第7話 マインカード (2)

 『個人証明札マインカード』は普段使いしている分、そこまで深く考察していなかったが、その成立した経緯には興味が湧いて来た。


 デビィドは更に詳しく話を聞くべく、ティエラに続きを促した。



「でもさ、ティエラ、探知系の魔術は効かないのか? 投影魔人ドッペルゲンガーに」



「それで調べる事も出来なくもないけど、擬態は完璧に近いから、かなり時間がかかるみたいよ。人間と魔人の種族間の差はあるけど、それを擬態してしまえるからこその投影魔人ドッペルゲンガーなんだしね」



「だよな。俺らが襲われた時も、襲われるまで気付かなかったし」



「そうね。あたし達の場合も、襲われたから反撃したって感じだし、普段通りにされたら見破るのは難しいわ」



「そんな状況で、陛下はどうやって対処したんだ?」



しらみ潰し・・・・・ってやつよ。文字通りの“国民皆検査”を実施して、都市シティはもちろんの事、村落ビレッジの住民まで一人くまなくね」



「気の遠くなるような話だな、そりゃ!」



「でも、それしか手が無かったわ。『こいつは投影魔人ドッペルゲンガーだ!』って訴えがあって、実際に処刑しても“普通の人間”だったって例が何件もあったから、国全体が疑心暗鬼に陥って、対処に苦慮していたのよ。擬態能力を見破れるレベルの魔術師なんて貴重だし、数が全然足りてなかったから」



「その状態じゃあ迂闊に処刑もできないし、冤罪が蔓延するだろうな」



「まあ、そこがペコニアの嫌らしいところなんだけど、陛下はそれを一つ一つ丁寧に潰して回り、結果として出来上がったのが『国民皆証明札オールイン・カードホルダー制度』よ。これを持っていない国民はすべからく犯罪者か模倣者だ、それくらい徹底してね」



「なるほど。国民全員の検査と、検査終了後のカードの配布。定期的に検査をすれば、カード配布後にすり替わってもバレるって話か!」



「特にヤバかったのは、制度施行当時の防衛次官と財務次官が投影魔人ドッペルゲンガーだって発覚した事ね。宮廷がハチの巣を突いた大騒ぎになったって話よ」



「マジかよ! お偉いさんもすり替わっていたのか!」



「やれ、『人手を使い過ぎる』だの、『予算の捻出が無理です』だの、とにかく反対、反対、大反対、だったみたいだけど、その反対していた重臣が犯人だったってオチ」



「まあ、情報漏洩に予算の無駄遣い、次官クラスになりすませば、本気で国の内部から浸食できるって話か」



「“なりすまし”ってそれだけ危険だって事よ。その後に制度は徐々に利便性を高めて行って、個人情報はもちろんの事、銀行口座の管理もできるようになって、重たい硬貨をジャラジャラ持ち歩く必要もなくなったわ」



「なるほど。自分自身の証明のために、『個人証明札マインカード』は必要不可欠って事か!」



「隣人が実は“なりすまし”だったと言うのを防ぐために、自分自身も含めて“本物”である事を証明しないといけない。監視が嫌だの、戸籍管理が面倒だのと言う奴なんて、結局は過去の犯罪歴のデータを消したいか、正体バレを嫌がる投影魔人ドッペルゲンガーしかいない。そういう世情を作ったリシャール陛下の功績よ」



「なるほどな~。高い税金にも、ちゃんとした理由があるって事か」



「平時ならともかく、戦時になりすましの間諜スパイが居座るなんて、致命傷もいいところよ、マジで!」



「国内の防諜体制の確立、金ってかかるもんなんだな~」



 税金をごっそり持っていかれるのは癪ではあるが、理由を聞かされた後では納得せざるを得ない。


 強盗を防ぐための費用だ。


 日々の生活における利便性や安全性を考えると、妥当なのは違いなかった。


 お偉いさんものほほんと豪奢な暮らしをしているようで、国全体の事をちゃんと考えているのだなと思うデビィドであった。



「まあ、それはそれとして、賞金、賞金!」



「んじゃま、山分けっと」



 支払われた“8億マネイの情報”が入った使い捨て小切手カードに、それぞれが持つ『個人証明札マインカード』をかざすと、賞金は分配された。


 銀行の預金残高をカードから確認すると、確かにそれぞれに2億マネイが振り込まれている事が確認された。



「よっしゃ! パァ~ッと今日は高級焼き肉店『JOJO炎』にでも繰り出すか!」



「勇者様、三日三晩、あれだけ飲み食いして、まだ足りませんか!?」



「腹が減れば飯を食う、当然の生理現象だ。食い溜めできない体は難儀だよな」



「冬眠前のクマじゃあるまいし」



「ガッハッハ! ほれ、行くぞ、行くぞ!」



 王城を後にした勇者パーティーは、城下の繁華街へと向かった。


 そして、それがある種の“お別れ会”になる事も察していた。


 魔王討伐が目的であった聖戦士モロコスと聖女スオーラは、神殿、孤児院へと戻り、かつての生活に戻る。


 大魔導士ティエラもまた、実家である大農園に戻るだけであるが、もちろん勇者同伴で帰るつもりだ。


 なお、勇者デビィドは王都を離れる気はなかったので、ティエラにどう別れ話を切り出そうかと悩みながら歩き出す。


 その歩みが別れ、あるいは、新たな旅立ちであると噛み締めながら、繁華街へと4人は消えていった。

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