第7話 灯りのもとで囲む初めての食卓

石畳を踏みしめるたび足元に灯りの反射が揺れる。

カレンは僕の手を引いたまま迷いなく通りを抜けていく。

人通りは昼間より少ないはずなのに道の両脇からは賑やかな声が響いていた。


軒先に吊るされたランタンの光が看板や木の壁に柔らかな影を作る。

潮の香りに混じって焼き魚や香辛料の匂いが鼻をくすぐり、思わず腹が鳴った。

そんな僕に気づいたのかカレンがくすっと笑う。


「もうすぐだから、がんばれ」


歩くうち通りの先にひときわ大きな建物が見えてきた。

二階建ての石と木の造り、扉の上には翼を広げた鳥の意匠が掲げられている。

その足元に「冒険者ギルド 暁の翼」と書かれた木札。


カレンが振り返り、胸を張って言った。

「ここが私のギルド」


扉を押し開けると、暖かな空気と香ばしい匂いが一気に押し寄せた。

中は思ったよりも広く、中央には長い木のテーブルとベンチがならび奥にはカウンターがある。

壁際には棚や掲示板があり、依頼の紙や地図がぎっしりと貼られていた。

豪華さはないが、木の床も壁もよく手入れされ心地よい温もりを感じる。


奥のテーブルで話している冒険者たちがカレンの姿に一斉に顔を上げた。

「おいおい、やっと帰ったか!」

「西門から出たって聞いてたけど、何してたんだよ」

軽口や心配混じりの声が飛び交い部屋の空気が少しざわつく。


そのなかで紫のボブカットの少女が椅子を鳴らして立ち上がった。

銀色の瞳がまっすぐカレンを捉えわずかに眉を寄せる。

「おかえり。……で、その子は?」


「後で説明するよ、マリア」

カレンは肩越しに笑みを返し僕をカウンターの方へ促した。


カウンターの中では金髪を後ろでまとめた女性が、柔らかく微笑んでいた。

「お帰りなさい、カレン。……その子があなたが連れてきた子ね」

淡い水色の瞳が僕を見つめ温かく包み込むように細められる。


カレンが僕の肩に手を置き少し誇らしげに言った。

「この子、森で助けたんだ」


女性――セリアは頷き優しく声をかけた。

「ようこそ。ここはもう安全よ」


その言葉に胸の奥がじんわりと温まる。

安心できる匂いと声がここにはあった。


オルグがカウンターの奥へ顔を向ける。

「セリア、こいつに飯を頼む」


「ええ、すぐ用意するわ」

セリアが軽やかに返事をし厨房の奥へ消える。


そのやり取りを聞きつけたのかテーブルで話していた冒険者たちがぞろぞろと集まってきた。

「お、メシか! ついでに俺たちも頼むぜ!」

「腹減ってたんだよなぁ」

笑い声が広がり、空気が一気に賑やかになる。


しばらくして、湯気を立てる大皿が次々と運ばれてきた。


パンの香ばしい皮を割ると、湯気と一緒に小麦の甘い匂いが立ち上る。

スープをすくえば、野菜の色とりどりの影が揺れる。


目の前に置かれた焼き魚を前に僕の手は止まった。

銀色の皮は香ばしく身はふっくらしている。

けれどどこから食べれば良いのか、わからない。


その様子に気づいたカレンが椅子を引いて僕の隣に座った。

「貸してみ」

器用に箸を動かし骨を外して小さく身をほぐしていく。

ふわりと立ち上る湯気と香りに、胸がくすぐったくなる。

「ほら、これなら食べやすいでしょ」

柔らかな笑みと一緒に、ほぐした身を皿の端に寄せてくれる。


「おーおーカレンさん、お母さんみてぇだな」

「優しいなぁ、俺にもやってくれよ」

「ダメだダメだ、そういうのは可愛い子限定だぞ」


茶化す声が飛び交いカレンの耳がほんのり赤くなる。

「うるさいな! ほら、食べな」


そう言って促され一口かじると、口いっぱいに塩気と旨味が広がる。

思わず「……おいしい」と呟くとカレンが少しだけ得意そうに微笑む。


その奥で紫の髪のマリアがじっとこちらを見ていた。視線が合うと彼女は何も言わず、ただわずかに口角を上げた――それが何を意味するのか、このときはまだわからなかった。

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