第9話 グレン三角形。
「おい、イリュ、なんだその皮のむきかたは」
言ったのは巨漢兄弟、弟のほうのゴルさんだ。
「料理なんてしたことねえんだって!」
イリュさんが、なれない手つきでニンジンの皮をむいている。
天幕のひとつだった。風で砂がまうので、天幕のなかのほうがいいだろう。そうグレン隊長が言ってくれて、天幕のなかに大きな木のテーブルを置いてもらった。
テーブルのまわりには、いくつもの
「ゴルさんは、料理はできないって言ってたのに、上手ですね」
いま三人で大きな木のテーブルをかこんでいる。
兄のゲルさんはいない。隊につきそってコカトリスと戦った岩山のほうへ行っている。コカトリスの肉をどう切り取っていくのかを兵士に指導するらしい。
「おれたちゃ、もとは
なるほど、それで食材にくわしいのか。
「でも、料理はしないんですね」
「塩かけて焼けば、鳥だろうが
なるほど。狩人さんはワイルドだ。
「それに、料理をすれば、その分手間がかかる。それは金にならねえ」
ああ、そうか。この歩兵隊のみんなが料理をしないわけがわかった。この世界だと、火をおこすことから始めないといけない。それは時間のかかることだ。
「料理人がいる歩兵隊もあるんですよね?」
わたしもニンジンの皮をむきながらゴルさんに聞いた。
「ああ。二十番より上だがな」
そうだった。この国には四十番まで歩兵隊がいる。グレン隊長の隊は三十九番なので、料理人は雇えないという規則だった。
「軍の料理人かぁ」
わたしはこの世界で生きていかないといけない。できることは家庭料理が作れることぐらい。
「街には、食堂とかあります?」
生きていくなら、働かないと。
「ああ、あるぜ。人の募集をしている店も多い」
よかった。それならなんとかなりそう。
「だけどな」
にやっとゴルさんが笑った。
「まちがえて薬草だけは入れるなよ」
そうでした。わたしにはどうやら「天啓の才」というものがあるらしい。わたしが薬草で料理を作ると、かなりの治癒効果がでてしまうという。
そして治癒魔法の素質があると、神殿からお声がかかる。お声がかかると言えば聞こえはいいけど、神殿はかなりの権力を持っているとのこと。近づかないほうが身のためなので、わたしはこの自分の才を隠さないと。
「口封じの料理だ。がんばれよ」
ゴルさんが言った。その言葉で、わたしは皮をむく手が止まった。
あれはいつだったかな。子どものころだ。ひとりでカレーを作れたら、欲しかった人形を買ってあげる。そうお父さんに言われて、カレーを作った。
あのときのカレー、ぜんぜんおいしくなかった。お父さんは
「料理はね、おいしいものを食べさせたい。その思いだけでいいの。考えたことが、味にでるから」
お母さんの言うとおりだ。
わたしは首をブンブン横にふった。口封じとか、そういう考えは捨てよう。この歩兵隊は、砂漠のなかでわたしを保護してくれた。ここは異世界だ。女性がひとりでさまよっていたら、どうなっていたかわからない。
いい人たちばかりだった。昨晩にトカゲのパン粉焼きを食べた兵士さんは「こんなうまいもの、生まれて初めて食べました!」なんてお
みんなへの感謝をこめて、このカレーを作ろう。真剣に、楽しく、思いをこめて。
「お、おい」
声がした。見ればイリュさんがニンジンの皮をむく手が止め、わたしを見つめている。
「なんかおまえ、いま光ってなかったか」
うっそ。
「これは旅人から聞いたんだがよ」
口をひらいたのは、ゴルさんだ。すでに一本の皮をむき終え、テーブルの上からあらたなニンジンを取っている。
「自然のなかにも魔力はあって、それは土地によって量がちがうらしい。おれたちの国は、その自然の魔力ってのが強いらしいぜ」
「へぇ。じゃあ神官たちがむずかしい治癒魔法をつかえるのも、そのせいなんじゃねえの?」
「かもな。やつらは神のご加護って言ってるがな」
ふたりの会話を聞いていた。自然のなかにも魔力。
「だからよ、天啓の才ってやつも、魔力が強い土地なんで威力があがってんじゃねえか」
なるほど。よくわからないけど、わたし、異世界でパワーアップ!
