3. 初陣
***
偉大なる先先帝逝去ののち、近隣諸国はすぐさま帝国へと宣戦布告をしてきた。
皇帝はまだまだ幼く、そして偉大な帝国像を確固たるものへと変えた先先帝はいなくなった。よりどころを失った兵たちなぞ、敵ではないと踏んだのだろう。
そこから約3年、忠義な軍の総司令官は国境を守り続けた。膠着状態となり、徐々に士気も下がり疲弊してきたころ、若き皇帝が初陣も兼ねて様子見にやってきた。
司令官から状況をきくと、皇帝は手紙を1枚綴り、そして町娘の服を所望した。
『――聞くに、あちらの国王は大層な色狂いだそうだな。孫ほどの年の娘でも、気に入れば無理やりベッドへ連れ込むという』
皇帝が面隠しを外すと、まだ未成年であるというのにすでに完成しきった顔面が出てきた。戦場で思わぬ美に直面した面々は言葉を失うと、皇帝は、
『この通り私は美しいゆえ、敵情視察にはもってこいであろう?』
と笑った。そして、
『私がここを発ったら、向こうの指揮官にこの手紙を送れ。うまくいけば、最小限の血で我が軍は勝利を収められるだろう』
と述べ、本当に他国の王城へと単身で乗り込んでしまった。
我が帝国は終わってしまうのでは、なんて無謀な、とハラハラしながらも兵らが待っていると、若き皇帝は重そうなズタ袋を片手に、国境にいた敵の軍勢を引き連れて帰ってきた。
まさか捕虜にされたのかと怯えたが、『私があまりにも偉大であるから、寝返ったのであろう』と皇帝はなんでもないことのように述べた。
そして、
『喜べ。そなたらに土産だ』
と皆の前で袋をひっくり返した。
血の気の失せた隣国国王の生首が地面にゴロリと転がり、総員目を疑った。
皇帝はすっかり懐柔した元敵兵に、自国の兵と同じように指示を飛ばし並ばせると、不機嫌に話しだした。
『あの王族は想像以上にクズであった。税は高く、民らは食べるものに困窮し道端で飢え死んでいるというに、城内の贅沢なことといったらない。
戦地となった場所でも民が巻き添えを食っているのに、城ではどうやら毎日パーティーが開かれ、おまけに国王は私の顔を見るなり寝所へ連れ込んだのだ』
忌々しげにそう吐き捨てると、
『平和的に交渉してやるつもりであったのに、すっかり腸が煮えくり返っておったし隙だらけであったゆえ、勢いあまって殺してしまった。
警備兵は立ったまま転た寝をしており警備もガバガバ、もしかしたらこやつはまだ死んだことにすら気づかれていないかもしれん』
だとしたらずいぶん人望のない王よ、虚しい最期だな、と呆れたように生首を見下ろした。
合流した元敵兵らは、皇帝の命令に従順であった。
というのも、皇帝は最初から士気が下がりまくっていた隣国の軍隊に、このような手紙を綴っていたという。
『――見通しも経たぬ戦場にて、いまなお民草のために抗うそなたらに敬意を表し、ここにひとつ提案をしたい。
このままやつらの言いなりでいても、状況が悪化することこそあれ好転は見込めぬことを、そなたらも本当はすでにわかっているのではないか。
そこで、我ら帝国と共にいまこそ民らのため、悪政を討つべく立ち上がるのはどうか。言うまでもなく、我らと手を組むならそなたらと民らの命は約束しよう』
まんまと寝返らせ、共同戦線を張った二国ぶんの軍勢は、やすやすと王城前を占拠した。
かくして生首を槍に刺し、脅しの手紙をつけて城内へと送った。
ちょうどそのころ、王が起きてこないと様子を見に行った者が、とうに冷たくなっていたその人を発見した。首はないわ、いつ刺客が来たのか誰も把握できていないわ、軍が寝返っているわで城内は大騒ぎとなっていた。
そして届いた王の首と、外を占拠する軍勢を見て悲鳴を上げ、添付されていた手紙を読んで立ち竦んだ。
『城にいる国王の遺族、ならびにパーティーでみっともなく騒いでいた貴族らへ 。
善戦する兵や貧困に喘ぐ民らを蔑ろにし、贅沢と色欲に耽る愚かな王を、見るに見かねた私こと、偉大なる皇帝ルシアンが親切にも討ち取っておいた。
何時間もの間、愚王の死に気づかなかった間抜け且つ薄情なそなたらには、この私に感謝し降伏し忠誠を誓う機会をやるべく、ここにその首を贈る。
王と共に遊興に耽るそなたらには、国の統治なぞロクにできないであろうから、慈悲深く親切な私がついでに治めてやるので安心するがよい。
兵はすでにそなたらを見限り、我が帝国軍と和睦し合流済みなので、無駄な期待は捨て早急に城を明け渡し降伏するように。
断れば次に生首を晒すことになるのは王の次に愚かな者、つまりはそなたらであることを忘れるな。
そなたらの新たな太陽ルシアンより。
――追伸。私はとても気が短い。首が届き10分以内に白旗を掲げなければ、城に攻め入り中にいる者をすべからく殺す。
