おいしい野食。~わたし何もできないけど家庭料理ぐらいは作れます~ゆき子の異世界料理無双

代々木夜々一(別名ヨヨギヨヨスケ)

第0話 三十九番歩兵隊

「グレン隊長、このままでは!」


 兵士のひとりが言った。


 そのとおりだ。このままでは、わが隊はやられる。


 深い森のなかで、自分の隊の状況がわかりづらい。


 三十九番歩兵隊。


 簡単なゴブリン討伐とうばつのはずだった。だが、数が多すぎる。


斥候兵せっこうへい!」


 おれは声をあげて呼んだ。


 斥候兵とは、状況を調べるための兵士だ。敵とは戦わずひたすら戦場を駆けまわり、おれに報告するのが役目。


「斥候兵、いるか!」

「はっ、ここに!」


 木の上から飛びおりてくる人影があった。


 おれのそばに着地し片ひざを立てたのは、まぎれもなく斥候兵だ。盾は持たず軽装けいそう、森と同化するために今日は緑の服を着ている。


「完全に動ける者は何人だ」

「およそ六十名ほどかと」


 わが隊の総数は百人。四割はケガをしたか。


「死んだ者は」

「それはまだおりません」


 まだいないか。だがそれもいまだけの話。いずれ死ぬ兵士がでる。


「グレン隊長!」


 斥候兵せっこうへいがさけび、おれのそばから瞬時に身を引いた。


 緑色の小さな魔物。ゴブリンがおれにむかって飛びかかってこようとしている。


「この!」


 銀色の盾をからだのまえに突きだした。ゴブリンのするどい爪が盾にぶつかる。


 ふせぐと同時に剣をあげ、ゴブリンの脳天へとふりおろした。


「グゲ」とかえるのような鳴き声があがる。ゴブリンは地に倒れた。


「斥候兵、敵の数は!」

「およそ三百です」


 まだ三百もいるのか。


「よし、身を隠せ!」

「はっ!」


 風のような早さで斥候兵は近くの草むらに飛びこんでいった。


 そこらじゅうの木々のあいだから、爪と盾のぶつかる音が聞こえる。


「ぐあっ!」


 味方のさけび声。


 これはもう、だめだ。


 もはや、禁断のわざをつかうしかない。


「聞け、兵士たちよ!」


 はらの底から声をだした。その声が、深い森のなかに響いていく。


「わが隊の禁を解く!」

「隊長、もしや!」


 近くでゴブリンを斬りふせた兵がふりかえった。


「今日の夜、あれを解禁するぞ!」


 はらに力をこめる。今日いちばんの大声をださなければ。


「晩メシは、ユキコ殿のカレーだ!」


 深い森におれの声がつたわっていく。「カレーだ……カレーだ……」と最後の言葉が木々のあいだでこだました。


「……ぉぉぉぉぉおおおおお!」


 森のなかから地鳴りのような声が返ってきた。


「カレー!」

「何日ぶりだ!」

「やった、やっと食えるぞ!」

「毎日だって食べたいのに!」


 そう。毎日でも食べたい。ユキコ殿が作る「カレー」という料理は、それほどのちからがある。だから禁止しているのだ。


「みなの者、勝つぞ!」

「おお!」


 おれがさけぶと森のなかから大勢の勇ましい声が返ってきた。


 しかし、ユキコ殿の料理は、やはりすごいものだな。

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