第015話 陽動

 外に出ると、市場は竜巻でも通過したのかと思うほど荒れ果てていた。

 軒先に並んでいた出店は倒され、商品が道に投げ出されている。


「うげっ!?」と、この惨劇の立役者が、引き攣った顔をしていた。


 リーネが生み出した岩の獅子が市場を駆け抜けた際、強風ですべてが吹き飛ばされたのだ。

 持て余した力のせいでやり過ぎる。旅に出る前に、魔素を抑制する呪いのアイテムなんかを装備させた方がいいんじゃないかと、リシアには真剣に相談したいところだ。


「リーネさん……」と、俺は残念さを顔面に濃縮させていた。

「賊どもめ! こんなに酷いことをするなんて! 絶対に許せない!」

「いや、どう考えてもこれはリーネさんのせい……」

「あー!? まだあんなに一杯いる! ほらルウ! 早くやっつけないと!」


 大きな声で誤魔化している。

 だけど、指差した方向を見ると、確かに屋根の上に怪しげな人間が立っていた。

 七人。風貌は先ほどリーネにやられた人たちと似ている。

 こちらを見下ろす視線から、夜に潜むダークウルフのような静かな殺意が押し寄せている。


「……」


 瞬きをしていない。

 全員が、同じタイミングで呼吸している。

 強い意志を感じるのは視線のみ。立ち姿から人間らしい癖が抜け落ちている。

 立っているというより、配置されているようだ。

 こいつらも、誰かに操られてるのか……。

 目的が勇者一行の暗殺なら、魔王の手先なのか。

 わからない。情報が足りない。

 今はとにかく、ヴェルクと合流しないと。


「……!?」


 俺が走り出したのと同時に、賊も動き出した。

 魔力体術まりょくたいじゅつで脚力を強化させ、屋根の上から俺の前に着地する。

 賊は鞘から剣を引き抜き、躊躇いなく襲いかかってきた。

 自分も剣を手に取り、応戦する。

 魔素を筋力に変換している。一撃が重い。全身で受け流さないと、手から剣を叩き落とされる。

 賊の剣には理性がなかった。

 大振りの攻撃だから反撃できる隙は多い。でも相手は最初から、自分の体がどうなってもお構いナシといった感じだ。たとえ腹を切り裂かれても、賊は俺の首を切り落とすことだけに執着するだろう。この状態で中途半端に反撃するのは却って危険だ。一発で即死させなければ、道連れにされる。


「おっと、大丈夫? ルウ君」


 眼前に現れたアルが剣を受け止めた──素手で。

 魔力体術まりょくたいじゅつで身体能力を強化しているとはいえ、人間の皮膚ってそこまで固くできるものなのか?

 いくら本を読み漁っても、こんな情報はどこにも転がってない。

 と、驚いている暇はない。ヴェルクを追いかけるため、俺はアルたちの横を通り抜けた。


「危ないからルウ君は下がってた方が……って聞いてないか……」


 賊たちは執拗に追いかけてきた。

 リーネの花火のような爆発が屋根の上の賊を撃ち落とし、エルフィの精霊が蔓によって賊を捕らえていく。

 賊は勇者たちに任せよう。俺は前だけを見て走る。

 一つの路地を見た時、ヴェルクの後ろ姿が僅かに見えた。

 頭の中で地図を思い浮かべる。

 ヴェルクの入った路地裏は、かなり細かい分かれ道で入り組んでいるけど、いずれにせよ目抜き通りのどこかに出る。

 それなら二つ先の路地の方が直線的に目抜き通りへ向かえる。しかもその路地には民家の二階の通じる階段が表に出ている。

 俺は階段の手すりから屋根に上がって、目抜き通り沿いを走る。

 市場の騒ぎで通行人が不規則な行動をしている。屋根の上にいなきゃ、この人混みの中で身長の低いヴェルクを探すのは難しかった。


「いた!」


 人混みを縫うように走るヴェルクが、四人の怪しげな人たちに追われている。

 どういうことだ。目的は勇者暗殺じゃなくて、ヴェルクなのか?

