第30話 新たなる始まり
朝の陽光が、王都を優しく包んでいた。
いや――正確には、二つの太陽が。
天空に浮かぶ本来の太陽と、その隣で淡く輝く第二の太陽。一年前、佐藤翔太が生み出した聖浄化の結晶は、今もなお世界を照らし続けている。
「おはようございます、掃除士様!」
通りを歩く翔太に、八百屋の親父が声をかける。その顔に、かつてのような恐れや偏見はない。純粋な親しみと敬意が込められていた。
「おはようございます、トムさん。今日もいい天気ですね」
翔太は微笑みを返しながら、手にしたモップで店先の水たまりをさっと拭き取る。レベル100。この世界における最高値に到達した今でも、彼のやることは変わらない。
掃除だ。
「相変わらずですなあ。世界を救った英雄が、こんな些細な掃除を……」
「些細じゃありませんよ。どんな小さな汚れも、放っておけば大きくなる。一年前、僕たちが学んだことです」
王都の大通りは、活気に満ちていた。瘴気の脅威が去ってから、商業は爆発的に発展し、人々の表情は明るい。子供たちが無邪気に駆け回り、商人たちが威勢よく声を張り上げる。
平和な日常。
それを支えているのが、王国公認となった浄化士ギルドだった。
◆
立派な白亜の建物がそびえ立つ。一年前は小さな酒場の二階だった浄化士ギルドは、今や王都でも有数の巨大組織となっていた。
「翔太!」
玄関で出迎えたのは、ギルドマスターとなったアルテミスだった。かつて「ヴァルキリー」と呼ばれた彼女は、今では500人を超える浄化士たちを束ねる立場にある。
「今日も現場周りかい?明日の準備はいいの?」
「大丈夫です。掃除をしていると、心が落ち着くんです」
翔太の言葉に、アルテミスは苦笑した。明日――それは、翔太とエリーゼの結婚式の日だ。
「まったく、君という人は……レベル100になっても変わらないね」
「変わる必要がありますか?」
ギルドの中は、いつも通り活気にあふれている。受付には依頼の山が積まれ、新人浄化士たちが訓練に励んでいる。皆、翔太の背中を見て育った者たちだ。
「師匠!」
訓練場から、若い声が響いた。半年前に入団した新人浄化士のレオだ。レベルはまだ5だが、その目は希望に輝いている。
「今日も掃除の基本を教えてください!」
「いいよ。まずは雑巾の絞り方からだ。これが意外と大事でね……」
翔太が丁寧に指導する姿を、アルテミスは優しい目で見守る。一年前、世界を救った英雄は、今も変わらず「掃除士」であり続けている。
◆
昼過ぎ、懐かしい声が響いた。
「翔太ー!久しぶり!」
振り返ると、そこには逞しく成長したリクの姿があった。レベル45。一年前は10だったことを考えれば、驚異的な成長だ。
「リク!来てくれたんだ」
「当たり前だろ。親友の結婚式を見逃すわけにはいかない」
続いて、ミーナも姿を現す。王立魔法学院の講師となった彼女は、実践魔法の第一人者として名を馳せていた。
「翔太、おめでとう。エリーゼ様も、きっと素敵な花嫁になるわね」
「ありがとう、ミーナ」
そして、重厚な鎧に身を包んだカールも到着した。騎士団の副団長まで上り詰めた彼は、部下を引き連れて駆けつけてきた。
「佐藤殿、祝いに参りました」
「カール、そんなに固くならないで。僕たちは仲間じゃないか」
一年前、共に戦った仲間たち。それぞれが自分の道を歩みながらも、絆は変わらない。いや、むしろ深まっているようにさえ思えた。
「それにしても、みんな成長したね」
翔太の言葉に、リクが胸を張る。
「この一年、修行に修行を重ねたからな。ついこの前、ドラゴン討伐にも成功したんだ」
「私も負けてないわよ。新しい魔法理論を確立して、学院始まって以来の最年少講師になったの」
「拙者も、新世代騎士団の育成に力を入れております」
仲間たちの成長を聞きながら、翔太は心から嬉しそうに微笑んだ。皆、それぞれの場所で輝いている。
◆
夕方、翔太は一人、大聖堂を訪れていた。明日の式場となる神聖な場所。ステンドグラスから差し込む第二の太陽の光が、幻想的な模様を床に描いている。
「緊張している?」
振り返ると、エリーゼが立っていた。王女のドレスではなく、シンプルな街着姿。でも、その美しさは変わらない。
「少し、かな。でも、嬉しい緊張だよ」
二人は並んで祭壇の前に立つ。明日、ここで永遠の愛を誓うことになる。
「一年前のことを思うと、夢みたいね」
エリーゼがつぶやく。確かに、最弱職と呼ばれた掃除士と、王国の第三王女。普通なら、ありえない組み合わせだ。
「でも、これは夢じゃない。僕たちが選んだ道だ」
翔太の手が、優しくエリーゼの手を包む。温かい。一年前、瘴気に包まれた戦場で初めて握った時と同じ温もりだ。
「明日から、よろしくね」
「こちらこそ。どんな汚れも、二人で浄化していこう」
エリーゼがくすりと笑う。
「もう、そんな時まで掃除の話?」
「だって、僕は掃除士だから」
二人の笑い声が、静寂な大聖堂に響いた。
