第3話:プライバシー粉砕人形


 ──午後。


 ボクは自室にて、予定通り魔法の研究を行っていた。



 これがクッソおもろい。



 ボクは割と……いや、かなり興奮していた。



 この世界の魔法は、ゲームとほとんど同じだ。


 攻撃魔法。

 防御魔法。

 回復魔法。

 付与魔法。


 この四つに分類され、そこから自分自身の才覚に合わせて、各種属性を極めていく。


 基本的な属性は『炎』『水』『木』『風』『土』『雷』『光』『闇』の計八つ。

 その他、派生属性も含めればかなりの数になる。


 ちなみに、ノーグは全ての基本属性に適性がある。

 従って、派生属性も全て扱えるという……まぁなんとも、”ボクが考えた最強キャラ”のような性能をしている。


 あと、魔法には難易度に合わせてランクがあり『下級』『中級』『上級』『最上級』『極級』の五段階。

 一般的には詠唱が必要だが、魔力制御力とイメージ次第では、無詠唱も可能となる。


 ゲームとの明確な違いは、やはりこの詠唱だ。

 魔力を消費すれば、魔法が自動で発動するゲームとは違い、自分の力で事象を起こさなくてはならない。


 魔力の扱いと、確固たるイメージ。

 これが魔法において最も重要となる。


 そして現在、ボクは闇魔法の研究をしているわけだが、これはウィルゼスト家の誇る雷魔法とはまったく別種の力だ。


 この世界で使っている人はあまりいない。


 理由は明確で、過去の闇魔法使いが生み出した魔法が問題となったからだ。


 催眠や洗脳、傀儡かいらいといった、人の精神を操る類いの魔法。

 これらは世界から『禁術』として扱われており、見つかれば重罪となる。


 それさえ使わなければ、特に問題ないらしいけど、やはり偏見というのはあるわけで。

 闇魔法を使うノーグという存在は、周囲からよく思われていないらしい。


 原作のノーグも、得意属性が闇だということは、最初のうちは伏せられていた。

 これにはもしかしたら、幼少期の影響もあるのかもしれない。


「なるほど、これは失敗になるのか……」


 さて、色々と長く語ってしまったが、ボクが今どんな魔法の研究をしているのか説明しよう。


 ボクは今、人形を作っている。

 

 闇属性の魔力を付与した人形に、様々な術式を付与して扱う『魔導具』。

 何に使うかというと、情報収集と仲間の選別だ。


 これから邪神教団を相手にするなら、信頼できる仲間の存在は必須。

 加えて、スパイについても考慮しなければならない。


 教団の狙いがボク達にある以上、必ず何かしらの方法で接触してくるはず……。


 真っ先に思いついたのが、スパイの存在だ。

 この屋敷にいても不思議じゃない。

 