 屋根から屋根へ跳び移り、追跡する。

 ヴェルクが再び路地に入った時、俺は屋根から飛び降りて、賊を踏みつけた。

 残る三人の賊は何の動揺も見せずに、剣を抜いてこちらへ走り込んでくる。

 反撃を予測していないのか、端から避ける気がないのか。恐怖心が感じ取れない。


「うぉっと!? お前ら、なんなんだ!? 何が目的なんだよ!?」


 剣を避け、賊の相手をしないように、未だ走り続けているヴェルクを追いかける。


「昨日の人攫いの仲間なのか!? ヴェルクを狙ってるのか!?」

「……」


 俺の問いに対して返ってくるのは、殺意たっぷり、瞬きをしない目だけ。

 よく訓練された暗殺者集団だって、もうちょっと人間味があるだろうに。


「ヴェルク! 次は右に進んで! ……って、そっちじゃないって!」


 パニックになっていたのか、ヴェルクは俺の言った方とは逆に、左の道へ入ってしまった。

 この先は行き止まり。

 窓のない建物に囲まれた袋小路。

 俺らは賊に追い詰められた。

 また予期せぬ行動をさせないよう、背中に隠したヴェルクに声を掛ける。


「大丈夫、お前は死んでも俺が守る。だから、ほんの少しでもいい。お前も勇気を振り絞ってほしい。ここを切り抜けたら、市場の方へ戻るんだ。あれは変な人たちだけど、凡人にもなれない俺とは違って、本物の才能を持ってる。彼らに任せておけば、どんな問題も解決してくれる」