◆
結婚式の朝は、快晴だった。
二つの太陽が祝福するように輝き、王都全体がお祭りムードに包まれている。通りには花が飾られ、人々が晴れ着に身を包んでいる。
「さあ、主役の登場だ!」
ギルドで、リクが翔太の肩を叩く。純白の礼服に身を包んだ翔太は、いつもと違って凛々しく見えた。
ただし、腰にはしっかりと掃除道具入れが装着されている。
「それ、外さないの?」って、ミーナが苦笑する。
「これがないと落ち着かないんだ」
「まあ、翔太らしいけどね」
準備室には、次々と仲間たちが集まってくる。一年前の激戦を共に戦った50人の戦友たち。皆、各地から駆けつけてきた。
「翔太、これを」
リクが小箱を差し出す。中には、特製の掃除用手袋が入っていた。
「耐久性MAXの特注品だ。どんな汚れにも対応できる」
「リク……ありがとう」
続いて、ミーナからは魔法で永久保存された花束。
「枯れない花よ。永遠の愛の象徴」
カールからは、騎士団の名誉章。
「貴殿の勇気を称えて」
そして、グスタフ老は震える手で、小さな指輪を差し出した。
「我が家系に伝わる紋章入りじゃ。末永く幸せにな」
仲間たちからの心のこもった贈り物。翔太の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「みんな……本当にありがとう」
◆
大聖堂には、王国中から人々が集まっていた。
貴族、商人、冒険者、そして一般市民。身分の隔てなく、皆が二人の門出を祝福するために集まっている。最前列には、国王陛下とアルフレッド王子の姿もあった。
オルガンの荘厳な音色が響き始める。
扉が開き、純白のドレスに身を包んだエリーゼが入場する。その美しさに、場内から感嘆の声が漏れた。ヴェールの向こうに見える表情は、幸福に満ちている。
翔太が祭壇の前で待つ。緊張しているが、その目はまっすぐエリーゼを見つめている。
神官が、厳かに儀式を始める。
「我らは今日、二つの魂が一つになる瞬間に立ち会います」
第二の太陽の光が、ステンドグラスを通して二人を包む。まるで世界そのものが祝福しているかのようだった。
「佐藤翔太よ、汝はエリーゼを生涯の伴侶として、愛し、守ることを誓いますか?」
「誓います」
「エリーゼよ、汝は佐藤翔太を生涯の伴侶として、愛し、支えることを誓いますか?」
「誓います」
そして、二人は向かい合った。
「翔太……私、約束するわ。どんな汚れも、二人で浄化していくって」
「僕も約束する。君と共に、この世界を美しくしていくよ」
指輪の交換。
その瞬間――
━━━━━━━━━━━━━━
【特別イベント:神聖なる結婚】
佐藤翔太とエリーゼの絆が
永遠のものとなりました
獲得称号:愛の浄化王
ボーナス:パートナースキル解放
二人の愛が新たな力を生み出した!
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システムウィンドウが現れ、祝福のファンファーレが響く。この世界のシステムさえも、二人の結婚を祝福していた。
「今より二人は夫婦である。口づけを」
翔太がそっとヴェールを上げる。エリーゼの頬には、幸せの涙が流れていた。
二人の唇が重なる瞬間、大聖堂に歓声が沸き起こった。
「おめでとう!」
「万歳!」
「末永くお幸せに!」
国王陛下も立ち上がり、惜しみない拍手を送る。その目にも、涙が光っていた。
「よくぞ、我が娘を選んでくれた。ありがとう、翔太君」
聖剣エクスカリバーが、腰で祝福の輝きを放つ。まるで、新たな主人の幸せを喜んでいるかのように。
◆
披露宴は、王城の大広間で行われた。
豪華な料理が並び、楽団が祝福の音楽を奏でる。でも、雰囲気は堅苦しくない。翔太の希望で、身分に関係なく皆が楽しめる宴となっていた。
「それにしても、この一年は本当にすごかったな」
リクがワインを片手に振り返る。
「最初のゴブリン討伐を覚えてる?翔太が掃除道具で戦ってた時」
「ああ、あの時はまさか、こんなことになるとは思わなかったわ」
ミーナも懐かしそうに笑う。
「でも、翔太の掃除を見た時、何か特別なものを感じたの。ただの掃除じゃないって」
カールも頷く。
「聖剣との出会いも運命的でしたな。穢れを浄化できる者だけが持てる剣……」
「そういえば、マルコは?」
翔太が見回すと、商人のマルコが大きな袋を抱えて現れた。
「お待たせ!浄化グッズの新商品サンプルを持ってきたよ!」
「こんな日にも商売かい?」
皆が笑う。でも、それもマルコらしい。
ソフィアが立ち上がり、グラスを掲げる。
「乾杯の音頭を取らせていただきます。新郎新婦の末永い幸せと、そして……」
彼女の眼鏡が、いたずらっぽく光る。
「これからも続く、私たちの冒険に!」
「乾杯!」
グラスが触れ合う澄んだ音が響く。
翔太も立ち上がった。
