第十一章 記事の衝撃

一週間後、林の記事が週刊誌に掲載された。タイトルは「奇跡の旅館『山路亭』〜死者と交信する不思議な主人〜」というセンセーショナルなものだった。


記事には、山路亭で「不思議な体験」をした複数の証言者のインタビューが詳細に掲載されていた。亡くなった家族からのメッセージを受け取った話、人生の重要な決断に導かれた話、心の傷が癒された話など。


しかし、記事の書き方は慎一が心配していた通りだった。山路亭を「霊能力者の旅館」「現代の拝み屋」として描き、慎一を「超能力者」として紹介していた。


記事が出た翌日から、山路亭の電話は鳴りやまなくなった。


「霊視をしてもらいたい」「亡くなった夫と話がしたい」「宝くじの当選番号を教えて」「悪霊を祓ってほしい」——様々な依頼の電話が殺到した。


慎一は困惑した。これは自分が望んでいたことではない。


健太が緊急で山路亭に駆けつけてくれた。


「大変なことになりましたね」健太が山積みになった予約申込書を見て呟いた。


「どうすればいいでしょうか」慎一が疲れた声で言った。


「とりあえず、冷やかしと本当に困っている人を区別する必要があります」


健太は電話応対を手伝ってくれた。明らかに好奇心だけの人、商売目的の人、メディア関係者などは丁寧にお断りした。


しかし、中には本当に深刻な悩みを抱えている人もいた。最愛の人を亡くして立ち直れない人、人生の方向性に迷っている人、家族との関係に苦しんでいる人……。


「この方々は断れませんね」健太が言った。


「でも、すべて受け入れるのは物理的に無理です」


慎一は苦渋の決断をした。本当に切羽詰まった状況の人を優先し、一日一組限定で受け入れることにした。


記事の影響は、電話だけでは済まなかった。湯ノ里温泉に大勢の観光バスが押し寄せ、温泉街は久しぶりの賑わいを見せた。しかし、それは山路亭を目当てにした人たちばかりで、本来の温泉観光とは異なるものだった。


地元の人たちの反応も複雑だった。


「おかげで温泉街が賑やかになった」と喜ぶ人もいれば、「静かな環境が失われた」と嘆く人もいた。


ミツばあさんが山路亭を訪れた。


「慎一、大変なことになったね」


「ミツばあさん、申し訳ありません。こんなことになるとは思わなくて」


「謝ることはないよ」ミツが優しく言った。「山路家の役割が世間に知られるのは、いつかは避けられないことだったんだ」


「でも、本来の役割とは違った形で広まってしまいました」


「それは確かに困ったことだね」ミツが頷いた。「でも、本当に必要な人も来ているんだろう?」


「はい。深刻な悩みを抱えた方も多くいらっしゃいます」


「なら、その人たちのために頑張るしかないね」


ミツの言葉に、慎一は勇気をもらった。


その日の夕方、山路亭に一組の夫婦が到着した。事前に電話で相談を受けていた夫婦で、一歳の息子を病気で亡くしたばかりだった。


「山路と申します。この度はお越しいただき、ありがとうございました」


夫婦は疲れ切った表情をしていた。特に母親の方は、目に深い絶望の色があった。


「息子に……会えるんでしょうか」母親が震え声で尋ねた。


「分かりません」慎一は正直に答えた。「ただ、ここは不思議な場所です。もしかしたら、何かの答えが見つかるかもしれません」


夫婦を部屋に案内した後、慎一は健太と相談した。


「このご夫婦には、何としても力になってあげたいですね」健太が言った。


「はい。でも、プレッシャーを感じます。記事のせいで、人々の期待が高すぎて」


「山路さん、あまり自分を追い詰めないでください。案内人としてできることをするだけで十分です」


その夜、夫婦は食事もほとんど取らずに部屋で過ごしていた。慎一は様子を見に行った。


「何かお手伝いできることはありませんか?」


「ありがとうございます」父親が答えた。「妻が……息子を亡くしてから、ほとんど何も話さなくなってしまって」


母親は窓の外を見つめたまま、動かない。


「お辛いでしょうね」慎一が優しく言った。


「息子はまだ一歳でした」父親の声が詰まった。「これからたくさんのことを教えてあげたかったのに……」


慎一は言葉が見つからなかった。子供を亡くした親の気持ちは、想像を絶するものがある。


「もし良ければ、裏山にお散歩しませんか?」慎一が提案した。「静かで、気持ちが落ち着くかもしれません」


夫婦は慎一と一緒に裏山の祠を訪れた。月明かりに照らされた祠は、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


祠の前に座ると、母親が初めて口を開いた。


「この子は……この子は何で死ななければならなかったんでしょうか」


慎一には答えられない質問だった。しかし、不思議なことに、祠の周りの空気が変わり始めた。


そして、小さな子供の声が聞こえてきた。


「ママ……」


母親の顔が変わった。


「翔太?翔太なの?」


「ママ、泣かないで」子供の声がより鮮明になった。「僕は大丈夫だよ」


母親は涙を流しながら、声の方向を見つめた。


「翔太、お母さんはあなたがいなくなって……」


「僕はいつもママのそばにいるよ。見えないけど、いつも一緒だよ」


父親も涙を流していた。


「翔太、パパだよ」


「パパ、ママを守ってね。僕はもう痛くないから、心配しないで」


子供の純粋な声に、夫婦は心を打たれていた。


「翔太、お母さんたちを許してくれる?」母親が泣き崩れた。


「ママもパパも悪くないよ。僕を愛してくれて、ありがとう」


声はやがて小さくなり、聞こえなくなった。しかし、夫婦の表情には、諦めと同時に安らぎの色があった。


「ありがとうございました」母親が慎一に深く頭を下げた。「息子に会えて……本当にありがとうございました」


慎一は胸が熱くなった。これが山路家の案内人としての本当の役割なのだと実感した。

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