 だが、スパイの判別と信頼関係の構築を一人ずつ行っていくのは、あまりにも時間がかかり過ぎる。

 こちらが一方的に選べる状況にするのがベストだ。


 そこで思いついたのがこの人形。


 適当に拾った枝を、魔力で変形させて作ったものだ。


 使用方法は簡単で、まずこの人形を人の影に落とす。

 闇属性を付与された人形は対象の影と一体化し、その人物とボクを繋ぐパスを構築する。


 それによって、ボクはいつでもその人形の位置を把握できるようになる。

 現代でいう発信機のようなものだ。


 ただ、これだけでは物足りないので、盗聴機能とか、視覚共有とかできたらなと考えているんだけど……。


 そもそも、そんな犯罪級の付与魔法を、今のノーグが知っているはずもなかった。

 なので、魔法の開発から着手しないといけない状態だ。


 それに、いろいろと人形に魔法を付与しても、人形が魔力に耐えられずに破損してしまう。


 ノーグの頭脳では、受け皿となっている人形をもっと大きくすれば解決するらしい。

 しかし、そんなクソデカ人形をどうやって人の影に落とすんだって話になる。


 他にも、付与魔法の魔力調節も欠かせない。


 普通の人間なら、物に付与された魔法に気づくことはない。

 だが、人形を見ただけで勘づく人もいるし、なんなら見なくても察知するヤツもいる。


 特に、このウィルゼスト家とかいう魔境は危険だ。

 ノールックで気づきそうなヤツがゴロゴロいる。

 教団のスパイともなれば、一瞬で気づいてくるだろう。


 相手に一切悟らせずに、影と同化させなければならない。


 盗聴と視覚共有の魔法開発、魔力のコンパクト化と、人形をどうやって影に忍ばせるか。


 目下の課題はこの四つ。


 多い。

 だが、もう少しで見えそうなところまで来ている。

 頑張ろう。



 こうして、ボクの記念すべき異世界生活初日は、呆気ないほどすぐに過ぎていった。





 3日後。




「よし、完成だ」


 人形作りに一区切りが着いた。


 課題の一つである魔力のコンパクト化は無事解決。


 闇魔法による影との一体化。

 周囲の音を拾う魔法。

 視覚共有の魔法。

 魔力を隠蔽する魔法。


 これらを刻み込んだ人形は、壊れることなく定着している。


 その方法は、普通の木材ではなく、魔物の素材を使ったからだ。

 トレントとかいう魔物の枝を、市場で仕入れたのだ。


 魔物の素材ならば、魔力には一定の耐性を持っているから、ある程度無茶しても耐えてくれる。


 付与魔法の魔力調節にはなかなか苦労させられたが、悪くない出来だ。


 まずは試しに、自分の影に人形を落としてみる。


 影に触れた瞬間、人形は溶け込むように沈んでいく。

 そして、影の中にボクの魔力が広がった。


 続いて視覚共有。


 ボクは目を瞑って人形へと意識を集中させる。

 すると、視界が変化し、まるで地面に仰向けで埋まっているかのようなアングルとなった。


 これは影から見た地上の景色。

 文字通り、影そのものがボクの目になったということ。

 人形をカメラのレンズに見立て、パスを通して脳に直接情報を伝達する仕組みだ。


 そして最後。

 音を拾う魔法からは……何も聞こえない。


 まぁそれも当然の話で、部屋にはボク一人しかいない。


 この魔法は、空気の揺れ──そこに含まれる魔素の振動を感知し、人形のパスを通してボクのもとに届くよう構築した。


 パスを通じて送った魔力の流れから、不備は感じ取れない。

 そのため、付与魔法は間違いなく作動している。


「本当に現代知識様々だ」


 これがなかったら、盗聴機能は完成しなかっただろう。

 ボクは一息つくと同時に、異世界転生はそれだけで十分にチートなのだと再認識した。


「さて、魔法も完成したことだし、次は他の人に試してみるか」


 ボクは部屋を出て、周囲を見渡す。

 すると、窓の掃除を行っているメイド達を発見した。


「ノーグ様、おはようございます」

「おはようございます」


「あぁ、おはよう」


 ボクが近づいたのを確認したメイド達が、丁寧に挨拶してくる。


 ボクはすれ違いざま、メイドの影を踏む。

 その一瞬のうちに、人形をメイドの影へと移す。



 これがボクの考えた、相手に悟らせずに人形を付ける方法。


 最初から影と同化させておけば、人形を影へ落とすという挙動を見せる必要もない。

 相手の影を踏むという条件と、人形を少し動かす程度の魔力操作で事足りる。


 人形がしっかりと行き渡ったことを感じた僕は、そそくさとその場を後にする。


 メイド達から少し離れたところで意識を闇へ傾けると、先のメイドの位置が手に取るように分かる。

 会話は……。


