第十二章 真実の重み

翌朝、夫婦は笑顔で山路亭を後にした。昨夜の体験によって、息子の死を受け入れる準備ができたようだった。


「山路さん、本当にありがとうございました」父親が握手を求めた。「私たちは前に進んでいけそうです」


「こちらこそ、ありがとうございました」慎一が答えた。


夫婦が去った後、健太が慎一に言った。


「素晴らしい体験でしたね。あのご夫婦の表情を見ていると、本当に何かが起きたのが分かります」


「はい。これが案内人としての本当の仕事なんだと思います」


しかし、その日の午後、山路亭に予想外の来客があった。それは、大手テレビ局のディレクターだった。


「山路さん、テレビ番組で山路亭を取り上げさせていただきたいのですが」


慎一は即座に断った。


「申し訳ありませんが、テレビ取材はお断りしています」


「視聴率の高い番組です。山路亭の知名度が格段に上がりますよ」


「それは望んでいません」


ディレクターは食い下がった。


「では、条件をお聞かせください。どのような形なら取材を受けていただけますか?」


「どのような形でも無理です」慎一は断固とした態度を示した。


ディレクターが諦めて帰った後、健太が慎一に言った。


「正しい判断だと思います。テレビに出たら、収拾がつかなくなるでしょう」


「ええ。でも、この状況がいつまで続くのでしょうか」


実際、記事が出てから一週間で、山路亭には数十件の取材申し込みがあった。週刊誌、新聞、ラジオ、インターネットメディア……すべて断ったが、相手は諦めない。


そんな中、一本の電話が慎一を驚かせた。


「山路亭の山路さんですか?田村雅子です」


雅子からの久しぶりの連絡だった。


「田村さん、お元気でしたか?」


「はい。おかげさまで、息子のことを受け入れて前向きに生活しています」


「それは良かったです」


「実は、週刊誌の記事を見まして……山路さんにご迷惑をおかけしているのではないかと心配になって」


慎一は雅子の優しさに感謝した。


「ご心配いただき、ありがとうございます。確かに大変な状況ですが、なんとか対応しています」


「私も何かお手伝いできることがあれば……」


その時、慎一にひらめきがあった。


「田村さん、もし良ければ、お願いしたいことがあります」


「何でしょうか?」


「体験談を語っていただけませんか?山路亭で本当に起きることと、メディアが書いていることの違いを」


雅子は少し考えてから答えた。


「分かりました。山路さんにお世話になった恩返しができるなら」


数日後、雅子が再び山路亭を訪れた。今度は取材対応のためだった。


雅子は慎一と相談して、いくつかのメディアのインタビューに応じることにした。ただし、条件があった。


「山路亭は霊能力者の旅館ではありません」雅子がカメラの前で証言した。「山路さんは特別な能力を売り物にしているわけではありません。ただ、困っている人の話を真摯に聞いてくださる、優しい方なんです」


「では、死者との交信というのは?」記者が質問した。


「私の場合、それは結果的に起きたことです。山路さんが意図的に何かをしたわけではありません」


雅子の証言は、山路亭に対する誤解を解くのに大いに役立った。霊能力者や超能力者としてではなく、心の支えとなる旅館主人として慎一を紹介してくれたのだった。


その効果もあって、好奇心だけで山路亭を訪れる人は減っていった。しかし、本当に心の支えを必要とする人たちは、相変わらず訪れ続けた。


「良い方向に向かっているようですね」健太が安堵した。


「雅子さんのおかげです」慎一が感謝を込めて言った。


「でも、まだ完全に元の静けさは戻っていませんね」


「それは仕方ないでしょう。でも、本当に必要な人たちが来てくれるなら、それでいいんです」


慎一は案内人としての自分の役割を、より深く理解するようになっていた。人々の心の重荷を軽くし、人生の道筋を見つけるお手伝いをする。それが山路家に代々受け継がれてきた使命なのだ。


しかし、その一方で、新たな問題も生じていた。山路亭の能力に頼りすぎる人、何度も訪れて依存する人、慎一を神格化する人……。


案内人としての役割を果たすためには、適切な距離感を保つことも重要だった。人々を自立させ、自分の力で歩んでいけるように導く。それが真の案内人の仕事なのだと、慎一は学んでいった。


山路亭の新しい章が始まっていた。メディアの注目という試練を乗り越えて、より成熟した案内人として、慎一は歩み続けていく決意を固めていた。

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