第12話 兵士いろいろ。

 かじっては水を飲む。


 またかじっては、水を飲む。


 わたしは腰ほどの高さの岩に腰かけて、「マグルードの酢漬け」をなんとか食べようと努力していた。


「悪い子はいねえがぁ」


 ……なにか、みょうな声が聞こえた。


「悪い子はいねえがぁ、食べねぇ子はいねえがぁ、のろっちまうぞぉ」


 のっしのっしと歩いてきたのは、巨漢の兄弟であり、弟のほうのゴルさんだ。


「こんな感じでよ、おとなから言われて、無理矢理に食べさせられるのが、マグルードよ」


 ああ、こっちの世界でも、そんな風習があるのだと感心した。わたしはおばあちゃんから「梅干しを残すと、顔がしわしわになるよ!」と子どものころにウソを教えられた。


「どうしても苦手だったら、半分ほど食べて捨てちまえ。砂のなかに埋めてよ。兵士の一部もそうしてら」


 それだけ言うと、ゴルさんはまたのっしのっしと背をむけて歩きだした。


「悪い子はいねがぁ」


 まだ言ってるし。


「はぁ」


 ため息がでた。なんだかんだで、この隊の人たちはやさしい。


 なにかしてあげたいけど、わたしは家庭料理ぐらいしかできない。食材がなければ、なにもできない。


 苦々にがにがしい気持ちで、手にしている緑の果実をかじった。


「うっ!」


 マグルードは、苦々しい気持ちを上まわる苦さだ。


 こっそり捨てよう。でもここでだいじょうぶだろうか。けっこう天幕に近い。あたりを見まわすと、たき火のあともあった。


 もうすこし離れたところに埋めたほうがいいかな。


「うん?」


 不自然に砂が盛りあがっている場所を見つけた。


「えいっ!」


 半分ほど食べたマグリードの実をなげてみる。


「あいた!」


 砂がしゃべった!


「よくぞ見やぶった!」


 その声とともに、がばっと砂からでてきた人がいる!


 いや、よく見ると、砂とそっくりな色をしたマントを着ている人だった。


 黄土色おうどいろのマントはフード付きで、しっかりまえも止めてある。これで砂にふせられたら見分けがつかない。


 深くフードをかぶっているので、目もとまでは見えなかった。でも見えている口もとが動いた。


「おれの名はザンザ。斥候兵せっこうへいだ。風のザンザとも呼ばれている」

「は、はぁ。せっこうへい?」

「敵に気づかれることなく、状況を調べる兵士のことだ」


 なるほど。もとの世界でいうと忍者みたいなものかな。


「砂と同化していたので、気づきませんでした」

「そのとおりだ。森にひそむなら緑の服を。砂にひそむなら黄土色の服を着る」


 やっぱり忍者だ。「隠れ身の術」みたいな。


「あっ!」


 いかまら考えると、もう何日もこの歩兵隊にいるのに、この人の姿をいちども見たことがない!


「わたし、ずっと気づきませんでした!」

「一般の者が相手なら、何日隠れ続けることができるのか。ためしてみたかったのだ」

「すごいですね!」


 わたしは思わず手をたたいたけれど、ザンザさんは砂の上に両ひざをついた。


「だが、隠れすぎた。みなが絶賛するユキコ殿の料理。いまとなっては食べる機会がもう……」


 そ、それはお気の毒!


 ザンザさんの言うとおりで、もう機会がない。材料はないし、明日になれば王都へむけて出発するし。


「最後の日だから、でてきてくれたんですか?」


 わたしが聞くと、砂にひざをついているザンザさんが立ちあがった。


 ザンザさんが近づいてきて、からだをくるんでいるマントから、ぬっと手をだした。


 その手のさきには、銀貨が一枚。


「落としただろう。ひろっておいた」

「あっ!」


 わたしは座っていた岩から飛びおりて、スカートのポケットをさぐった。イリュさんにもらった銀貨がない!


「ありがとうございます!」


 お礼を言うと、見える口もとだけでザンザさんがニヤリと笑った。


「おれは落とし物を見つけるのが得意だ。注意深く歩いているからな。だから、砂のなかに小さな女の子が落ちていても見つける」


 言われた意味を考えた。そしてわかった。


「あなたが、わたしを見つけてくれたんですか!」


 ザンザさんは、ニヤリと笑うだけだった。


「はぁ、それなら、ザンザさんに料理を作りたかった!」


 この人が見つけてくれなければ、どうなっていたか。


「おれは見つけただけ。グレン隊長に一応報告しただけだ。助けても面倒が増えると思いながら」


 ザンザさんの言葉にどう反応していいのか迷った。


「ユキコ殿!」


 グレン隊長の声だ。


「はい!」


 声のするほうへふり返った。グレン隊長は甲冑をつけている。これから巡回にでるつもりだ。


「昼間は暑いので、天幕のなかで休むように!」

「はい、お気をつけて!」


 グレン隊長へ手をふり、もとの位置へ視線をもどしてみると、ザンザさんはもういなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る