『……』

『……』


 メイド達の声は聞こえない。

 しかし、雑巾で窓を拭く音はしっかりと聞き取れる。

 音を拾う術式も問題なさそうだ。

 よかったよかった。


 視界共有の方は……




 ──白。




 え……。



 あ、そうか、忘れてた。


 ボクの視点は、影の位置と同じ。

 そして、メイド服の仕様上、下から上を見渡すことのできる視角だと……見えてしまう。



 ──スカートの中が。



 というか、スカートの中ってこんな感じなのか。

 じっくり見た経験なんてないから知らなかった。


 一生見続けていられそうな景色を名残惜しく思いつつも、ボクは一度共有を解除して意識を元に戻す。

 そしてもう一度起動させる。


 オンとオフを数回繰り返し、術式の動作に異常がないかを確認する。


 今のところ特に問題はない。

 解除後の不調もなし。

 完璧だ。


「しかし、まさかここまで順調にいくとは」


 さすが物語終盤まで生き残っていた悪役。

 スペックは折り紙付きというわけだ。


 あとはこの人形を量産して、主要人物に仕掛けていく。



 ククク、楽しくなってきた。




◇◆



 

 異世界生活6日目の時刻22:00。


 昨日の1日……5日目は人形量産と改良につぎ込み、本日は人形を設置することに一日のほとんどを使った。


 結果、仕掛けておきたい人リストの最低ラインはクリアした。


 警戒していた父や兄、そして姉に関しては、気づかれる可能性を考慮し、その一番の側近である執事やメイドに仕掛けることで対応した。


 他に人形を仕掛けた人物は、料理長や騎士団の下っ端などの、気づかれなさそうな者たちだ。

 今のところ人形に気づいた人はおらず、問題なくその効果を発揮している。

 

「ふぅ……疲れたぁ」


 寝る準備まで完璧に終わらせたボクは、ベッドへと大の字で飛び込む。

 そして、もうひと仕事するために、意思を闇へと落とした。



『本日のご予定は以上です』

『分かった。密林地帯の調査はどうなっている?』

『まだコレといった情報は入って来ておりません』

『そうか……。付近の魔物も増えている。明日からまた掃討へ向かう。部隊の確認を頼む』

『かしこまりました』

『子供たちはどうしている?』

『おそらく、鍛錬を続けておいででしょう──』


『おい、皿洗いが終わってねぇぞ!』

『すいません! ただちに──』


『コロン、これから飲みに行くか?』

『行きましょうか。団長はどうします?』

『……行くか。ならば、全員重りの重さを最大にしろ。走っていくぞ』

『マジですか……』


『アルス様、そろそろ就寝のお時間です。根を詰めすぎないようにしてください。お体に触ります』

『ありがとう。ただ、もう少しこの魔物のことを調べておきたくてね。これが終わったら寝ることにするよ』

『かしこまりました。では、お茶を入れますね。それと、本日は膝枕はよろしいのですか?』

『あー、今から頼めるかい?』


『マルス様、まだ鍛錬していたのですか?』

『当然だ』

『就寝の時間ですよ』

『ふん、それが名ばかりのものであることは分かっている。俺のことなど放っておいて、お前は入浴でも済ませばいいだろ』

『私はマルス様の専属メイドですから、マルス様が寝床に着くまでは入浴できません。それに、本日の膝枕はどうされるのですか?』

『……待っていろ、今すぐ風呂を済ませる』


『セリア様、本日はいかがでしたか?』

『なかなか楽しめましたよ。やはり魔法の研究は楽しいですね。貴族のお茶会などより余程有意義です』

『左様ですか』

『だって、他の子たちのお茶会って恋バナをするか、お互いの婚約者のマウントを取り合うか、どこの貴族が有力そうか、などの下らない話ばかりなんですもの』

『なるほど、セリア様には合わなそうですね──』



 ありふれた日常の断片。



『あっ……騎士様、凄ぃ! はぁ、はぁ、あっ……』

『ここが、いいのかい?』



 次々に浮かんでくる言葉を聞きながら、複数人でも魔法が正常に作動していることを確認する。



『みんな今日もお疲れ様』

『疲れたねぇ〜』

『お風呂行こ〜』

『行こっか』

『ヘレナは?』

『私も行きます』



 ふむ。



『やっぱり、メイド長の……すごいですね』

『え、そうかしら? アナタもすごく綺麗よ』

『みんなスタイルいいなぁ〜』

『ホントにね』

『レノさんも素晴らしいスタイルだと思いますが』

『ヘレナにだけは言われたくないなぁ!』

『その歳でそのスタイルはおかしい』

『ヘレナ、また大きくなったんじゃない?』



 さて、ここで問題です。

 今視覚共有を使えば、周囲の状況を見ることができます。

 実行しますか?


