第11話「ゲームスタート!」(前編)

 ガブルマンによって告げられた、“死”のタイムリミット。

 その刻は、容赦なく迫っていた。


 追い詰められた向井が、すがるように辿り着いた先――


 そこは、《大塚探偵事務所》。


 そして今、悪夢の遊戯が幕を開ける。


 *第十一話も、前編と後編になります。




   ◇  ◇  ◇




 空気が、張り詰めていた。


 大塚探偵事務所――その応接室で、和泉 百希夜いずみ ときやと七瀬 花奈ななせ かなは、静かに話を聞いていた。


「――ある学生が、夢の中で“何者か”に襲われているらしい。しかも、猶予は……ほとんどないようだ」


 所長・大塚の言葉が落ちた直後。

 勢いよく扉が開き、派手なジャージ姿の少年が飛び込んできた。


「お前、和泉か!?」


 唐突な怒声に、和泉はきょとんと目を瞬かせた。

 

「……誰?」


「ムカイ! サトルだよ! 同じ学校だろうが!」


 少年――向井 むかい さとるは興奮気味に名乗り、和泉を指差す。


「知り合いか?」


 七瀬が尋ねるが、和泉はあっさりと首を振った。


「いや、知らないっすね」


「……覚えてないな。悪いけど」


「まあ、十クラスもあればそりゃ……って、いやいや! それよりお前、何してんだよ!?」


 食いつくように詰め寄ろうとする向井を、大塚が制した。


「彼は、うちの従業員だ。今回の案件は、和泉が担当する」


「えっ、こいつが!?」


 露骨に顔を曇らせる向井。どうにも納得がいかない様子だ。


「不安なら、依頼を取り下げても構わない。……ただ、正式に《菩提府ぼだいふ》へ依頼しても、“タイムリミット”には到底間に合わない。君が言っていた“あの三日目”にはな」


「うっ……」


 向井は言葉を失い、渋々と椅子に腰を下ろした。


「大丈夫。和泉はね、開現師として、実績も実力も十分だ。私が責任を持って保証する」


 大塚の柔らかくも確信に満ちた言葉に、向井もようやく折れる。


「……分かった。頼むわ。マジで、あの“ガブルマン”ってやつ――あいつを倒してくれ……!」


「その“ガブルマン”ってのが、夢に出てきたんだな?」


 和泉が問いかけると、向井はこくりと頷く。


「ああ……ここ数日、毎晩のように現れる。で、昨日……こう言いやがったんだ。『三日後にまた来る』って!」


「最後に夢を見たのが昨日……つまり、明日がその“三日目”というわけですね」


 七瀬が冷静にまとめる。


「そうだって言ってんだよ!」


 向井が語気を荒げるも、大塚は落ち着いた手つきで一枚の資料を差し出した。


「実は、同じような夢を見ている生徒が他にも何人かいるんだ。和泉、お前も同じ学校に通ってるんだろう? 気づかなかったか?」


「無理ですよ。俺、七瀬さんと違って感知は苦手なんですから」


 和泉は肩をすくめつつ、ふと真顔に戻る。


「それより……俺、大丈夫なんだよな? なぁ?」


 向井が不安げな目で和泉を見つめる。

 その問いに、和泉は書類から目を上げ、真っすぐに向井を見返した。


「向井さん。あんた、もう“鬼夢おにむ”に飲まれかけてる」


「鬼夢……?」


「悪鬼がつくった精神世界だ。あんたの意識は、そこに引きずり込まれつつある」


 和泉の声は低く、静かだった。

 だがその奥には、確かな意志と――警告があった。


「でも、まだ終わってない。あいつは“仕上げ”のために時間を稼いでる。……次の夜、それが最後の“訪問”ってことさ」


 向井の額に、冷たい汗が滲む。

 再び、あの地獄が――来る。


「なぁ、頼むよ! 両親に言えば金ならいくらでも出すからさ! 俺を、助けてくれよ!!」


 向井が身を乗り出してすがりつこうとしたその瞬間。

 和泉はすっと身を引いて、それをかわす。


「……いいだろう」


 静かに目を閉じ、和泉は告げた。


「依頼は、受けた」


「その悪鬼――俺たちが、必ず祓う」


 


   ◇  ◇  ◇



 大塚は向井をいったん帰宅させ、ご両親への説明と準備のため現地へ向かうこととなった。


「所長、笠井先生はまだですか?」


 和泉の問いに、大塚は腕時計をちらりと見て答える。


「別件で少し立て込んでいるようだ。でも、終わり次第こちらに合流する手筈になってるよ」


「……そうですか」


 和泉は一瞬だけ、思案するように目を伏せた。


「何か、気になることでも?」


 問いかける大塚に、和泉はゆっくりと頷く。


「……向井を襲ってる“ガブルマン”、相当な怨念を抱いてます。言葉にできないんですが……嫌な違和感があるんです」


 その目には、珍しく“確信の持てない不安”が宿っていた。

 まるで、自分の直感すら届かない“何か”が潜んでいるかのように。


「分かった。笠井には、現場へ直行するよう連絡を入れておく」


「お願いします」


 静かに、しかし着実に――“戦い”の準備は、進み始めていた。




   ◇  ◇  ◇




 続きは、第十一話の後編へ。

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