第29話 絵似熊市ダンジョン⑦いろいろ試してみよう
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ダンジョン調査を開始してから三週間以上が経過した。
現在8月下旬。ダンジョンに何度も潜り、色々な調査を進めてきた。
しかし、蘇鳥は芳しい成果は得られなかった。
いや、成果を得られていないのは蘇鳥に限らない。絵似熊市ダンジョンを調査している全員が成果を上げていない。
一階層ではモンスターがずっと出ないし、二階層で魔石ガチャが起きる理由が分からないまま。三階層でモンスターが消える理由も解明されていない。
蘇鳥たちは四階層以降の調査も行っているが、謎は謎のまま。問題は何一つ解決していない。
ダンジョンの攻略を進めている冒険者は、攻略している階層を何度も更新しているが、それだけだ。階層を更新するたびに、不可思議な現象に出くわす。冒険者も大いに頭を悩ませている。
「はあ、これまで何の成果もなし、か」
ホテルのラウンジにて、蘇鳥は溜息を吐く。三週間以上何も成果を上げていないことで自分のアイデンティティを喪失しそうになっている。
他の調査員も蘇鳥と同じく成果を上げていないが、他人と比較しても意味はない。自分が何かを成さないと無価値だ、そんな思いが脳内を駆け巡る。
しかし、いいこともあった。
木皿儀夫婦と知り合いになったことで、ダンジョン再生屋の仕事を斡旋してもらうこともできた。しかも、二件だ。連日ダンジョン調査に赴いて、仕事を果たした。
そちらでは十分な成果を上げたので、余計に絵似熊市ダンジョンの実の結ばなさが強調される。
「問題は絵似熊市ダンジョンだけか」
蘇鳥の8月は絵似熊市ダンジョンの調査を除けば、順風満帆だった。
絵似熊市に来たことで木皿儀夫婦と知り合いになれた。経験豊富で知識も潤沢、交流するたびに新しい発見があった。
柚木からも多くのことを学んだ。特に護衛は上手だった。護衛をスムーズに進めるための冒険者の立ち回りは価値あるものだった。氷織は柚木から多くのことを学んで、実力を大きく伸ばした。
さらに皆でプールに行ったり、夏祭りで楽しんだり、花火も見た。氷織は実家に帰省して、家族に元気な顔を見せた。
絵似熊市ダンジョンの問題を除けば、蘇鳥も氷織も充実した夏休みを過ごしている。
「絵似熊市ダンジョンで一つでも成果があれば、汚点一つない最高の夏休みになるんだけど……」
難しい。
絵似熊市ダンジョンには全国各地から調査員が来ている。優秀な頭脳が集まっているのに、今まで成果らしい成果はない。蘇鳥が頑張ったところで何か発見するのは難しいだろう。
「でも、お金、もらえるよ」
ラウンジに来ていた氷織が即物的な言葉を返す。
絵似熊市ダンジョンの調査では成果を上げていなくても、きちんと報酬が支払われている。それだけで十分という考えだ。
氷織はそれでよくても、蘇鳥はよくない。
蘇鳥の仕事はダンジョン再生屋。ダンジョンを調べることが仕事だ。お金が貰えるのは嬉しいが、本当に嬉しいのは今まで知られていなかったダンジョンの価値を見つけること。
成果を上げることが至上の喜びとなる。
「もう時間も少ない。できることをやるしかない」
せめて悔いが残らないように、蘇鳥は検証したいことをダンジョンで試す。
タイムリミットはもう少し。学生の二人が参加できるのは8月まで。課題やら準備を考えるとそれ以上伸ばすのは難しい。蘇鳥はよくても、真面目な学生の氷織を拘束するのは申し訳ない。
「準備はいいか?」
「一階層だけでしょ。余裕余裕」
氷織は余裕と言っているが、なぜかガチ装備でラウンジに来ている。
蘇鳥は一階層にモンスターが出現しない理由を解明するためにダンジョンに入る。二階層以降には足を踏み入れないので、ガチ装備で来る理由がない。
現に、護衛である柚木は「一階層なら護衛はいらないでしょ」と言って部屋で休んでいる。
一階層なので、氷織がいなくても問題がないと言えば、問題ない。しかし、一人では何か起こった時、助けも呼べない。一人でダンジョンに入るのは最悪の事態を考えるとよろしくない。
だとしても、氷織がガチ装備で来る理由が分からない。
「ガチじゃん。なんで?」
「女の勘」
「そ、そうか」
氷織の第六感がどれくらい信用できるか分からない。しかし、準備をして損なことはない。
モンスターが出現しないからといって油断するより、万全の準備を整えるのほうがいいに決まっている。蘇鳥は特に何かを言うこともなく、ダンジョンに向かうのだった。
願わくば、氷織の杞憂で終わることを祈って。
絵似熊市ダンジョンの一階層にやって来た二人。蘇鳥が試したいことを試す。氷織は静かに見守る。
「ここで何するの?」
「俺の勘がここでもモンスターが出ると告げている。モンスターが出ないのは条件をクリアしてないから、ってのが俺の考えだ。他のダンジョンだと、条件をクリアすることで特別なモンスターが出ることがあるだろ。ここでは逆に、条件をクリアすることが求められているんじゃない……かなぁ」
蘇鳥の考えはあくまで仮説。確たる証拠はないので、考えているほど自信はない。
どうせダメ元なのだ。自信がなくても気にするほどではない。
「ふーん、で、何するの?」
「まずは、エサだ」
「エサ?」
モンスターの大好物といえば、魔力だ。
魔力を得られる魔力草をダンジョン内にいくつか放置してモンスターがやって来ないか調べる。
