ちょっと、かわいそうかな。


「どうしました、ルティリス殿下?ぼーっとして」

「あ、いや、あの人、一人称『ヨ』だったなと思って」

 私は、心に過った憐憫の思いを言うのが忍びなくて、わりとどうでもいいことを言った。

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