🐾第3章 病院というジャングル

 ビル風に吹かれながら、私は小さな町の総合病院に辿り着いた。何だろう、既に診察受けた気分……この鼻水と涙のせいで。


 受付のお姉さんに保険証を差し出すと、彼女はマスク越しに微笑んだ。


「アレルギーでご受診ですね? 問診票、こちらにご記入ください」


 ああ、はい……猫アレルギーです。間違いなく。何年も前から確信してます。皮膚のかゆみ、くしゃみ、目のかゆみ、全身の愛。すべてが証拠です。


 記入を終えて診察室に入ると、白衣の男性医師が穏やかな笑顔を向けてきた。


「こんにちはー、えーと……ハルさん? アレルギー症状があるということで?」


「はい。猫アレルギーです。100%間違いないです。根拠は……ミルフィです」


「ミルフィ……?」


「私の猫です。愛猫。彼女と暮らし始めてからずっとです。最初は目が痒いだけだったんですけど、最近では、顔に乗ってきた瞬間に息が……吸えない。幸せと苦しさが同時に来るんです」


 医師は苦笑しながら、さらさらとカルテに書き込んだ。


「なるほど。じゃあ、一応いくつか検査してみましょうか。採血と、鼻の粘膜採取しますねー」


「いや、だから猫アレルギーなんです。間違いないんです。ぜったい。断言できまフガァ」


「ハイハイ、わかりましたよ〜。でも医学的にも確認したいのでね〜。」


 わかってない。この「ハイハイ」に込められた軽さよ。なんでみんな私の確信を軽く流すの。私は猫アレルギーなんです。間違いないんです。


 鼻に綿棒を突っ込まれながら、ミルフィの写真を思い出す。すやすや寝てるあの顔。殺人的なもふもふ。どうしてそんなにかわいいの。そんなの、アレルギーになるに決まってるじゃん。


 採血も終わり、私は少し放心しながら椅子に座っていた。ミルフィのせいでここまで来て、こんなことになって、でも……愛してる。


 医師が検体を片付けながら言う。


「検査結果は数日後に出ます。そしたら、何にアレルギーがあるか、はっきりしますね」


 はっきりしてるんだけどなぁ。私は、アレルギー体質であり、猫に人生を捧げている女なのに。こんなにも確信してるのに。


 そう思いつつ病院の会計を待つ時間に私はスマホでミルフィの動画を再生した。


 そこには、日差しの中でくねくね転がりながら私の手を小悪魔みたいにちょいちょいしてくる、最高のいきものが映っていた。


 うん、やっぱり猫だ。私は超重度の猫アレルギーで猫依存症だ。ぜったいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る