第25話 絵似熊市ダンジョン③ダンジョンストリーマーの木皿儀さんですか?

●●●


「…………という感じで、各階層ごとに特徴があるみたいだから、忘れないでくれ。まあ、階層に入ったら、再度注意するから一応忘れてもいいが、念のため忘れなるなよ?」

「うん、大丈夫。蘇鳥と違って、私は賢い。忘れるはずない」

「ナチュラルに俺をディスするな。俺だって、そこそこ賢いわっ。こちとら、氷織と同じ大学だ。そんなに差はない、よな? 不安になってきたぞ」


 蘇鳥と氷織は同じ大学だが、学部は違うので学力には差がある……かもしれない。学力についてはまた機会があるだろう。


「それと、今回は本当に何が起こるか分からない。だから、今までのような服装で護衛しないように。ガチ装備で頼む」


 今までのダンジョンはランクが低く、難易度も低かった。そのため、ピクニック気分でダンジョンに入っても難なく対処ができた。

 しかし、今回のダンジョンは事情が異なる。

 モンスターの強さはそこまでではないが、まだまだ何が起こるか分からず、何が起こるか本当に予測不可能だ。油断していると怪我をするかもしれない。万全の準備で挑みたい。

 氷織がガチの装備でダンジョンに挑むと、今までとは比べ物にならない強さになる。攻撃力、防御力、素早さ、魔力運用、何もかもがパワーアップする。

 戦闘力は何倍にもなるだろう。


「今更だが、ガチ装備って持ってきてるよな?」

「うん、面倒だけど持ってきてるよ。…………たぶん」

「おいっ、最後に付け足した言葉はなんだ! もしかして忘れ物でもしたのか? そうなら早く言ってくれよ。命に関わるから」

「ダイジョブダイジョブ。気にしないで」


 気にしないのなんて、無理なんですけど。という叫びをグッとこらえる蘇鳥だった。

 もう現地に到着している以上、氷織を信用するしかない。願わくば、現地でも調達できるものでありますように。


「失礼、君は蘇鳥君かい?」


 ダンジョンについて確認していたり、学力や装備で悩んでいたりすると、声をかけられた。

 声をかけた人物は白衣を着た壮年の男性。その人物が誰か蘇鳥には心当たりがあった。


「え? もしかして、ダンジョンストリーマーの木皿儀さんですか?」


 ダンジョンストリーマーとは、ダンジョン内で配信活動をしている冒険者のこと。

 通常、ダンジョンは地球とは異なる場所のため、インターネットは使えない。しかし、高額な設備をダンジョンに導入するとインターネットが使えるようになる。

 するとどうだろう、ダンジョン内で動画の配信が可能になる。そのようなダンジョンでの動画配信者のことをダンジョンストリーマーと呼ぶ。

 木皿儀康安。その人もダンジョンストリーマーの一人だ。しかも、チャンネル登録者も多く、人気があり有名なストリーマーである。

 蘇鳥もダンジョンの情報収集のために木皿儀の配信を視聴している。熱心なファンというほどでもないが、出会ったらサインが欲しいくらいにはファンだ。それに著作は全部読破している。

 でも、どうして俺に声をかけたんだ、と疑問に思う蘇鳥だ。


「はい、ダンジョンストリーマーの木皿儀です。もう一度お聞きしますが、蘇鳥君で間違いないですか?」

「あー、すいません、蘇鳥で間違っていないです。あの、それで何か用ですか?」

「いやなに、最近面白い冒険者がいると聞いてね。それを調べたら蘇鳥君だったんだ。こうして出会えたことだし、声をかけさせてもらったんだ」


 木皿儀は一般的にイメージするダンジョンストリーマーとは少し異なる。

 普通、ダンジョンストリーマーと呼ばれる人たちは、ダンジョンに潜り、モンスターを倒し、攻略を進める冒険者をイメージする。

 しかし、木皿儀のメイン活動はダンジョン攻略とは違う。


 ダンジョンを解明することだ。


 ダンジョンのことを調べたり、モンスターのことを調べたり、罠を調べたり、構成を調べたり、各種ダンジョンの情報を集めて考察することをメインにしている。

 言うなれば、同業だ。規模は大きく違えど、蘇鳥と木皿儀のやっていることは似ている。

 だからこそ、蘇鳥は木皿儀のことを尊敬しているし、憧れてもいる。

 ちなみに、ダンジョン調査を主にしている冒険者は非常に数が少ない。有名なダンジョンストリーマーの中でダンジョン調査をメインにしているのは木皿儀くらいだ。他はもれなくダンジョン攻略を主にしている。

