第37話 リボンちゃん・再び

 “転職の神殿ハローワーク”での手続き、並びに職業変更ジョブチェンジの儀式は、ティカのおかげですんなりと終わらせる事が出来た。


 そして、ティエラの実家に【帰還リターン】で戻ったのだが、やはり大幅な弱体化は避けられなかったなというのが率直な感想だ。



「お上に睨まれるのを避けるためとは言え、弱くなったな~、あたし」



 ティエラは自身の『個人証明札マインカード』を見てぼやく。


 職業変更ジョブチェンジに必要な条件は、“レベル”だ。


 経験点を稼げばレベルが上がっていくと言う点では、どの職業ジョブにでも共通する。


 そして、“転職の神殿ハローワーク”においては、“レベルが20以上”であれば職業変更ジョブチェンジが可能だ。


 ただし、ペナルティとして、“保有する経験点の全てを失う”という点が大きい。


 一からやり直しなのだが、一応、前職で得たスキルや魔術は使用する事はできる。


 ティエラの『個人証明札マインカード』に記載されている習得スキルの項目は、“レベル1・農夫ファーマー”には不釣り合いな高度な魔術がずらりと並んでいる。


 “大魔導士アークウィザード”として得てきたものだ。



「分かっていたとはいえ、やってらんないわね~。これ、かなり開墾作業の効率が落ちちゃうわね」



「みたいだな。LPやMPは半減。他のステータスも軒並み大幅減。今まで見たいに高レベルの魔術を連発ってわけにはいかんな」



「勇者様はそのまんまですけどね」



「“勇者”は転職できない、か」



 これがデビィドに突き付けられた現実だ。


 “勇者ヒーロー”は極めてレアな職業ジョブであり、先天的な才能が無ければなれない。


 そのため、そうした特殊なレア職が損なわれないようにするため、一部の特殊職には転職禁止の規定が設けられていたりする。


 “王族ロイヤル”や“領主ロード”がそれであり、こちらは“血脈”が必須だ。



「あ~あ。どうせなら俺も今の世情に適した職業ジョブに就いて、“レベル累進課税”から逃げたかったな~」



「勇者様はレベルがそのままですからね。冒険者稼業を辞める事を決めた高レベル者が、真っ先に向かうのが“転職の神殿ハローワーク”ってくらいですし」



「あ、やっぱそうなのか」



「過去の事例だと、“勇者ヒーロー”の適正を持った人は、大概は悲惨な最期を迎えますから。魔王軍から目の敵にされて狙われるんで」



「そう言う意味では、魔王討伐あがりまでたどり着けた俺は、レア中のレアか」



「そうなりますね。まあ、そうでないと困るんですけどね、あたしやモロコスは」



「パワーレベリング、か」



「経験点は職業ジョブに則した行動でも入ってはくるんで、開墾作業を続けていてもそれなりには入って来ますよ。ただ、手っ取り早くレベルアップを考えますと、やはり“モンスター討伐”が早いですから」



 経験点の貯め方は、おおよそ2つだ。


 一つは、“職業ジョブに相応しい行動”による稼ぎだ。


 農夫ファーマーであれば、畑仕事やそれに類する行動をしていれば、経験点が貯まっていく仕組みになっている。


 もう一つは、“モンスターの討伐”だ。


 こちらは全職業共通の稼ぎ方であり、手っ取り早く経験点を貯めるのであれば、こちらが早い場合が多い。


 しかし、危険を伴う上に、戦闘に不向きな職業ジョブもあるため、冒険者や余程の事情が無い限りは、前者の稼ぎ方で経験点を稼ぐのが一般的だ。



「まあ、私の場合だと、このまま“農夫ファーマー”を伸ばしてから“商人マーチャント”と“兵士アーミー”をかけ合わせて、上級職“辺境伯マーグレイブ”を目指す方が現実的かな」



