第6話 悪役登場


夜になって、お父さんことトルキアが帰ってきた。

「ただいま」といって玄関から声がしたんだけど、異世界っていったいどこにあるんだろう。西武線沿線だろうか。


――西武線が異世界アクセスだったアニメもあったなあ。


のん気にソファでテレビを見ながらそんなことを思っていたが、リビングに入ってきたお父さんも、すでにお父さんではなかった。


――わあ。お父さんはイケオジ系かあ。


鼻の下の髭も髪も亜麻色で、ちょっと品のよいイギリス紳士みたいだ。

マントと剣を持って、それなりの衣裳を着たら三銃士とか似合いそう。

お父さんはわたしを見ると、目元に皺を作って微笑んだ。これは演技じゃないと思う。


「よかった、華乃。落ち着いたみたいだね」

「うん、まあ……」


そういって頭を撫でてくれる。

全然違う姿になったのに、お父さんが、いつものお父さんでいてくれることに、わたしは不覚にも泣きそうになった。


お父さんも、ユミルお母さんも、ベクトル違いの凄イケメンだけど、やっぱりずっと一緒に暮らしてきたお父さんとお母さんだった。姿のことを除けば、これはいつもの我が家だ。


でも、お父さんの背後にもう一人気配があって、わたしは一気にのんびりモードを引っ込めた。お父さんはにこやかにわたしの背を押して立たせ、廊下から部屋に入ってこない人物を紹介しようとする。


「まだ、昨日のアクシデントの原因がわからないからね、警護の人員を増やしたんだよ」


入ってくれと促されて、背の高い人物が少し頭を下げ気味にしてこちらに来る。お父さんの声が穏やかに響いた。


「名前はね、そう……とおる君というんだ」

「……」


――また、テキトーな名前を。


ユミルを有美にしたみたいに、それっぽく日本風の呼び方にしたけだと思う。だって、全然日本人に見えない。


韓流スターみたいに筋肉質で引き締まった体形。彫りがあって切れ長の綺麗な二重。セクシーな唇。短めのツーブロックで、ちょっとクルっと天パっぽくなった黒髪。

お父さんと同じで、まあまあ街中は歩けそうだけれど、SWATみたいな黒の上下を着ていて、特殊部隊の人みたいにカッコいい。

お父さんが三銃士なら、こっちは王子様みたいだ。ただし、だいぶ不愛想で怖めだけど。


「はじめてお目にかかります」


――わ、何この騎士スタイル……。


イケメンはピシッと片膝を突き、恭しく礼を取る。わたしはたじろいだ。


「ど……どうも」


本名わからずの徹君とやらは、低くて少し硬さを感じる声だ。

お世話になります……くらい言ったほうがいいのだろうか。


――いやもっと姫っぽく……。


でも、考えれば考えるほど演技っぽくなりそうで、恥ずかしくてできない。

ああ、ここで優雅に手の甲にキスでもされたら、最高にお姫様シーンなのに。


――でも、わたしはそういうキャラじゃないんだよ~。


つい我に返ってしまう。気恥ずかしさでノリきれない。見上げてくるイケメンの圧に耐えきれなかった。


――うう。オーラが凄すぎる。


ここで目を逸らしたら失礼なんだろうか。眼圧に耐えているうちに、わたしたちはにらみ合いとしか言えない感じになった。



お父さんだけ焦っている。イケメン君は急にお父さんに向かって尋ねた。


「この、虜囚りょしゅうのような服装は……」

「へ、部屋着ですっ」


お父さんに聞いているのに、わたしはテンパって出しゃばってしまった。緑の中学ジャージは左胸に名前が縫い取られているから、囚人服に見えるのかもしれない。

でも、虐待されてるわけじゃない。わたしは色々言い訳してみる。


「中学のときので、もう五年も着てるから、いい感じに生地がクタクタで、着てて楽なんですよ。胡坐あぐらもかきやすいし」


――はっ……わたしったら、イケメンを前に胡坐なんて言っちゃったよ。


「そうですか」


――クソ真面目に返事しないで。


「華乃、徹君はね、まだこちらに来たばかりであまり現代日本の知識がないからちょっと聞いてみただけなんだ」


「あ、そ、そうか……」


――そうよね。地球初心者なんだもんね。


そりゃ“そうですか”としか言えないわ……内心でそう納得させるけど、この気づまりな沈黙をどうしていいかわからない。でも、お父さんは平常運転だ。


「徹君は私やユミルよりもずっと敵の気配を察知できる。華乃の身辺を守るための、心強い援軍なんだよ」


だから、仲良くね……という言外の念押しも込みでわたしは頷いた。ここはひとまず、父の誘導通りにしたほうがいい。


「じゃあ、徹君には華乃の隣の部屋を使ってもらおう。ユミルは私の部屋を使うといい。お父さんは、リビングで寝るから」


「えっ! 泊るの!?」


――女子高生の隣部屋に男子??


いくら地味を絵に描いたようなモブ女子とはいえ、私だって年頃の女子というカテゴリーだ。一つ屋根の下に暮らすなんて、むしろそちらのほうが危険度が高いのではないか。


――第一、緊張するよ。


隣室にイケメン男子なんて、うっかりオナラもできない。

私は言うに言えず口をパクパクとした。けれど、不愛想イケメンは表情一つ変えないで言った。


「警護なのだから当然です」

「……」

「何か、心配なことでも?」


お前なんか警備対象という以外、興味は一ミクロンもない……と言われたようで、わたしはカーっと頬が熱くなった。


――そ、そうでしょうよ。アンタみたいな超絶イケメンにとっちゃ、雑魚女子なんか女性の内に入らないんでしょ。そんなの知ってますよ。


すごい自意識過剰のイタい奴だと言われたようで、猛烈に恥ずかしい。


「なんにもございませんですよっ」

「華乃」


せいぜい姫君として格好をつけようとした挙句噛み、わたしは大恥をスルーしてイケメンの横を通り過ぎなければならなかった。まだ自分の顔がどう映るかは自信がないけど、ちらりと揺れるふわふわの金髪だけが私の心の支えだ。


――モブだけど、モブじゃないもん! 一応、この人より立場は上だもん!


忘れてたけど、わたしは王女様設定なのだ。少なくともこの人たちにとっては雑魚女子ではない。

ダンダンと階段を上がり、これ見よがしに音を立てて扉を閉める。


「なんなん! あの人!」


――わかってるよ。わたしが一人で妄想を逞しくして、自爆しただけですよ。


勝手に自意識過剰になって逆ギレした自分が悪い。わかってる。でも、やさしいユミルやトルキアとどうしても比べてしまう。


でも、わざわざ増員された人なのだから、どうしたってしばらくは一緒に暮らすことになるだろう。


「サイアクじゃ……」


二日目の夜も、わたしはキャパ越えで眠ることになった。



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