第13話 兵士になった理由。
砂漠の昼は暑い。
天幕のなかで休んでいるのは四人。
わたしと、食料班の小さな兵士、イリュさん。そしておなじ食料班で巨漢の兄弟、ゲルさん、ゴルさんだ。
兵士のみんなは巡回にでかけているけど、この食料班の三人は待機。ようは荷物番だ。
この天幕はけっこう大きい。夜には、ずらりと寝袋がならぶ。いまはそれをすみに片づけて、ぶあつい布をつかった敷物の上に四人で座っている。
「くっそ、はらへったなぁ……」
いや、イリュさんは座っていない。大の字で寝ていた。
「さっきからそればっか言いやがって。うるせえな」
巨漢兄弟の弟であるゴルさんが、イラっとした声で言った。
「だってよ、あんな固いパン、三日も食えばじゅうぶんだっつの!」
「まあな、王都でも『歩兵パン』は売れないって話だからなぁ」
敷物にあぐらをかいて座っているゴルさんが、思いだすようにアゴへ手をやった。
「あ、あの、商品名も『歩兵パン』というんですか?」
ふたりの会話にわたしも入った。
「おう。王都でも、でっかくて固いパンは『歩兵パン』と呼ばれてんだ。おれたち歩兵にとっちゃ、いい迷惑だけどな」
弟のゴルさんがそう言うと、兄であるゲルさんが口をひらいた。
「ちがう側面もあるだろうが」
ゲルさんは敷物の上で、ゴロゴロところがる石の道具をつかっている。なにか木の実をすりつぶしているようだった。
「王都の連中は街のなかで『歩兵パン』を見て思うはずだ。おれたち歩兵がそれを食べてがんばっていると」
ゲルさんの言うとおりかもしれない。こんな砂漠で人のために戦っている歩兵さんたち。でもその姿は街にいる人には見えない。『歩兵パン』は歩兵隊を思いだすきっかけとなるのか。
「へっ。王都に住むやつらが、そんなこと考えるかよ」
大の字に寝ていたイリュさんはそう言うと、ごろりとからだを回転させてゲルさんを見た。
「なんか食いもん、ねえのかよ。食料を調達するのが馬鹿兄弟の仕事だろ」
「イリュ、このあたりの生き物は、もうすべて取りつくした。そう言ったはずだ」
ゲルさんは木の実をつぶす手を止め、寝ているイリュさんに顔をむけた。
「香辛料でもなめるか?」
「いるかよ!」
イリュさんがまた大の字になる。
「つかえねぇ兄弟だぜ」
「狩りもできねえやつが言うな!」
弟のゴルさんが、手をのばして寝袋をまとめたものを取ると、それをイリュさんに投げつけた。
ごりごりと木の実をつぶしていたゲルさんが、また手を止めた。
「なるほど、獲物を狩るのが、もと狩人であるわれら兄弟の役目。読み書きと計算がイリュの役目」
ゲルさんはわたしのほうを見た。
「そして料理が娘の役目。これだけちがう技能がそろっていても、なにもできないのが砂漠か」
ほんとにそうだ。なにもない砂漠では、だれもがなにもできない。
「あの、みなさんはなんで歩兵隊に?」
ほかの兵士の人とは、ちょっとちがう三人だ。聞いてみたかった。
「そりゃさ」
大の字で寝ていて、頭の上にある寝袋をはらいのけながらイリュさんが口をひらいた。
「軍に入るしかなかった。決まってるだろ」
「えっ、でも、イリュさんは読み書きと計算ができるんですよね?」
「できたらなんだっつの。役所の仕官になれるほどの
イリュさんが言う「役所の仕官」というのは、もとの世界でいうと公務員みたいなものかな。
そういうものにも「家柄」が関係するっていうことは、やっぱりこの世界って身分の差が激しいってことだ。
「おれと兄貴は森のなかで育った」
次に口をひらいたのはゴルさんだ。
「親父とお袋も死んで、森にはおれら兄弟のふたりだけ。だから王都にでてきた」
なるほど。いなかから上京、みたいな感じかな。
「ゴル、もっと正確に話せ」
兄のゲルさんが木の実をつぶしながら話し始めた。
「森で男ふたりだけになると、ケンカばかりしてしまう。それでおれが家をでた。なのに、何年かたつとこいつが追っかけてきやがった」
「ち、ちげえよ兄貴、たまたまだ。たまたまおれも王都にきただけだ!」
ゲルさんがちょっと手を止めて、わたしのほうを見た。
「まあ、自分たちが食うだけの獲物を狩るより、仲間のためにする狩りのほうが楽しいわな」
それだけ言うと、ゲルさんはまた木の実をごりごりすり始めた。
仲間のためか。
わたしはセーラー服のスカートのすそをなおして、体育ずわりに体勢を変えた。ひざにアゴを乗せて、ちょっと考えてみる。
わたしが料理をするのは、なぜなんだろう。
おいしいものを食べるのが好き。単純な理由がこれ。でもいろんなお店で食べるより、お母さんの料理のほうがおいしかった。
その結果、自然とお母さんから料理を教えてもらうことになる。物心ついたころから、わたしはお母さんと料理を作ってきた。
そしてあらためて気づいた。「仲間のためにする狩りのほうが楽しいわな」というゲルさんの言葉。
考えてみれば、わたしも自分が食べるために料理をしようと思ってないかも。
初めて人のために作ったのは、小学校のとき。好きな男の子に焼いたクッキーだ。
さらにひとりで料理ができるようになると、お母さんに料理を褒められてうれしかった。
料理を作るのがどんどん好きになった。お父さんのために作ったり、おじいちゃんや、おばあちゃんのために作ったり。
「おい、おまえ……」
イリュさんが、心配そうな顔で起きあがった。理由はわかっている。体育座りをして、両足をかかえたわたしは、いま泣いている。ホームシックだ。
ゴルさんが立ちあがって、着ている服のポケットを探り始めた。布きれをだしたけど、汚いからか、それをポイッと捨てた。
「だいじょうぶです!」
言ってはみたものの、ゴルさんのやさしさで、よけいに涙がでた。
「おい、娘」
呼ばれたほうを見ると、ゲルさんは木の実をつぶす手を止め、こちらへと指先をのばしている。
「ピピの根っこを乾燥させたやつだ。なめるか?」
すりつぶしていたのは、木の実じゃなくて植物の根っこだったのか。
知らない香辛料は味見してみたいけど、いまわたしは涙と鼻水でぐじゅぐじゅだ。
「ちょうどいいぞ」
ゲルさんの言った意味がわからない。ちょうどいい?
「それを食べると、涙が止まるんですか?」
「いや、鼻にツンときて、よけいに泣ける」
だめじゃん!
でもなんだか笑えて、涙は止まった。
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