第9話 復活の魔王

 魔王軍の幹部『八つの悪意オォト・マリーツィア』はいずれも強敵揃いであり、勇者パーティーもかなり手こずらされた。


 『貪食』、『淫蕩』、『悲観』、『憤激』、『嫌悪』、『虚栄』、『傲慢』、そして、『金欲』。


 それぞれの称号を冠した魔族のエリート集団だ。


 魔王城の決戦において、勇者パーティーは魔王リボーを含めてそれらを討滅したが、ただ一人、“金欲“の名を持つ魔王軍参謀ペコニアだけは倒していなかった。


 なぜかペコニアだけ、魔王城にいなかったためだ。



(なぜ今になって、ここに!? 単独行動な上に、腑抜けになっているからと一番与しやすいと判断したか!?)



 そう判断するのが妥当だ。


 魔王軍の再興を考えるのであれば、勇者の抹殺など最優先事項。


 ならばと、デビィドも覚悟を決めた。



「来い、【掌握シーズ】!」



 壁にかけていた剣が、デビィドの手元に収まる。


 実に一年ぶりに手に取った剣。


 勇者の持つ伝説の剣『空の裂く者チェイロ・マニポーラ』だ。



「【愚者の誘い受けアルバー・ナッハ】、起動! 切り裂け、【風舞ヴェント】!」



 勇者の修めるリヒテン流剣術の構えと、簡単な術を発動する。


 【愚者の誘い受けアルバー・ナッハ】は体を少し前傾させ、剣を下段に構えるという隙だらけ・・・・の構えだ。


 隙だらけなのだが、実際は返し技カウンター狙いの作られた隙であり、下手に踏み込むと瞬時に切り上げられる。


 扉の向こうのペコニアの真意が掴めぬ以上、積極的な攻撃よりも“受け”と“瞬時の切り込み”を想定しての構えだ。


 また、【風舞ヴェント】は初級の攻撃魔術であり、風の刃を作り出して、相手を切り裂く。


 威力としては軽く刃物で切られた程度ではあるが、牽制用としては十分な威力であり、デビィドはこれを鍔迫り合いの最中に作り出し、相手の隙を作る事を得意としていた。


 しかし、今は扉を吹き飛ばす事を目的として、風の刃を生み出した。


 特に頑丈でもない一般家屋の玄関扉程度であれば、吹っ飛ばすことも容易だ。


 実際、生成された風の刃が扉に命中すると、大きな音を立てて吹っ飛んだ。


 そして、現れる見覚えのある姿。


 黒髪のおかっぱ頭・・・・・に山羊のような二本の角、これ見よがしなインテリ眼鏡をかけた女性だ。


 服装も黒長衣トガ・プラなどという古風な出で立ちで、古の賢者を彷彿とさせる。


 頭に角が生えていなければ、人間と大差ない。


 そんな魔族の女参謀は、吹き飛ばされた扉の事など意に介さず、ニッコリと笑顔を見せてきた。



「お久しぶり~、勇者デビィドちゃん♪」



 これがこの女魔族の怖いところだ。


 見た目は美女、態度は友好的、しかし、その口には猛毒が含まれている。


 【甘言ルジンガ】と呼ばれる特殊スキルで、余程気をしっかり持たねば、心に刻む“警戒心”を掻き消して来る。


 警戒心が消えてしまえば、誘いにホイホイ乗ってしまう危険がある。


 悪魔の誘いに乗るなど、愚劣極まる行為ではあるが、警戒感が無ければすんなりと受けてしまう。


 そのため、ペコニアと戦うのであれば、【精神耐性】のスキルや装備は必須であり、低レベルであれば、それこそ大隊規模の洗脳すら可能だ。


 しかし、対策さえしていれば、それほど恐ろしくもない。


 なにしろ、ペコニアは魔王軍幹部では最弱であり、“個”の戦闘力であればデビィドからすればザコ敵に等しい。


 集団戦に特化したスキル編成であるため、単独なら余裕で蹴散らせる。


 それこそ、腑抜けて錆始めているデビィド一人でも、だ。



「白昼堂々、なんのつもりだ、ペコニア!?」



「や~ね~、もちろん今を時めく勇者様にご挨拶に伺っただけですよ~♪」



「挨拶? “お礼参り”の間違いじゃねえか!?」



「本当に挨拶ですよ。ほら、私、この国の王様に降伏したんですから♪」



「降伏だと!?」



「はい、これがその証拠よ♪」



 そう言うと、ペコニアは一枚のカードを取り出した。


 言わずと知れた『個人証明札マインカード』であり、国民であれば誰しもが所持している必携のアイテムだ。


 それだけに、デビィドは目を丸くした。


 あまりにも唐突に魔族が、それも魔王軍幹部が本気で降伏し、国民として迎え入れられたと言う事に、だ。



「本物か!?」



「もちろん♪ 前の国王リシャールはお堅い石頭だったけど、今のジャン王は柔軟な思考の持ち主で、“私達”の降伏を認めてくれたのよ♪」



「私……達、だと!?」



「はい、それではご紹介で~す♪」



 大仰に拍手をするペコニア。


 その後ろから、ちんまい少女が顔を覗かせる。


 波打つ金髪に赤を基調としたゴシック調のドレス。


 身長はペコニアの腰に届くかどうかで、せいぜい5、6歳程度と言った感じだ。


 いかにもと言った感じのお嬢様な装い、そして、妙に済ました勝気な表情。


 デビィドの目には、それが本物の・・・人間の・・・生意気な・・・・少女・・にしか見えない。


 なんの力も感じさせない女の子。


 だが、気配だけは妙に覚えがある。


 弱いはずなのに、威圧感だけは異様に高い。


 そして、デビィドは気付いた。



「ま、まさか……!?」



「はい、正解! この少女こそ、我らが魔王リボー様! そして、名を改め、新たなる魔王“リボンちゃん”です!」



 少女の姿をした魔王。


 ペコニアに紹介されようとも、にわかには信じられない。


 だが、その気配は魔王のそれ。



(魔王が転生して復活した! それも女の子に!)



 デビィドはそう認識するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る