「なんか強そう」



「そうですね、“辺境伯マーグレイブ”は超人気職ですよ。地方の大地主はこれを目指して経験点稼ぎをするって言われるくらいには」



「なんか特典でもあんのか?」



「レベル30で習得できる【自由なるフリーダム開墾ランド】が超強力。王家が狩場指定している土地以外は、勝手に開墾しても良くなる」



「マジで!? 誰でも大地主になれんじゃん!」



「まあ、うっかり忘れている事だけど、“開墾”ってめっちゃ手間なんですよ。あたしらは世間一般で言う“チート技”で色々と過程を簡略化してますんで」



「それもそうだったな」



「なので、開墾ができる“財力マネイ”や“人脈マンパワー”があって初めて活かせるスキルなんですよ」



「そうなると、地方に所縁ゆかりのある地主層って事か」



「もしくは、あたしらみたいな高レベルの冒険者とかね」



 なにしろ、“元”勇者パーティーが全力で開墾作業をやっているのだ。


 どんな巨木も一撃で枯らし、魔術を駆使して伐根する。


 局地地震を使って地面をならし、オオカミやイノシシなどの害獣や小鬼ゴブリンなどのモンスターも瞬殺。


 常人であれば年単位の作業も、数日で片付けてしまうのがこの3人なのだ。



「だが、これからはそうも言ってられん。それがしは腕力がかなり低下したし、ティエラもMPが減って、魔術の回数制限が出てきた」



 モロコスも『個人表明札マインカード』を2人に見せつける。


 こちらは“聖戦士パラディン”から“木こりウッドカッター”に転職していた。


 当然、ステータスは大きく下がっているのは一目瞭然だ。



「まあ、開墾作業に従事してれば、“木こりウッドカッター”も経験値稼ぎができるけど、このまま上級職の“特殊部隊コマンドー”でも目指す? それとも“森の番人レンジャー”狙い?」



「“特殊部隊コマンドー”は公僕になる以外に食っていけないから、絶対に嫌だな。そうかと言って、“森の番人レンジャー”も“盗賊バンデット”を鍛えないとダメだから、それこそ性に合わん。なので、すでに育っている“神官プリースト”と“木こりウッドカッター”をかけ合わせて、“森司祭ドルイド”にでもなるさ」



「あ、そっか。“聖戦士パラディン”だったから、“神官プリースト”も前に鍛えて熟達していたもんね」



「事が落ち着いたら、森の中で隠遁する。“森司祭ドルイド”なら、【薬草採取ハーベスター】とか【希少薬草の発見レアリティ・メディスン】を習得できるからな」



「完全に隠者の生活よね、それ」



「まあ、機会があれば“燃え盛る男ウィッカーマン”に放り込みたい輩はいるがな」



「モロコス、不穏当な発言は止めなさいって。下手に聞かれたらマジで牢屋行きよ」



 本当にやりかねない雰囲気だけに、ティエラはひやひやものだ。

 

 かつての英雄も、今や完全に冷や飯喰らい。


 デビィドは納税(自業自得)で苦しめられ、モロコスとスオーラは居場所を失い、ティエラもまたそれに巻き込まれる形で、重荷を背負う事になった。


 ほんの1年前までは、魔王を倒した英雄である勇者パーティーが、完全に落ちぶれてしまった。


 ボタンのかけ間違い一つでこうもなるのかと、無情を感じるティエラであった。


 そんな3人の視界に飛び込んできたのは、元気に走り回る子供達の姿だ。


 テンプル騎士団の解散のあおり・・・を受け、行き場を失った孤児院の子供達で、戸籍上はティエラとモロコスの養子扱いになっている。


 今は幼くとも、いずれは独立した農夫にするつもりで、そのための開墾作業を必死で続けているのが、今の勇者パーティーの目的だ。


 しかし、お上の嫌がらせでその開墾作業の効率が、レベルダウンと言う形でのしかかっており、当初の予定を大幅に遅れる事になる。


 これが救国の英雄に対する扱いかと、モロコスが憤るのも当然と言えた。


 とはいえ、彼らはどこまでも“英雄”なのである。


 何より、“親”でもあるのだ。


 子供の前では不安も不満も表に出さず、完璧に演じてみせる・・・・・・


 現に、子供達の輪に加わっている聖女スオーラはそれを誰よりも体現している。


 人気を博する“パワーレベリング業”で子供達の養育費を稼ぎつつ、時間を作っては子供達の遊び相手まで務めているのだ。


 しかも、嫌な顔一つせず、どころか心底楽しんでいるかのようだ。



「まあ、スオーラはこのために魔王軍と戦っていたようなもんだしな」



 この点では一番真面目であり、そして、目的意識が一切ぶれていない。


 富や名声などそっちのけで、ただただ純粋に子供達の未来を考え、戦い抜いて来たのが聖女の生き様だ。


 そう考えると、腐っていた自分が恥ずかしく感じるデビィドであるが、その子供達の中にとんでもない“異物”を発見した。


 他のパーティーメンバーは気付いていない。


 なぜなら、その姿を見たのは、自分だけなのだから。


 スオーラに抱えられたその女の子、見まごう事なき“それ”。


 勇者デビィドは思わず腰に帯びていた剣に手を伸ばしていた。



「魔王リボンちゃん……」



 そう。ペコニアと共に自宅を訪問し、納税義務をチラつかせて自分を蹂躙してきた転生魔王。


 それが再び目の前に現れたのだ。

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