第14話 気づいた失敗。

 待っている時間というのは長い。

 

 わたしたちは、いわば荷物番だ。


 この世界には盗賊なんかもいて、必ず隊の荷物は守る人が必要なんだという。


「待つのも、おれたちの仕事なんだぜ」


 そう言ったのは、さきほどから腕立てふせをしているゴルさん。


 特に今日は、やることがないと思う。この砂漠での任務が、今日で最後だ。明日の朝には王都へむけて出発すると聞いた。


 この砂漠で最後の日か。


 最後ぐらいなにかおいしいものを作ってあげたいけど、材料がない。


「これ、ヒマすぎだ。水くみにでも、いってくるわ」


 イリュさんが立ちあがった。


「あっ、じゃあ、手伝います!」


 わたしも立ちあがった。


「おまえはいいよ。おれより力がないやつがくると、足手まといになる」


 むかっ!


「おっ、怒った顔だな。じゃあ力くらべ、もういっかいするか?」


 それはカレーを食べた夜だ。隊のみんなにけしかけられ、背の小さなわたしと、おなじく背の小さいイリュさんが腕相撲をした。


 結果は瞬殺。わたしが一秒とたたずに負けた。背は小さいけど、これでもイリュさんは歩兵隊の兵士だった。


「おまえ、風のザンザぐらい弱いからな」


 うわっ、あの人、そんなに弱いんだ。


「ふたりとも、座れ」


 そう言ったのは、ピピの根をつぶしているゲルさん。


「水は、おれたち兄弟が荷車一台分、はこんであるだろうが」


 それは知ってます。でもヒマなのもたしか。


「イリュは、明日の朝、ばたばたしねえように帳簿でもつけとけ」

「それも、もうしたって!」


 イリュさんがふてくされた顔だ。


「だいたい、道具のほかはパンと水、あとは油ぐらいしかねんだから。こんなもん帳簿をつける意味もねえよ」


 座り直したイリュさんが、また敷物の上に大の字で寝ころんだ。


「はらへったなぁ」

「しつこいぞ、イリュ」


 ゲルさんのすこし怒った声だ。


「だってよ!」

「へっ、じゃあ油でも飲め」


 腕立てふせを続けているゴルさんが言った。


「なんだと、ゴル。力くらべで兄貴に負けたくせに。きたえても無駄だろうが!」

「この野郎、気にしていることを」


 うわぁ。わたしは思った。人はやっぱり、おいしいものを食べないと機嫌が悪くなる。


「あれ?」


 なんだろう、わたし、なにかを見落としている気がする。


 スカートのポケットから一枚の銀貨をだした。わたしが落とした銀貨。


 考えをまとめたくて歩いた。ぜったいなにかを見落としている。今日の一日をふり返ってみた。


「なにやってんの、おまえ」


 イリュさんの声は無視して歩く。天幕のはしまで歩いた。くるりとまわり、反対側へと歩く。


 この天幕はせまいけど、二十人が寝るための天幕だ。ぐるぐる歩けるぐらいには大きい。


 とちゅうにイリュさんが大の字で寝ているのが邪魔だ。それをまたいで歩く。


「お、おい、下着、見えたぞ」


 あちゃっ、気がゆるんでた。大失敗!


 いや、待って。「失敗」という言葉がなにか引っかかる。そうか、わかった!


「うわぁ……」


 ほんとに大失敗だ。なんでアレに気づかなかったんだろう。


 わたしは思わず頭をかかえてしゃがんだ。


「お、おい、悪かったって。別に見るつもりじゃ」


 イリュさんが立ちあがった。


「そうじゃなくて!」


 あのとき、気づけばよかった。それならいまごろ。


「なんだ?」


 ゴルさんも心配になったのか、わたしのほうへくる。


「娘よ」


 声をかけられ、見あげれば兄のゲルさんまでが、わたしの近くにいた。


「いえ、落ちこんでるだけなんで、だいじょうぶです」

「だから、なにを落ちこんでいる」

「コカトリスです。オスが三匹、メスが二匹と聞きました。それが岩山にいたと。それなら、ぜったいに卵があったはず!」


 三人が「ああ!」という顔をしていた。


「それにわたしが今日の朝に見たのは『マグルードの酢漬け』です。つまりお酢!」

「わからんな、話が」

「ゲルさん、わからなくていいんです。わたしが気づくことなんです。あの卵を取ってさえいれば。お酢と油はあったのに!」


 ふいにみんながわたしの両腕を持ち、ひょいっと立たせた。


「娘」

「は、はい!」


 ゲルさんが、なんだかけわしい顔だ。


「それでなにができる」

「マヨネーズです」

「まよねえず?」


 ゲルさんが、いかつい顔をかたむけた。どう説明すればいいだろう。


「んと、えっと、たとえると、魔法の調味料です!」


 あれは魔法の調味料だ。なんにだってつかえる!


「調味料があったって、しょうがねえだろ。パンしかねえのに」


 言ったのはイリュさんだ。


「ちがうんです。パンにぬったら、マヨネーズパンになるんです!」


 マヨネーズをぬったパンをこんがり焼いて。うわぁ。食べたかったなぁ。


「おい、ゴル」

「おう、兄貴」


 ゲルさんとゴルさんの兄弟が、天幕のはしへいき、なにやらロープのたばを持ちあげ肩にかけた。


「取りにいくんですか。もう何日もたってますよ。こんな暑いなか、卵なんて腐ってます!」

「おまえ、なに言ってんだ。卵が腐ったら孵化ふかできねえだろうが」


 イリュさんに言われて気づいた。そうか。わたしはもとの世界の感覚で考えていた。スーパーで売っている卵じゃない。野生の卵だ。


「でも、それならいまごろ孵化してるんじゃ」

「はぁ?」


 これもイリュさんが首をかしげた。


「コカトリスの卵なら、孵化するまで三十日ぐらいかかるだろ。おまえの常識、どうなってんだよ」


 三十日。長い!


「へへっ。隊長たちがもどるまでに、その『まよねえず』を作って、おどろかせようぜ」


 ゴルさんが大きな顔に笑みを浮かべた。


 うん。この砂漠での最後の夜、楽しい夜にできるかも!

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