第23話 白熱の紅白戦 3
紅白戦は熱気に包まれながら続く。
両チームの投手はランナーを出しながらも、後続をどうにか打ち取り三回までゼロ行進。選手たちもどうにか点を取ろうと、また点をやるまいと白熱している。味方同士とはいえ真剣な勝負が続いている。
そんな中、やはり他の選手とは一線を画す活躍をしていたのは、士郎と太一である。
先攻、紅組の攻撃中。四回の途中で打席が回ってきたのは、鷹助だ。ツーアウトランナー一塁の場面、鷹助は右打席からランナーを見る。ランナーは四球で出塁した八番の速水瞬。
瞬は一年生で野球未経験のうちの一人だ。中学までは陸上の短距離をやっていた。彼は中学の頃に高校野球の面白さに惹かれ、高校進学と同時に野球部を志願した。守備や打撃は周りには到底及ばないが、足の速さは太一にも負けず劣らずである。鍛え上げれば走塁のスペシャリストになれるかもしれないと、青嶋が目をつけている選手だった。
鷹助はこの打席、次の一番に繋ぐことを考えていたが、もしも瞬が盗塁を狙うならばアシストしなければと思っていた。自分が優心から打てる確率はほぼないと思っているが、ただでアウトを献上する気はない。ランナーと合わせて少しでもバッテリーを苦しめようとしていた。
セットポジションに優心が入る。プレートを外してランナーの様子を見る。瞬は牽制を警戒しているらしく、すぐに塁に戻る。
これだけ警戒していれば牽制で刺すことはできないかもしれないと彼は思ったが、キャッチャーの士郎は違った。
セットポジションからクイックで初球が投じられた。外へのボールになる速球だ。サイン通りのボール。
鷹助はそれを見送ったが、捕球音のすぐ後ベンチから「バック!!」と声が飛んだ。
「うえっ?!」
全員が驚いていた。士郎は捕球するや、膝をついたまま一塁へ矢のような送球を投げたのである。それは瞬の予想外の送球であった。投球と同時に行う二次リードで大きくリードを取っていた瞬は士郎からの急な牽制に対応ができず、戻ろうと振り返った頃にはファーストの秀人がボールを持ってタッチしに来て、余裕のアウトになった。タッチされた瞬は呆然であった。
「いや……流石の肩だ。惚れ惚れしてしまうな」
それを見ていた青嶋は彼の身体能力の高さに感嘆する。
士郎は超高校級とも言われる強肩を持っている。身長百七十五センチと上背はそれほどだが、高校生離れした強肩とパンチ力のある打撃、そしてリードが目を引く選手だ。小針工大附属の監督寺井がスカウトを断られたのに、未だに彼の名前を出しているあたりにも実力の高さが現れている。
まさしく守備の要。草薙高校の扇の要という大役にふさわしい、何にも代え難い選手である。
「あんなの見せられたら、ランナーもあんまりリードできませんね」
「そうだな。まさに抑止力だ。ランナーは下手に盗塁しようとしなくなるし、リードが小さくなれば進塁の可能性も下がる。ありがたい存在だよ」
キャプテンとして人を引っ張る責任感の強さもある。人格、野球の実力ともに優れた選手だ。こんな選手とは二度と巡り会えないかもしれない。そんな一期一会に、青嶋は心の底から感謝していた。
回は進み、次の回。五回の表。再び紅組の攻撃。
この回は瞬がアウトになったため、鷹助、光輝と続く打順だったが彼らは優心の前に打ち取られた。ツーアウトランナーなし。ここで迎えるバッターは。
「さぁ門前さん!ソロホームランくださいよ!」
二番センター、門前太一。彼はベンチからの声援を聞いているのかいないのか、いつものルーティーンで打席に入った。
「門前さん……天才って監督は言いましたよね」
「ああ。紛れもなく天才だよ」
バックネット裏で、優心と対する太一を見て二人は話している。
「あいつはな、理屈がない。なのにありえないほど打つ。天才と形容する以外方法がないんだ」
寺井が一目置いていた、もう一人の超高校級の選手、門前太一。彼は士郎とはまったく違うタイプの選手である。
彼は上背が百八十センチと高く、とにかく身体能力が高い。それでいて足が非常に速く、さらには投手として145キロを計測したほどの剛腕を持っている。守備面ではその凄まじい力を活かしてセンターを守り、先の小針との試合でも見事にタッチアップを阻止してみせた。