「ほう、こんな砂漠で料理か」
天幕の入口にたらしてある布が動いた。入ってきたのは、でっぷり太った中年。着ているのは白いローブ。あのイヤな神官だ。
「なんか用ですか?」
イリュさんがぶっきらぼうにたずねた。
「ふむ。昨晩に重症だったもの。あれが元気な姿ででかけていくのを見たのだが」
わたし、イリュさん、ゴルさんの視線があわさった。
「隊長が秘蔵していた
イリュさんが口をひらいた。
「なるほど、
「もう、いいっすか。おれたち、いそがしいんで」
「ふむ」
白いローブと太ったからだをゆらしながら、神官はテーブルに近づいてきた。
そしてテーブルの上にあるニンジンを手に取った。あのニンジン、つかわないようにしよう。精神的に汚い。
「わがはいにもひとつ」
「いや、これは兵士が食べる料理です。身分の高い人が食べるものじゃねえです」
今度はゴルさんが言ってくれた。イリュさんとゴルさんがあせっている。その理由はわかった。もしわたしの料理をこの人が食べたら、なにかに気づくかもしれないと。
「わがはいは食べたいと申しておる。だせないというのなら、そのほうら、名はなんと申す」
なぜ名前を聞くのだろう。
「イリュです」
「おれはゴル」
「イリュとゴル。ふむふむ。そなたらと、そなたらの家族。これが病気にでもなったさい、たよれる神殿があればよいのだが」
うわ。頭の悪いわたしでもわかった。おどしだ。自分の言うことを聞かないなら、なにかあったときに神殿は助けてやらないぞと。
「あの……」
「ほう、よく見れば、こんな砂漠に子どもか」
「料理を作るのは、わたしですので」
「ほう、子どもでも料理をするのか」
わたしは家族がいるわけでもない。わたしがことわったほうがいい。
「ごめんなさい。兵士さんたちの分しかないんです」
「それはおかしい。兵士の数は百人。それがひとり増えることになんら問題はないであろう」
ごもっとも。
「金貨百枚」
だれの声かと思ったら、入口から入ってきたのはグレン隊長だ。
「どういう意味かな、グレン隊長」
「言ったとおりだ。
グレン隊長が言った金額は、昨晩に言われた重傷者を助ける金額だ。
「ほう、神官にむかって言うではないか」
「おれの部下を助けてくれないやつだ。こびへつらう必要はなくなった。同行はもう充分だ。いても意味がないからな。帰ってくれ」
隊長のあとに続いて、兵士さんが三人入ってきた。
「ちょうど保護した者たちを街まで送る。この三人が護衛するので、出発のご準備を」
神官が目を細めてグレン隊長に視線を送ったけど、隊長はたくましい腕を組んだ。
しばらくにらみあっていたけど、神官が天幕の入口からでていき、三人の兵士さんもあとを追った。
「隊長、いいんですか、あんなこと言って」
「おれは
グレンさんは家族がいないのか。それはつまり奥さんも子どももいない。
「隊長、隊の仲間は?」
イリュさんの疑問に、グレン隊長はうなずいた。
「つかえない神官。ならば早めに帰したほうがいいと気づいてな。みなはコカトリスの肉を採取しているので、おれと数名だけで引き返してきたところだ」
それは最高のタイミング!
「では、岩山へもどる。ユキコ殿、腰をぬかすほどのカレー、期待しているぞ」
うしろむきに手をふって、隊長さんは天幕からでていった。
「カッケーなぁ」
イリュさんがそうつぶやいたけど、わたしもそう思った。さっきのグレン隊長、かっこいい。
忘れないうちに神官がさわったニンジンを取り、ゴミ箱がわりの木樽へと捨てた。
「なんだか、わたし、燃えてきました。みんなが腰をぬかすほどのカレー、作ってみせます!」
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