 ダンジョン攻略のほうが数字を稼げる。モンスターとの血沸き肉躍るスリル満点の戦闘は非常に人気の高いコンテンツとなっている。動画を見て冒険者に憧れる少年少女もいる。

 手っ取り早く人気が欲しければダンジョン攻略のほうがいい。ダンジョン調査をしているのは本気でダンジョンを解明したい人くらいだ。


「ダンジョンを攻略する冒険者は数知れないけど、ダンジョンのことを調べている冒険者は数が少ないからね。情報交換ができないかと思ったんだ。お邪魔だったかい?」


 木皿儀の視線が氷織に向く。蘇鳥と氷織は男女の関係ではないかと疑っているのだ。実際には、ダンジョンを調査する人とその護衛だ。二人の間に色恋はない。


「お邪魔だなんてそんなことはありません。ダンジョンのことを考えていただけです」

「では、一緒に今回のダンジョン調査の情報を交換しないか?」

「氷織、問題ないか?」

「うん、オッケー」


 氷織の了承も得られたので、木皿儀は早速席に着く。


「木皿儀さんも当然、今回のダンジョン調査でここに来たんですよね?」


 現在、ホテルには関係者しかいないが、念には念を入れて確認する。


「そうそう」

「あの、失礼ですが、奥様はいらっしゃらないのでしょうか?」


 木皿儀は既婚者。そして、奥さんは冒険者であり、康安の護衛をしている。

 ダンジョン調査は危険がつきもの。戦闘力が低い冒険者がダンジョンを調査するとなると、護衛が必要になる。奇しくも、蘇鳥と氷織と同じような構図だった。


「今は別行動だね。まあ、機会があれば紹介するよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「うん、会いたい。めっちゃ強い人」


 木皿儀和奏。木皿儀康安の妻にして無類の強さを誇る冒険者。

 木皿儀康安が安心してダンジョン調査を実施できるのは彼女の功績が大きい。配信にはあまり映らないが、美人で有名でファンも多い。まあ、人妻だが。


「ありがとう。ダンジョン調査は長期間行われる予定だ。会うこともあるだろう。して、お嬢さん、名前をうかがってもいいかな?」

「氷織入瑠香。冒険者。蘇鳥の護衛をしている」

「僕は木皿儀康安。冒険者をしているが、メインの活動はダンジョンを調べることをしています。今後ともよろしくお願いします」

「蘇鳥輪火です。よろしくお願いします」


 遅ればせながら自己紹介を済ませた三人。誰が最初に笑ったのか分からないが、自然と笑顔になるのだった。


「木皿儀さんはダンジョンの情報交換をしたいとおっしゃっていましたよね? ですが、私たちは今日着いたばかりで、ダンジョンにまだ入っていないんです。申し訳ありませんが、交換できる情報がないのです」

「まだ、何もない」

「いえ、問題ありません。本日到着したことは知っていましたから。ただね、ダンジョンの資料を読み込んで、どんな感想を抱くのか、を知りたかったのです。ダンジョンの謎を解明するのではなく、ダンジョンの新しい価値を発見するというダンジョン再生屋の意見を聞きたかったのです」


 ですから、気にしないでください、と続ける木皿儀に脱帽するしかない蘇鳥。

 ダンジョン再生屋は決して有名とは言えない。その名前を知っている木皿儀の情報量は圧倒的だった。とはいえ、有名なダンジョンストリーマーに名前を知ってもらっているのは光栄の極みだ。


「わかりました。僭越ながら、絵似熊市ダンジョンについての私の意見を述べさせてもらいます。資料から考えられるのはーー」


 数時間後。


「いやー、有意義な時間を過ごすことができました。蘇鳥君の知識もすごいですね。僕の知らないことも一杯ありました」

「そんなことはありません。知識の多くは木皿儀さんを含む先輩冒険者の尽力のおかげです。私の知識なんて、ちっぽけですよ。まだまだ知らないことだらけです」


 蘇鳥の知識の大半は実地で得たものではない。その多くは迷宮省から発表されたものや、ダンジョンストリーマーからもたらされたものだ。中には、木皿儀が著した書籍から得た情報もある。

 目の前に自分の先生がいるのだ。蘇鳥が謙遜するのも当然のこと。


「でも、本当にありがとうございました。木皿儀さんに教えていただいた知識があれば、明日からのダンジョン調査も楽になると思います。勉強になりました」

「……んにゃ、ありあと」


 氷織は退屈だったのか、ダンジョンのことで盛り上がる二人をよそに船を漕いでいた。ダンジョンの謎を解明することに興味がないらしい。

 半分ウトウトしながらも、蘇鳥がお礼を言ったのは聞こえたようで、一緒にお礼を言った。しかし、ふにゃふにゃしており、半分以上は何を言っているのか分からなかった。


「それなんだが、どうだろ明日のダンジョン調査、僕たちと一緒にしないか?」

「……………………えっ!?」


 あまりにも予想外な展開に数秒間フリーズする蘇鳥だった。青天の霹靂である。


TIPS

木皿儀康安(きさらぎ・こうあん)

ダンジョンストリーマー兼ダンジョン研究者。年齢は40歳を超え。

ダンジョンのことならお任せ。ダンジョンの知識は随一。

ダンジョンでダンジョンについての質問に答える配信が特に人気。

ーーー

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「いいね」や「フォロー」、「レビュー」をよろしくお願いします。小説を書く刺激になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る