そして青嶋をして天才と言わしめるのは、彼の打撃である。
士郎は配球を読み、待ち球を決めて打つタイプだ。しかし彼は真逆である。来たボールを反応で打つタイプの打者である。これは本人の感覚と身体能力があるからできる打ち方だ。誰も真似することはできない、天性のものだ。
青嶋の見ている先で、太一はスローカーブをひっかけてファールにした。
「本人に聞いたことがあるんだ。打席で何考えてるんだってな。あいつなんて言ったと思う?」
「え……ストレート狙ってるとかですか?」
「いいや。打てると思ったら打ってるってさ。何にも待ってないというか、何も考えてないって言ってた」
「それであんな打つんですか」
そう。彼は本当に打席で何も考えていない。打てると思った時にバットを振る。本当に反応だけでバットを振っている。それでいてなかなか凡退してくれず、甘い球が来ると弾丸ライナーを弾き返す。それで小針のエースから鮮やかに打ってみせたのだから、青嶋も彼を天才と呼ばざるを得なかったのである。
彼らが見ている太一は、四球目に投じられた外角のシンカーを軽打、片手一本で捉えてレフト前に運ぶヒットを打って見せた。
「反応で打ってるし、その割にあんな器用なこともするんだ。すごすぎて参考にならないの代表だよ、あいつは」
青嶋はそんなことを言いながら笑っていた。友希は、笑うしかないんだろうと思った。教えることがない、いや、かなり難しいんだろう。センスありきの打撃だから。そう理解した。
「でもピッチャーはやらないんですか?左利きだし、ちょうどいいんじゃ……」
「あー、それはだな……そこだけ弱点なんだ。あいつ、ピッチャーやらせると恐ろしくノーコンになる」
「え、そうなんですか?」
「どうも止まってる状態から投げるのだけはダメらしいんだ。だからあいつの肩を活かせる外野じゃなきゃダメなんだよ」
天才にも苦手はある。センスで野球をするタイプだからこそ、他人に教えられて苦手の克服がなかなかできない。自分の確固たる感覚が必要だからだ。それが彼の弱点であった。
「ま、あいつの場合はあんな性格だし、のびのびやるのが一番だ。やりたいようにやらせるさ」
太一は塁上で楽しそうに小躍りしている。そんな陽気な性格も彼のいいところ。その特徴を存分に活かすことが、甲子園に出るために必要なことだと彼は頷いた。
紅白戦はいよいよ終わりを迎えた。七回裏、最後の打者がキャッチャーフライを打ち上げてそれを珠希がキャッチした。紅白戦はこれで終わった。
結果は、引き分けであった。ゼロ対ゼロ。両軍、攻撃よりも守備での好プレーが目立った試合だった。
試合後、両投手はアイシングをしつつミーティングが開かれた。
「試合お疲れ様だった。両投手見事な投げ合いだった。守備陣もそれに負けないくらいの活躍だった」
この試合を総括した青嶋は、守備について褒め称えた。
「この試合はレギュラーを決めるのに参考になる試合だったよ」
そう言うと、青嶋は一度全員を見た。
「トーナメントはミスをした方が負ける。一つのエラー、一つの四死球、一つのサインミスが勝敗を大きく分けてしまう。今日のような締まった試合ができれば勝ち上がれる。ただ……攻撃はかなり課題がある。走塁と攻撃はさらに磨きをかけなければ上では勝てない。夏の大会まであと一か月半くらいだ、そこまでさらに磨きをかけよう」
「はい!」
「で。いまから鴨川から試合の動画を送ってもらおう。一イニングごとに撮っているから各自確認するように。鴨川、頼んだ」
「了解です」
「じゃあ、昼休みにしようか。練習再開は十三時な。佐武、一旦終わろう」
「はい。気をつけ!礼!」「あざした!!」
白熱の紅白戦が終わり、皆それぞれ部室に引き上げていく。この後青嶋は昼食のおにぎりを食べつつ、友希から送られてきた動画と共にメモを見返しつつレギュラー候補を絞り込んでいく作業を始めた。
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