・YES

・NO


 答えは当然YESだ。


 人形という闇の先にどんな光景が広がっているのか、という探究心もあるが、これは実験でもある。


 ボクが施した改良が、本当に通用するのかどうか。



 ヘレナという名の怪物に。



 原作におけるヘレナの能力は魔眼。


 魔素を可視化させる能力。

 魔力のもととなる魔素を視覚できるため、緻密な魔力操作が可能となる。


 あらゆる魔力の流れに『干渉』でき、相手が魔法を発動しようとする瞬間、その流れを乱すことで無力化できる。


 つまり彼女は、魔法師メイジ絶対殺すウーマンなのである。


 そんな人間に、人形を仕掛けることなど不可能だ。


 しかし、午前中にヘレナと魔法の特訓をしたことと、これまでの記憶を擦り合わせて気づいた。


 おそらく、ヘレナは魔眼の力を覚醒させていない。


 魔力操作や魔法構築速度、その威力など、原作で披露された魔法にはまったく届かない。

 しかし、常時発動していないだけの可能性もある。


 そのため、ヘレナ本人には人形を設置せず、メイド長や窓拭きメイドさんなどの、限られたメンバーに絞って仕掛けさせてもらった。


 窓拭きメイドさんのは、四つの魔法を付与した従来のもの。

 メイド長に仕掛けたもう一つが改良型。


 ヘレナが魔眼を覚醒していなければ、両方見つかることはない。


 覚醒していれば、魔力の密度や周囲の魔素の流れから、従来の人形は簡単に見つかるだろう。


 しかし、改良した人形は別だ。

 要はヘレナに、魔力的な違和感を持たせなければいい。


 ボクが追加した術式は、魔力の波長を仕掛けた相手の魔力と同調させるというもの。

 これはノーグの得意分野である、闇魔法……それも洗脳魔法の領域。


 魔素の密度、濃度、流れが同じであれば、ヘレナが魔眼で観察したとしても違和感はない。


 だからバレることはない……はずだ。



 

 というわけで、楽園へ行くとしよう。




 ──コンッ! コンッ!



 ノックの音。

 まるでやましいことをしていた瞬間、親が来てしまった時のような感覚。

 思考が全て断ち切られ、ボクは飛び起きる。


「誰だ?」


 努めて冷静を装う。


「夜分遅くに失礼致します。執事長のグロスです」


 執事長グロス。

 原作には出てきていない。

 ノーグの記憶によると、父上であるガレウスの仕事のサポート兼用心棒らしい。


「旦那様より、就寝しているかを確認せよと仰せつかっております」


 ……そういやさっき、父上と会話していたっけ。

 まさかこんなタイミングでやってくるとか、心臓に悪いからやめて欲しい。

 

「今から寝ようと思っていたところだ」


「かしこまりました。おやすみなさいませ、ノーグ様」


「ああ」


 グロスに仕掛けた影の反応が遠ざかっていくのを確認したボクは、とてつもなく深いため息をついた。


 いったいボクは何をしようしていたのやら。

 完全に理性がどこかに行っていた。


 あんな会話が飛んできたら仕方ないことだが、メイドさんたちから嫌われるのは勘弁だ。


 いつも目の保養になってくれているからね。

 それで満足すべきなのだ。


 煩悩を冷静に排除したボクは、また意識を闇へと移す。


 グロスには寝るとか言ったが、そんなのは嘘だ。

 スパイが動くのは夜中と相場が決まっている。


 力では圧倒的に負けているのが現状だ。

 情報戦で勝てなければ、ボクに勝機はない。

 襲撃のタイミングを知ることができるか。

 ボクの命運はそこにかかっている。



 その日、ボクは意識が落ちるその時まで情報収集を行った。

 もちろん、風呂場の音を拾う魔法だけはしっかりとオンの状態で。

 

 しかし、有力な手がかりは聞き出せなかった。



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