「みんな、今日は本当にありがとう。一年前、最弱職と呼ばれていた僕が、ここまで来れたのは、みんなのおかげです」
会場が静まる。
「でも、僕の本質は変わっていません。僕は今も、そしてこれからも、掃除士です。この世界を美しくすることが、僕の使命だと思っています」
そして、エリーゼの手を取る。
「そして今日から、一人じゃない。エリーゼと一緒に、もっと多くの場所を綺麗にしていきたい」
エリーゼが微笑む。
「私も、翔太と一緒なら、どんな冒険も乗り越えられる気がするわ」
温かい拍手が会場を包む。
その時――
◆
大広間の扉が、勢いよく開かれた。
「失礼します!緊急の報告です!」
駆け込んできたのは、王国騎士団の伝令だった。顔面蒼白で、明らかに尋常ではない。
「何事だ?」
アルフレッド王子が立ち上がる。
「北の国境より急報!黒い霧が発生し、調査隊が……全滅しました!」
会場がざわめく。
「黒い霧だと?瘴気か?」
カールが問いただすが、伝令は首を振る。
「いえ、違います。瘴気とは別の……何か異質なものです。目撃者の話では、黒い霧は生き物のように蠢き、触れたものを一瞬で飲み込んでしまうそうです。最後の通信では『これは瘴気じゃない』と……」
翔太が聖剣に手を当てる。剣が微かに震えている。警告しているのだ。
「第二の太陽でも浄化できないのか?」
国王陛下の問いに、伝令が頷く。
「はい。霧は第二の太陽の光を受けても、まったく変化しないそうです」
重い沈黙が会場を支配する。平和な一年間の後に訪れた、新たな脅威。
翔太とエリーゼが目を合わせる。
「……結婚式の次の日に出発することになりそうね」
エリーゼが苦笑する。でも、その目に恐れはない。
「ハネムーンが冒険になりそうだ」
翔太も苦笑を返す。
すると、リクが立ち上がった。
「面白くなってきたな!俺も行くぞ!」
「私も行くわ。新しい魔法現象なら、研究のしがいがある」
ミーナも立ち上がる。
「拙者も騎士団を率いて同行します」
カールも決意を固める。
次々と、仲間たちが立ち上がる。一年前と同じように、皆が協力を申し出た。
翔太は感謝の気持ちを込めて、皆を見回す。
「ありがとう、みんな。でも、今日は結婚式だ。今夜はゆっくり休んで、明日から準備を始めよう」
「そうね。最後の夜くらい、楽しみましょう」
エリーゼの言葉に、皆が笑顔を取り戻す。
不安はある。でも、それ以上に、仲間と共にいる心強さがあった。
◆
翌朝、王都の城門前。
出発の準備は整っていた。翔太は新しい冒険装備に身を包んでいる。もちろん、掃除道具一式も完備だ。
エリーゼも戦闘服に着替えている。王女のドレスから、冒険者の装いへ。でも、その凛々しさは変わらない。
「準備はいい?」
「ええ、完璧よ」
二人の周りには、選抜された仲間たちが集まっている。リク、ミーナ、カール、そして浄化士ギルドから選ばれた精鋭10名。
「では、出発しよう」
翔太が歩き始める。北へ向かう街道は、朝日に照らされて金色に輝いていた。第二の太陽も、彼らの行く道を照らしている。
「行ってらっしゃい、掃除士様!」
城門の周りに集まった市民たちが、声援を送る。
「頼んだぞ!」
「気をつけて!」
「必ず帰ってきてくださいね!」
翔太は振り返り、手を振る。
「行ってきます!必ず、世界を綺麗にして帰ってきます!」
そして、前を向いて歩き始める。エリーゼと手を繋いで。
「Phase 2の始まりね」
エリーゼがつぶやく。
「そうだね。でも、今度は一人じゃない」
翔太が彼女の手を優しく握る。
仲間たちの笑い声が響く中、一行は北へと向かう。地平線の彼方には、確かに不気味な黒い雲が見えていた。
でも、恐れはない。
一年前、最弱職と呼ばれた掃除士は、今や世界最強の浄化王となった。そして何より、信頼できる仲間と、愛する人がそばにいる。
「さあ——」
翔太が聖剣を掲げる。朝日が剣身に反射し、金色の光を放つ。
「新たな世界の掃除を始めよう」
いつもの決め台詞が、新しい意味を帯びて響いた。
新たな冒険の始まりだった。
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【翔太】※結婚式終了時点
職業:掃除士
称号:真なる浄化王・愛の浄化王
レベル:100
HP:5,000 / 5,000
MP:10,000 / 10,000
配偶者:エリーゼ
スキル:
・全浄化スキル Lv.MAX
・パートナースキル(NEW)
・愛の浄化(NEW)
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━━━━━━━━━━━━━━━
【Phase 1 完結】
これまでの冒険:
・瘴気の完全浄化
・初代勇者の魂の救済
・第二の太陽の創造
次なる冒険:
Phase 2「北の黒霧編」へ続く
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