魔力草を放置した場所を巡回しながら、モンスターが出現しないか確認する。
数十分後。
「来ない」
「そうだな、来ないな。エサでおびき寄せる作戦は失敗だ。まあ、元々成功するとは思ってなかったからな、次のを試そう」
既にエサでおびき寄せる作戦と似たようなことは試されており、失敗しているのは把握している。モンスターが出なくても気落ちしない。
「次、何する?」
「スキルでおびき寄せるぞ」
次にすることはエサでおびき寄せる代わりにスキルでモンスターをおびき寄せる。
スキルの中にはモンスターをおびき寄せるものがある。そのスキルを使って、モンスターを呼んでみる。
普通のダンジョンで使用すれば、大量のモンスターが押し寄せることもある。使いどころが難しいスキルだが、適切に使えば大量のモンスターを討伐することができる。ハイリスクハイリターンなスキルだ。
「じゃあ、使うぞ。モンスターが来たら頼む」
「余裕」
「【挑発の魔笛】」
ピィィィッ、という甲高い音がダンジョン内に響く。
シーン。
「……来ないよ」
本来なら、ドドドという足音を響かせながら、大量のモンスターが押し寄せるのが、モンスターが来る気配は微塵もない。
「まあまあ、場所が悪かったのかもしれないな。次は別の場所で試そう」
ダンジョンのモンスターは偏りがある。モンスターが多いエリアのあれば、モンスターが少ないエリアもある。もしかしたら、近くにモンスターがいなかっただけかもしれない。別のエリアで試してもいい。
「【挑発の魔笛】」
シーン。
「……来ないよ」
もう一度別のエリアに移動する。
「【挑発の魔笛】」
シーーン。
「…………来ないよ」
さらに別のエリアに移動する。
「【挑発の魔笛】」
シーーーン
「……………………やっぱり来ないよ」
「ふむ、やっぱりスキルでおびき寄せるのは失敗だな」
色々なエリアでスキルを試してみるも、モンスターの一匹とも出会わない。
「やっぱりって言った?」
「ああ、言ったぞ」
「どういうこと?」
実は、スキルでモンスターをおびき寄せる作戦は既に実行されている。そして、効果がないことも確認済みだ。
つまり、蘇鳥はスキルでモンスターをおびき寄せる作戦は失敗することを知っていた。
「ふーん、教えてくれてもいいのに。ケチ」
「ははっ、悪い悪い」
氷織が情報を教えてくれなかったことで膨れる。だが、本気で怒ってはいない。だからこそ、蘇鳥も軽く流す。
二人は仲がいいからできるコミュニケーションだ。
「次に試すのは、鳴き声だ。ちなみに、これは試されてないぞ」
「鳴き声ってどういうこと? 蘇鳥が鳴くの?」
「その通り」
あまり知られていないが、極々一部のモンスターは鳴き声でコミュニケーションを取ったり、仲間を呼び寄せていることが判明している。
蘇鳥がモンスターの鳴き声を真似したら、モンスターが仲間だと思っておびき寄せられるかもしれない。
「早速、試すぞ。ボヘーボヘー」
とある鳥のモンスターの鳴き声を蘇鳥が真似する。お世辞にも綺麗な声とはいえないが、それなりに再現度は高い。
「反応なし」
「まあまあ、まだ一種類だけだ。他のも試そう」
蘇鳥たちは移動しながら、モンスターの鳴き声を試す。
「ぎゃおーぎゃおー」
恐竜型モンスターの鳴き声、反応なし。
「らーらーらー」
虫型モンスターの鳴き声、反応なし。
「わんわんわん」
犬の鳴き声、反応なし。
「しゅるるるっ、しゅるるるっ」
「……あっ、どうも」
「……あっ、はい、お疲れ様です」
「…………それでは、失礼します。はい」
爬虫類型のモンスターの鳴き声、他のダンジョン調査員と遭遇する。以前、調査員同士の交流会で情報交換をしたことがある相手だった。顔見知りを相手に蘇鳥がとても恥ずかしい思いをするも、モンスターの反応なし。
「ひひーん、ひひーん」
馬の鳴き声、反応なし。
各種鳴き声を試すも、モンスターの反応はない。
「鳴き声でおびき寄せる作戦も失敗か。はぁ」
作戦が失敗するのは構わない。ダメ元だからだ。
しかし、同僚に恥ずかしい姿を見られたのが、きつかった。一階層を調査している人員が少ないので、油断した形だ。
「どんまい。旅の恥は搔き捨て、だよ」
「慰めの言葉、ありがとな。旅にしては、長期滞在してるがな。さて、最後にもう一つ検証しようか」
蘇鳥が検証したいことはいくつかあったが、残りは一つ。
「最後は何するの?」
「何もしない」
「……哲学?」
「いや、言葉通り。何もしない。じっと待ってみる」
蘇鳥が最後に検証したいことは、ダンジョン内でじっと待つこと。基本的にダンジョン内では移動する。一つの場所に留まることはない。
ダンジョン内で休憩することもあるが、一階層ではしない。セオリーを無視した行動をしたら何か起こるのではないかと考えた。
「意味あるの?」
「さあ? ないんじゃないか? ダメ元でやるんだ。何も起きない可能性が圧倒的に高い。とにかく小部屋にでも移動して、そこで待ってみよう」
「はーい」
TIPS
挑発の魔笛
モンスターをおびき寄せる音色を奏でるスキル。近くに存在するモンスターを呼び寄せることが可能。
ーーー
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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