第1話 ゆき子の異世界転移。

 あれ?


 ここどこだろう。


 からだを起こしてみた。


 砂の上だ。砂の上にわたしは寝ていた。


 交通事故にあった。そこまではおぼえている。


 なのに、気がついたら砂の上。


 自分の服を見ると、事故したときに着ていた制服のまま。わたしの高校の夏服、半そでのセーラー服だ。


「子どもよ、無事か!」


 男の人の声が聞こえた。声がしたほうを見てみる。


「えっ?」


 思わず声がでた。見えたのは、砂の丘から駆けおりてくる人。


 おどろいた理由は、男の人が鉄の服を着ていたから。甲冑かっちゅうとかいったっけ。世界史の教科書で見たことがある。なにかのイベントかな。手には剣と盾を持っている。


 ガチャンガチャンと重そうな音をたて、男の人は砂の上に座るわたしのところまできた。短い髪は茶色、目も茶色。うわぁ、外国の人だ。


「このような砂漠で、ひとりか」


 そう言って甲冑の人は片ひざをついた。


 片ひざをつくことで、顔が近づいてきた。わたしの顔の近くに、外国人の顔がある。ちょっと緊張した。


「あの、ここ、どこですか?」

砂漠だ。どうした、頭を打って記憶が混濁こんだくしておるのか」


 砂漠。外国だ。なぜわたしが外国に。


 この人が言うように、記憶がおかしいのかな。もしかして夢なのかな。


「あの、サハラ砂漠って、どこの国でしたっけ?」

みょうなことを聞く。アズラバーン王国の南、サブラ砂漠だ」


 ……えっ?


 この人、いまなんて言った。アズラバーン王国。サブラ砂漠。


 男性の顔を見た。あきらかに外国人。三十五歳ぐらいかな。でもなぜか、わたしと会話ができる。そしてわたしは外国語みたいなものをしゃべっていた。


「異世界転移……」


 ラノベで読んだあれ。まさか、わたしが!


「イセカ、いまなんと言った娘よ」

「あっ、いえ」


 どうしよう。「ちがう世界からきました!」なんて言っていいものか、まったくわからない!


「そうか、旅団りょだんの名前か。魔物に襲われ、ちりぢりに逃げたのだな」


 これ、ごまかせない。そんなにわたし頭もよくないし!


「き、記憶喪失です!」


 さきほど、この人が言ったあれだ。記憶がないってことにすれば、なんとかなるかも!


「なんと気の毒に。親とはぐれた上に、記憶までなくすとは」


 男性は立ちあがり、遠くの地平線に目をやった。


「あの……」

「なんだ?」


 立ちあがった男の人がわたしを見おろしてくる。


「いえ、あの、わたし、十八歳です」

「ま、まことか!」


 やっぱり。背が小さいし、おまけに童顔。わたしは中学生とか、ひどければ小学生にまちがえられる。


 めくれた制服のスカートをなおし、わたしは立ちあがった。


 立ちあがったら、わたしの背は甲冑の胸あたりしかなかった。


「自身の名は。おぼえているか?」

「はい。ゆき子といいます」

「ユキコか。おれはグレンという。三十九番歩兵隊の隊長をしている者だ」


 歩兵ということは、兵士の人。よかった。きっと陸軍みたいな職業だ。変な人につかまるより、たぶんいい。


「あの、記憶がないので聞きますけど、隊長さんの国って奴隷どれいとかあります?」

「奴隷など、もってのほか。わが国では、人を売るのも買うのも重罪だ」


 この国、けっこう安心!


「ひとまず、わが隊で保護しよう。王都に帰れば、だれかに相談できるだろう。いや、記憶をもどすのなら、魔術師のほうがよいのか……」


 あごに手をやってグレンさんが考えている。この世界、やっぱり魔法もあるんだ。


「記憶がないとして、ユキコはなにができる?」


 ふいに聞かれた。


「ど、どういう意味ですか?」

「魔法は?」

「で、できません」

「治癒は?」

「できません」

「剣はふれるか?」

「む、無理です」

「体術のほうか?」

「たいじゅつって、なんですか?」

「なにもできぬのだな。自分の身を守ることが。よくそれで旅ができたな」


 あきれた顔のグレンさんだ。


「では、どこかの王族、貴族なのか……」


 なにか変な予想をグレンさんがし始めたので、あわててわたしは首をぶんぶん横にふった。


「ち、ちがいます。それはちがうと断言できます!」

「いやしかし、記憶がないのだろう。なにも身を守るすべを持たぬというのなら、平民ではないかもしれん」


 わたし、めちゃくちゃ平民だ。


「ぜったい、平民です!」

「あっ、ならば」


 グレンさんが「ポンッ」と手のひらをたたいた。


「なにか職人の技巧ぎこうを持っておるだろう」

「職人の技巧?」

鍛冶屋かじやか?」

「ち、ちがいます」

革職人かわしょくにんか?」

「いえ、お裁縫さいほうは苦手で」


 よくよく考えたら、わたし、なにもできない。頭だってよくないし、運動もダメ。音楽や絵の才能も……


「まあ、記憶がもどるやもしれん。そのときにまた聞かせてくれ」

「は、はい」


 返事はしてみたけど、そんな記憶は絶対にもどらない。記憶喪失ってウソだし。これどうしよう。


「王都に帰るのは、まだ七日ほどさき。さて。日もそろそろ暮れだす。わが隊の天幕てんまくへゆこう」


 そう言って、グレンさんは砂の丘を歩き始めた。


 どうしよう。この世界で、わたしはどうやって生きていけばいいんだろう。


「ユキコ、足などくじいていないか。痛ければ、おれがおぶっていくが」


 グレンさんがふり返って言った。


「いえ、だいじょうぶです!」


 この人についていく。それしかない。やさしそうな人だし。ここ、異世界だし!


 わたしは異世界の砂を踏みしめ、自分の足で歩きだすことにした。

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