それが口先だけの脅しでないことは、この首を見ればよくわかるだろう』
彼らは、慌てて白布という白布を掲げ降伏した。
かくして皇帝ルシアンは、なんともセンセーショナルな初陣を果たしたのである。
若すぎるとその実力を心配されていた皇帝は、皆の想像を遥かに上回る能力を示し、兵からの信頼を得るどころかカリスマ性まで示したのだ。
城に手紙を送る前夜、つまりは理不尽な圧制を強いた国王の首を持ち帰った日のことであるが、早くもすっかりお祭騒ぎとなった兵らを置いて、町娘姿のまま皇帝はそっと席を外した。
これまで軍を率いてきた総司令官は、無意識に後を追っていた。だが追い付き声をかける前に、皇帝はそれと同年代であろう侍従と行き合い、こう口を開いた。
「皇后はどうしてる」
「陛下のことをひどくご心配なさり、しばらくはお休みになれなかったご様子ですが、先ほどようやくお眠りになられたとのことです」
そうか、と頷いた。皇帝な深刻な顔をして侍従を見た。
「……行けば起こしてしまうよな?」
侍従はなんでもないことのように述べた。
「そっと見に行かれてはいかがです? 陛下なら物音もたてずにゆけましょう」
ですが珍しいですね、そのようなことを仰るとは、と言われ、皇帝は頭を掻いた。
「――気分がひどくてな」
単身で敵地にまで乗り込まれ、挙句ご自分で人に手をかけてしまったのだから当然だ、と司令官は思った。
だが皇帝は、美しい顔を信じられないくらい歪めた。
「真正面から性欲を向けられるというのは、ああも気持ちの悪いことなのだな?? いくら私が常軌を逸した美しさであるといえど、あれほど醜い視線を向けられるとは思わなかった。
世の女人らには同情を禁じ得ない……。好いた男が相手なら違うのだろうか? そうであってほしいものだ」
……いまもずっと吐き気が収まらなくてな、胃液がここまできている気分だ、と喉と胸を撫でさすった。
「まことにお疲れ様でございました。このまま近くの貴族家にでも、宿泊の連絡を入れますか?」
「そうしたいのは山々だが、兵をここに置いて私だけベッドで眠るわけにもいくまい。宴にも出て労ってやらねば」
そうなると私もここで雑魚寝することになるが、と溢すと、侍従は何度も大きく首を振った。
「陛下もまだ13歳なのですから、明日に備えてお休みになられたと伝えれば、みなも納得すると思います。しなくても陛下が雑魚寝なぞもっての他です。
あと今さら気づきましたが、面隠しはどうなさったのですか。陛下は高貴なるお方、みなとは違うのです。きちんと隠していただきませんと」
「そんなものどこかへいってしまった」
「予備をお渡ししておいたはずですよ」
知らん、と肩を竦め、皇帝は山のずっと向こうを見た。皇宮の方角だった。
「……やはり寝顔だけでも見に行く。このままでは夢にまであの顔を見そうだ。リュシーの顔を見れば、この不快感もなくなるはずだ」
「それでは陛下はいつお休みになられるのです? 行って帰るころには、夜が明けてしまいます」
「どのみちあの顔を思い出したらロクに眠れぬわ」
嫌ならそなたひとり残っても構わんぞ、と手綱を奪い、皇帝は着ていた女性物のチュニックドレスの裾を翻し馬へと跨った。呆れたような溜息をついた侍従も、結局は馬に跨り皇帝と共に皇宮の方角へと風のように去っていった。
司令官はその華奢な背中を見て、戦の神のごとき立ち回りをした皇帝が、本来ならまだ周囲に守られるべき未成年であったことを思い出した。
まぁ翌朝にはそんなことなどなかったかのように、すっかり豪胆な姿に戻られ、魔王のようにゲラゲラと笑いながら、例の煽り散らかした書状を意気揚々と書いていらしたわけだが。
皇帝はその王城にあった金品を、惜しみなく戦地の復興と民草への食糧支援に使った。税制も一般的な水準まで戻し、城にいた官吏などから政治的なあれこれを自国から派遣した人間に引き継がせると、兵を集め司令官を見やった。
『私が訪れるまでの3年、よくぞ持ちこたえた。そなたらも実にご苦労であった。
総司令官に、この城とこの国の領地を、あと領主の地位を褒賞として授ける。
そしてそなたの新たな門出に、信頼できる臣下が必要であろう。兵の中から総司令官についてゆきたいものは申し出よ。こちらへの任地替え、および新領主への同行を許可する』
と、あっさり手放してしまわれた。
もともとこの戦は、皇帝ルシアンが望んだものではなかった。
先先帝の永久の不在に便乗し、帝国を取り込もうとする不埒な輩どもを排除しただけである。
新たな領地も民も、もしかしたらまだ若い皇帝の肩には重く感じられたのかもしれない。
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