第10話 コカトリス・カレー。

「あ、あのう……」


 わたしはみんなにむかって声をかけた。


 昨日の夜とはちがい、歩兵隊のみんなが輪になって座っている。


 中央にはキャンプファイヤーのように大きなたき火。


 わたしはカレーを作った。一番大きな鍋をつかった。それはそれは大きな鍋で、もともとは魔術使いなどが使用する鍋らしい。


 そしてもうひとつの大鍋でお米をいた。


 兵士のみんなに配り、せっかくだからと輪になってみんなが座った。


「それではみなの者、いただくとしよう!」

「おう!」


 みんながいっせいに、木のスプーンでカレーを口に入れた。


 勇ましい兵士さんたちのアゴが動いた。それからゴクリと飲みこむ。すると、なぜかみんなが固まっている。ぴくりとも動かない。


 おいしくできたはず。コカトリスのお肉が届いたのは昼すぎだった。そこから半日かけて煮ているので、お肉もやわらかいはず。


「はっ!」


 大きなたき火のまえから声が聞こえた。立ったままカレーを口にしていたグレン隊長だ。


「みなの者、起きろ!」


 グレン隊長のかけ声に、兵士のみんながはっと気づいた。


「あぶねえ!」

「あまりのうまさに、きかけたぜ!」


 兵士さんたちが口々に言う声が聞こえた。


「ユキコ殿、この複雑な味の正体は!」


 だれかから質問の声が聞こえた。


「えっと、何種類かの香辛料をつかってます!」


 わたしは自分の横に置かれている大鍋を見あげた。石を組んだコンロの上に大鍋を置いているので、わたしの身長を超える高さだ。


「こんなうまい肉が、あのコカトリスですか。とろけるようです!」

「えっと、部位によって味がちがいます。お尻のほうのお肉はあぶらが乗ってますし、胸肉とかは、あっさりと」


 わたしはつかうまえに味見をしている。切り身を鉄鍋で焼いてみた。岩塩、そしてすこしの香辛料をかけて。


 結果、このコカトリスという魔獣のお肉は、びっくりするほどおいしかった。


「この香ばしさはなんですか!」

「玉ねぎ、それからすこし小麦粉もいためました!」

「甘さは!」

「乾燥した果実を水でもどして、きざんで入れてます!」


 なんだか、あちこちから質問が飛んでくる。


「なんという、うまさだ!」


 グレン隊長が立ったままカレーをかきこんでいた。


「はっ!」


 なぜかグレン隊長が空を見あげ、木のスプーンを落とした。


「いかん!」


 夜空へ顔をむけていた隊長が、視線をもどした。


「みなの者、気をつけろ。コカトリスの皮だ!」


 えっ、あの皮、毒でもあったのかな!


「はぅ!」


 兵士のみんなが上を見あげている。木のスプーンが落ちる音も聞こえた。


「みなさん、だいじょうぶですか!」

「こ、こ、これは!」


 兵士の声が聞こえた。ほかの人の声も聞こえてくる。


「カレーという汁をすいこんだ、このやわらかい皮が、口のなかをなでていくぞ!」

「ひと口かむと、じゅわっと旨味がでて」

「気絶しそうだ!」


 な、なるほど。チキンカレーに入っている鳥の皮って、わたしも好きかも。


「わかったか、みなの者!」


 グレン隊長はひと皿をもう食べ終えたらしく、口のよこにひとつぶのお米がついている。


「神殿の魔の手から守るぞ。ユキコ殿の料理については、他言たごん無用むようとする。異議のある者は!」


 がばっとみんなが立ちあがり、かかとをあわせて背筋ものばす。直立不動の姿勢を取った。


「異議なし!」


 全員の返事が返ってきた。


「さてと……」


 声とともにあらわれたのは巨漢の兄弟のひとり。兄のゲルさんだ。


「ゲルさん、カレーおいしかったですか?」

「ああ。腰ぬかすほどな」


 それはよかった。塩トカゲのパン粉焼きでは「まあまあ」と言われた。


 しかし、なぜかゲルさんは小さな木のテーブルをかかえている。


「あの、それは?」


 わたしが聞き終えるまえに、ゲルさんは中央にある大きなたき火のまえへ小さなテーブルを置いた。


「野郎ども、聞け!」


 小さなテーブルのまえに立ち、ゲルさんが大声をあげた。


「きっちり一杯ずつ、カレーは配った。そしてまだ残りはある。おれの見立てでは、五十杯。つまり、おかわりできるのは五十人」


 わたしは巨大な鍋を見あげた。たしかにそのぐらいの量は残っている。兵士さんだから、いっぱい食べると予想しての量だ。


「五十だと!」

「半数か!」

横暴おうぼうな!」


 あれ。なんだか怒った兵士さんたちの声が聞こえる。


「さわぐんじゃねえ!」


 ゲルさんが怒鳴どなった。


「そこでだ。いい手がある。力くらべして勝ったやつが、次の一杯の権利をるってのはどうだ!」


 力くらべ。ゲルさんの言った言葉を考えた。置いたのは小さなテーブル。わかった。腕相撲うでずもうだ!


「兄貴……」


 巨漢ゲルさんのまえに、おなじく巨漢の男が立った。


「わりぃが、手加減しねぇ」

「ゴル。いい度胸どきょうだ」


 な、なんだか兄弟ゲンカが始まろうとしている!


「グレン隊長、止めて」


 止めてください。そう言おうとしたのに、ふり返るとグレン隊長は剣をぬいて、それを夜空へとかかげていた。


「天にましますいくさの神々よ。願わくば今宵こよい、われに力を与えたまわん……」


 なんか祈り捧げてる!


「おれと戦うやつはいるか!」


 兵士のひとりが声をあげた!


「上等だ、おれが相手だ!」


 そしてひとりが名乗りでた!


 みんな食べ終えたようだった。あちこちで、にらみあいが始まっている。


 そしてわたしは気づいた。そんな騒動のなか、大鍋にかかった木のハシゴをそっと登り、おかわりをついでいたのは小さな兵士、イリュさんだった。

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