 死んでも守るのは事実だけど、だからって守り切れる保証はない。

 実力がなければ、結局、他力本願。

 これだから護衛の依頼は引き受けないことにしてるだ。大抵、惨めだからな。

 というか三対一は普通にキツい。

 この賊が、昨夜の人攫いのように操られているなら、多少は温情を与えるべきかとも考えたけど、もうそんな余裕もない。

 確実に、一撃で殺す。

 目の前にいるのは殺人人形だ。死ぬ間際まで、反撃してくる。容赦はできない。


「……」


 無言のまま、気合を入れるために息を吐くということもなく、賊は正面から突っ込んでくる。

 一人目は真横に大振り。

 ヴェルクを後ろへ突き飛ばし、寸前で身を屈める。

 自分の剣は、切っ先を斜め上に向けた状態で停止させる。そうしているだけで、突進してきた賊の体が勢いのまま剣に突き刺さる。


「……!?」


 剣は心臓に刺さっている──にも関わらず、賊は心臓の最後の脈動が終わる前に、こちらに剣を振るってくる。

 胴体に刺さった剣はすぐには引き抜けない。だからといって賊と距離を取るのは却って危険だ。

 俺はあえて体を密着させ、賊の腕を掴む。

 少しの抵抗があったものの、すぐに体からガクッと力が抜け、こちらに寄りかかってくる。


「くっ!?」


 さらに二人、賊が切りかかってくる。

 俺は自分の剣を手放し、力尽きた賊の剣を奪いながら、右へ転がる。その際、剣を振り下ろした賊は、仲間もろとも俺の左胸部から腕を切り裂いた。

 体勢を整える時間もなく、もう一人の賊が上段から剣を振り下ろしてくる。

 まるでナタで薪でも割るみたいだ。

 動きはわかりやすい。簡単に剣で受け止めることができた。

 角度をずらし、剣を滑らせる。左前に踏み込み、相手の脇腹を切る。

 普通ならここで人は動きを止める。だが、この賊はやはり止まらない。

 痛みなど全く感じていない様子で、でたらめに剣を振る。

 慌てて後ろに転げ回ったが、右脇腹から左の鎖骨にかけて、賊の刃が俺の肌を切り裂いた。

 賊は止まらない。止まらない。止まらない。

 息を整える、考えを巡らす、落とし所を見つける、そんな情緒溢れた人間性など持たない。

 腹から血を流す賊が、踏み込んでくる。

 俺の剣を避けるつもりがない。体当たりでとにかく俺を押し倒して、身動きが取れなくなったところを、残った賊で仕留めに掛かるつもりだろう。

 引いてはいけない。引けば押し込まれるだけだ。

 躊躇わずこちらから足元へ踏み込み、相手の体を肩に乗せ、掬い上げるように立ち上がる。

 投げ飛ばした賊の向こう側。眼前には、上段から切先をこちらへ向けた最後の賊。

やはり仲間ごと俺を突き刺すつもりだったんだろう。今はタイミンクを逸して、身構えるのが数歩遅い。

 俺は前へ駆け出し、賊の頸動脈を切る。

 すぐに振り向き、先ほど投げ飛ばした賊が立ち上がったところ、心臓へ目掛け、剣を投げた。

 首か血を流す賊、心臓に剣が突き刺さったままの賊は、しばらくヨタヨタと歩いていた。

 軽く数歩引いて様子を見ていると、賊は倒れ、動かなくなった。

 新手あらても来ない。とりあえず脅威は去ったようだ。

 痛みは二の次。仕事が続行可能か、自分の損傷個所を確認する。

 致命傷とは言わないまでも、思ったよりも傷は深く、血が止まりそうにない。

 放置してたら十五分で確実に気を失いそうだな。リシアに支給して貰った丸薬を飲もう。

 勇者たちと比べると情けなくも感じるけど、三対一の戦いに勝って、この程度の傷で済んだのなら合格点だろう。


「ルウ! 大丈夫!?」


 火の粉の輝きを纏ったリーネが、上空から降りてきた。

 一瞬、肌がピリッとするくらいの熱風が吹く。温度差で生まれる上昇気流を利用しているのだろうか。

 器用なものだ。

 そんなに器用なら、魔術の威力だって加減できるだろうに。


「げっ!? すっごい怪我!?」

「大丈夫ですよ。この程度なら、そう簡単には死にません」

「この程度ならって……めっちゃ血ぃドバドバ出てるけど!? もったいないよ!?」

「もったいない?」

「あ、いやぁ……ほら、早く止血した方が、血を無駄にしなくて済むんじゃないかなぁと」

「反射的に血が美味しそうに見えたんですか?」

「いやいや、今は満腹だから、そんなことはないよ! アハハー!」

「今は……ね」


 リーネは倒れた賊たちを見る。


「ふーん、剣の扱いは上等なようね」

「どんなに上手くても、無魔じゃ戦力にはならないんですよ」

「そうかしら。痛い思いをするとわかっていて、それでも誰かを守るために戦える人って、それだけで十分戦力になると思うけど。少なくとも、私は見直したというか……なんというか……」


 頬を赤らめたリーネはどんどん顔を背けていく。恥ずかしがるのは、本当に称賛してくれている証拠か。


「お世辞を言っても俺は喜んだりしませんよ?」

「そんなんじゃないってぇ!」


 興奮状態が冷め始めると、意識が薄らいできた。意外と早くきたな……。

 ベルトのポーチから革袋に入った丸薬を取り出そうとした時だった。

 どこかから跳躍してきたアルがドンッと着地し、地面を割ったかと思えば、エルフィが穏やかな風に乗ってふわふわと降りてきた。


「うわっ!? ルウ君、大怪我してる!?」

「すぐに治すので、待っていてください。アクエラ、ヴェントラ、ルウちゃんの傷を癒してあげてください」


 金色の光に照らされると、体の芯まで温かくなっていく。

 すぐに痛みがなくなった。切れた服から無傷の肌が見える。

 服についていた血液まできれいになっている。

 それに──


「お、おお!? 凄く体が軽くなりました!」


 軽い!! 羽のように軽い!!

 普通の回復魔術や回復薬ポーションじゃこうはならない。

 たぶん、エルフィの精霊による治癒には、物凄く強力な浄化の効果も含まれてる。

 知らず知らずのうちに肉体に蓄積していた精神的なストレスが排除されたのだろう。差が激しい分、感動もひとしおだった。


「あ、ありがとうございます」


 俺には精霊が見えないけど、一応そっちの方にも、心の中で「ありがとう」と祈っておこう。


「ふふ……」


 何やらエルフィがニコニコとしている。


「どうかしましたか?」

「いえ、精霊さんが『どういたしまして』と」


 伝わってた………………恥ずかしっ!

 その時、ヴェルクがまた走り始めたのをアルが止めた。

 恐怖に駆られて、また走り出そうとしたのか。


「どうしたの? ヴェルク君」

「ぼ、僕のせいだ……僕がいると、みんな危ない目に遭う……」

「俺の傷のことを気に病んでるなら、気にしなくていいよ。エルフィと精霊のおかげで、すっかり治ったし」

「そうじゃない……」


 よく見れば、ヴェルクはもう、恐怖に心を支配されているような顔をしていない。

 悲しそうな表情の奥には、むしろ覚悟すら滲んでいる。


「アイツらが襲ってくるのは……僕のせいなんだ……」

「それって、どういう意味?」

「僕の体には……特別な超能スキルがあるんだ……」


 ヴェルクが真剣な面持ちで何かを打ち明けようとした時、場の空気を破壊するように、リーネが野太いゲップを響かせた──


「おっと、失礼……」


 一メートルほどの炎が、口から噴き出すゲップを。

 胃袋に溶鉱炉でも入ってるのか。

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