山上の研究所6
悶々とする私に、シルヴィオはこてんと首を傾げた。
「アヤさんは、未来予知派だった?」
「……いえ、魔法はほとんどできない派です」
「だったら、おれが開発中の方法のほうが適性あると思う」
「未来予知以外の方法、ということですね?」
「うん。命に刻まれた生命紋――――遺伝するものも、エピジェネティックなものも――――を、可視化する魔術式を組んだんだ。いまはコストダウン中」
また、難しい言葉がたくさん出てきた。細部を拾うのは後回しにして、大筋を掴もう心がける。
つまり、シルヴィオがやっていることというのは。
「……シルヴィオさんの魔法は、それぞれの苗のもつ『力』を読み解けて……どの子が『良い葡萄』なのかが、早い段階で判断できるもの」
シルヴィオがかすかに目を細めた。
「よし、やっとまともに伝えられた。アヤさんが自己紹介してくれたおかげだね」
「いえ、そんな。……私に学がないばかりにお手間をおかけしました」
「学ならあるでしょ。アヤさん、藩王国の人だったのに、うちの国の言葉、ちゃんと話せるじゃん。その発音の綺麗さは、ただ慣れるだけじゃ身に着かないものだよ」
さらりと告げられた内容に、ああ、と思った。
「シルヴィオには本当に、たくさんのものが見えているんですね」
「そう?」
「はい。自分とは違う立場の人を慮るのが、とても上手いな、と」
「専門用語でべらべら話しちゃうのに?」
「それぐらい色々知っているのに、私のことを諦めないでいてくれます」
見て、考えることが、自分の仕事だとシルヴィオは言っていた。その点において、彼はとても、優れた研究者なのではなかろうか。
シルヴィオはパチパチとまばたきをしたあと、その綺麗な碧眼を、かすかに細めた。
「聞いてくれてありがとう、アヤさん」
「こちらこそ、話してくれて、ありがとうございます。……それにしても、すごいですね。この研究の技術があれば、品種改良にかかる手間や、育てる芽の選定が、とても効率的になります。とても便利です」
「えっへっへ。……まあ、学府からは、このやりかたは非効率だって叱られてるんだけど」
「え⁉ そんなに便利なのに、なぜ⁉」
「魔法を最低限しか使ってないから」
シルヴィオは、研究棟の方角をちらと見やった。
「いまおれが話した方法は、実際の作業の流れとしては、苗の葉っぱを一枚とって、冷やしながらすり鉢ですり潰して、薬剤――――ちょっとだけ魔法薬も入れたやつ――――と混ぜて、成分を抽出させて、もっかい増幅反応をかけてから、寒天のゲルで微量魔力勾配泳動するって感じ」
「……あの、最初に作業していた部屋にあるのは、その設備ですか」
「そ。手間暇がかかるけど、魔力のない、大多数の人でも、できるようにって設計した試験系だ。でも、魔力を気にしないんだったら、もっとできることはある」
シルヴィオは言いながら葡萄の葉に向かって手をかざした。魔法の波動を受けた葉は、するすると蔦を伸ばしていく。
すごい、とつぶやくと同時に、シルヴィオの身体が揺らめいた。慌てて手を伸ばすと、大丈夫、首を振られる。
「疲れただけ。おれ、魔力自体は少ないから……力の強い魔法使いたちは、こういうことがもっとたくさんできる。そういう人たちにとって、おれが考えてることっていうのは、迂遠……なだけじゃなくて、自分の特別さを損なうものでもある」
「……特別さを」
「拘るのも分かるけどね。価値ってそういうものだし」
「……」
特別さ。
たとえばロランさんのような竜騎士は、とても就くのが難しい仕事とされている。竜を従えることの難しさ、騎乗しながらの戦闘の難しさに加えて、矢避けなどの魔法ができなければならない――――一定以上の魔法の才能がないといけない、というのも、竜騎士の仕事を上級職にしている。
たとえば私のような使用人は、比較的、「誰にでもやれる仕事」に分類されるだろう。実際に勤めてみると、向き不向きを感じる瞬間もあるけれど、魔力や学歴といった、分かりやすい壁は設けられていない。
そして、平たく言えば、前者のほうが、後者よりも給金は高い。プレミアもののワインは、高い値がつくように。
人は大なり小なり魔力をもっているが、そのほとんどは、魔法を使えない。自分の傷を治癒する力や、単純な生命エネルギーの範疇に留まっているのだと言われている。一定以上の魔力をもつ者だけが、外界に働きかける魔法を使える。シルヴィオはここに分類されるはずだ。空を自在に飛び、指先ひとつで不思議を行使できる魔法使いは、国でもほんのわずかの上澄みだけ。
彼らへの憧れや敬意はある。
けれど、それでも。
「私は、シルヴィオの取り組みを、とても尊く感じます。だって、特別でない私たちが、少しでも善い明日を創っていくための、選択肢を増やしてくれているんでしょう? ……なんて、魔法をほぼ使えない私が言っても、偏った感想にしかなりませんが」
心のままに口にしてから、的外れだったかな、と口元を抑える。シルヴィオはふるふると首を振った。
「ううん、そう思ってもらえたなら、なにより。それに、狙い通り」
「狙い通り?」
「これ、一応、アヤさんにうちの仕事の魅力を伝えるためのプレゼンだったからね。勧誘の一環っていうか」
「……シルヴィオさん、ロランさんには、人は必要ないって言ってませんでした?」
「ああ言わないと、ロランのおせっかいが加速するから。……実験行程が複雑なせいで洗い物や掃除が大変だし、おれはそんなに魔力ないし、誰か助けてほしかったのは本当」
「それ、絶対ロランさんにばれてますよ……」
「おれがハッキリ肯定しない限りは、ただの憶測だ」
「頑固ですねえ」
辛いときほどやせ我慢するところも、猫っぽいというか、なんというか。
「そうは言ったって、ご自分で山を降りれないんですから、ロランさんの助けが不可欠ですよね?」
「まーね。でも、アヤさんが雇われてくれるなら、それも解決じゃない?」
シルヴィオはふふん、と唇を斜めにする。
「次は、厩舎にいこうか。アヤさん、一番気になってたんじゃ……」
そう、彼が口にするのと、ほとんど同時だった。
――――ぎゅるるるるるるるる。
その音は、明らかに、シルヴィオのお腹から響いていた。
「……」
「……」
「……ごめん、なにも食べずに実験してて、お腹減ってたんだった。すっかり忘れてた」
「そんな大切なことを、忘れないでください!」
しっかりしているのにどこか抜けている猫っ毛くんに、私はつい、声を荒げてしまった。
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