第13話 薄井花恋視点、兄拓真がおかしい?

薄井花恋の視点


 アタシ、薄井花恋、15歳。ひまわり中学に通う中3です。

 最近のアタシの関心ごとは、兄がおかしいこと。

 いや、前からちょっとおかしい人ではあったんだけど、なんかそのおかしさの質が変わってきた気がするのだ。アタシの兄、薄井拓真──クラスでも存在感が自然消滅する系男子。常に本を片手にして、猫背で、ネクラで、メガネが曇ってるような文学少年。そんな兄が、だ。


 ある日ふとリビングで見たら、メガネがなくなってた。え? って思った。よく見たら、コンタクト。しかも、髪型までちゃんと整えてて、さらに服装が……あれ? なんかちょっとオシャレじゃない? シンプルなんだけど、妙にサイズ感合ってるし。いったい誰だよアンタ。


 しかもだ。スマホを見て、にやにやしてることが増えた。兄がスマホで笑うなんて、これまで見たことない。もしかして──彼女!?


 いやいやいや、ないないない! あのネクラメガネがそんなわけ……でも、メガネないし。いや、そういう問題じゃなくて! でもでもでも! ……うわぁ、怪しい!


 そんなわけで、アタシは決めた。

 兄を探るのだ。タイミングよく、アタシも最近フリーになったばっかりで暇だしね……。

 いや、泣きたいよ、ほんとは。

 彼氏が浮気したんだよ。

 それも親友と! 

 浮気相手が「え、ごめん」じゃなくて「だってカレン最近冷たいんだもん」とか言い出す始末。

 いや、はぁ!? アンタが部活の後に送ってくれるって言ったのに来なかったからだろ! ってか親友も親友だし!


 そんな裏切りダブルパンチを食らったアタシは、買い物どころか近所の商業施設にすら行きたくない。どうせ行けば、あの二人に会う可能性があるし。でも都会なら大丈夫。兄の通う学院の最寄り駅、餃子駅の商業施設なら友達も元カレもいない

 。よし、そこで兄を誘い出して探りを入れるのだ!


 ……とまあ、そんな経緯で今アタシは兄と二人で餃子駅の駅前ショッピングモールにいるわけ。兄は本屋に直行するかと思ったら、意外にも服屋の前で立ち止まった。しかも、店員さんに普通に会話してる! なにその女子慣れしてる感じ!? え、ちょっと兄さん、アタシよりスムーズじゃない!?


「やっぱり怪しい……」


 アタシはつぶやく。兄は「何がだよ」と素っ気なく返すけど、怪しいのは事実だ。


 そんなときだった。視線を感じて振り返ると──小柄で、めっちゃ可愛い子がアタシをじっと見ていた。え、誰? 身長はアタシよりだいぶ低いのに、胸が……お、おっきい……。なんかこう、ふわふわ上下に揺れてるんだけど!?


 その子と目が合った瞬間、彼女はにこっと笑って、胸をゆさゆさ揺らしながら近づいてくる。え、え、え、アタシに用事!?


 違った。その子はアタシの前で立ち止まると、兄を見て言った。


「拓真くん、この娘は誰かしら?」


 にこやかな笑顔……だけど目が笑ってない。ちょっと怖い。しかも次の言葉でアタシの思考は完全にフリーズした。


「ひどいわ、わたしとキスまでしておいて、別の女の子に手を出してるの?」


 ……キス!? え、兄が!? この可愛い子と!? いやいやいや、無理無理無理! だって兄だよ!? 存在感消えるネクラ文学少年だよ!? え? でも、この子めっちゃ可愛いし。そ、そういう展開も……あるのか……いやないだろ?


「ちょ、ちょっと落ち着け。勘違いするな。これは妹だよ、妹!」


 兄が必死に説明してる。え、妹って……アタシのことか。いやそうだけど! なんか巻き込まれ方がおかしい!


 その子は「あら、そうなの」と言いつつ、今度はアタシににこっと笑って、自己紹介してきた。


「わたし、宇都宮柚っていいます。お兄さんと特別仲良くしてるんです」


 とんでもない爆弾発言! 兄が「だからそれを言うなって!」と焦ってるけど、柚さんは頬にえくぼ浮かべてニコニコ。な、なにこの圧倒的ヒロイン感!


「キスまでしたら特別ですよね?」


 ……アタシはもう思考停止状態。柚さんは「あ、急がないと時間に間に合わない」と言って、胸をふわふわさせながら走り去っていった。残されたアタシと兄。沈黙。アタシの心臓はドクドク鳴ってる。


「……あの人、彼女さん、だよね」


「ち、違う……!」


 兄の声は説得力ゼロ。だって、さっきキスって言ってたし!


 動揺しつつもショッピングを続けていたら、今度はまたも視線を感じた。金髪の、美人。アタシより背が高くて、スラッとしてて、まるでモデルみたい。その人がむっとした顔でアタシをじっと見ている。え、なに? 怒ってる? アタシ、なにかした?


 その美人はズンズン近づいてきて、アタシの前で立ち止まった。そして低めの落ち着いた声で言った。


「拓真、この子、誰? 紹介してくれへん?」


 うわ、関西弁だ。なんか迫力ある!


「あ、妹だよ」


 兄が即答すると、美人さんは「ああ、妹さんなんやね」と安心したように微笑んだ。けどアタシは衝撃を受けた。な、なんだって……兄がこんな金髪美人と知り合い!? いや、待って。知り合いどころじゃない。雰囲気、彼女だよこれ!


 柚さんとキスしてるって言ってたのに? で、こっちは金髪モデル系美人? え、二股? 二股なの!?


 しかもさらに衝撃。名前を聞いたら、この人は那須野ロッテ瑠璃さんで、柚さんの親友なんだって。……は?


 待って待って待って。それ、アタシがこの前くらった「元カレと元親友の浮気」とほぼ同じ構図じゃん!


 アタシはじっと兄を見た。お兄ちゃん……あんた、まさか同じことしてるんじゃないでしょうね……? いや、信じたいけど……いや、でも、さっきの柚さんの言葉……。あーもう! 頭がぐるぐるする!


 買い物に来ただけなのに、なんでアタシは兄の二股疑惑を追及しなきゃならないんだ。いや、ほんと、兄のくせに……なかなかやりますね!?


 ……柚さんと瑠璃さん、二人とも驚くほど魅力的で、兄に釣り合わないと思うほどだった。なのに、兄はどこか落ち着いていて、二人に振り回されながらも大事にしているように見えた。


(花恋の内心)


「アタシは……元カレに浮気されて、しかも相手は親友で。信じてたはずの人たちに裏切られた。なのに兄は、ちゃんと二人のことを考えているみたいに見える。……ずるいなぁ。アタシも、あんなふうに大切にされてみたかったのに」


兄の横顔を見ながら、少しだけ胸がちくっとした。コメディみたいに『怪しい!浮気だ!二股だ!』って騒いでたけど、本当はアタシが羨ましかっただけかもしれない。羨ましくて、悔しくて、でも……どこか誇らしい。


兄はあのネクラメガネじゃなくなっていて、誰かにちゃんと必要とされてる。そのことに気づいたら、アタシの中のもやもやも、少しだけ溶けていった気がした。


「……兄貴、やるやん」


そう心の中でつぶやいて、アタシは少し笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る