視線の先のあなた

ピヨミソ

第1話

最初に言っておこう。


これは、私の他愛もない、大きな山も無ければ谷も無い、至って普通の日常の一部を切り取っただけの話である。


普通と言いつつも、そのときの私にとっては少しばかり、ほんのりと色付いた時間ひとときであったとだけ付け加えておく。





「ミランダ、どうしたの?ぼーっとしちゃって。」


「あ、ごめん。」



友人のノーラに指摘され、我にかえる。

校内のカフェテリアで友人たち数人と休んでいたのだが、急に話に入ってこなくなった私が気になったようだ。


「なんでもないよ、お腹いっぱいになったからか、眠くなっちゃった。」

「ご飯の後って眠くなるよね。」

「わかる。昼の後の講義が一番眠い。」

「次の講義なんだっけ?」


私の返答に友人たちが次々と反応し、そのうち話題は次の講義のことへと移っていった。



(…良かった、みんな私が彼を見ていたことには気付かなかったみたい。)



先程ぼうっと眺めていた方向に再度目を向けると、明るい金の巻き毛をした男子生徒が、友人らと談笑している様子が見えた。


私はその子の名前を知らない。実のところ全くもって面識は無い。けれどもついつい、目が行ってしまうのだ。



初めてその男子生徒を認識したのは、一月程前に校舎内を歩いていたときだった。


私が歩いていた前の集団の中に、一際明るい金の巻き毛が見えた。

自分がくすんだ茶と金の混じった色の髪色をしていることもあり、混じりっけの無い金一色を見て、


(綺麗な髪の色をしている子がいるもんだなぁ)


と、その時は羨ましさ半分でその後ろ姿を眺めていた。


だがそれからというもの、その“金髪の彼”を校内でよく見かけるようになった。

決して遭遇頻度が増えた訳ではない。おそらく彼のことを特定の人物と意識するようになったため、目に付く頻度が増えたのだろう。



そうして彼の姿を見つけるたび、気付けば目で追っている自分がいた。


最初は髪色にのみ注目していたため、実のところ彼がどんな顔をしているのかほとんど意識していなかった。けれど一月も経つと、彼が凛々しい顔立ちで、意思の強そうな眼差しをしていることに気付いた。


そのすぐ後、彼の近くを通り過ぎたときに彼の瞳が翠色であると知った。


ある日ふと耳にした彼の声は、自分の想像と違って低いバリトンボイスであり、一人ひそかに驚いた。


私は教養課程を専攻しているのだが、受講している講義が重なることはこれまで一度も無かったので、きっと専科が違うのだろう。



…すべては取るに足らないこと。

だけど、一つ、また一つと彼のことを知っていく。


彼は周りが馬鹿騒ぎをしていても、一歩下がったところから見守るようにして輪に入っている。どこか俯瞰して物事を見てるとか、一線引いてると言われる自分に似たところがあるのも、興味を引かれる一因なのかもしれない。



「…ところでミランダ、」



ノーラが私を覗きこむようにして話を振ってくる。どうやらまた、遠くへと意識を飛ばしてたのがバレたらしい。


「ユール君とは最近どうなの?」

「どうって、変わらず仲いいよ。」


ユールとは私の幼馴染であり、彼も同じ学校で数学課程を専攻している生徒だ。

彼は“金髪の彼”の細かい長めの巻き毛とは異なり、大きく波打つような黒い髪で甘い顔立ちをしている。人懐っこい性格とそのルックス、加えて由緒あるラング家の跡取りであることから、女子からは大変な人気がある。


そんなユールだが、私のお付き合いしている彼だったりする。


私のどこがいいのかわからないのだが、昔から彼は私のことが好きだと何度も気持ちをぶつけてきた。私は彼に同じだけの気持ちを返すことができないと、ずっと断り続けてきたのだが、この間とうとう根負けしてお試し期間で…ということで付き合うことになったのだった。


私にとってユールはそばに居て当たり前、もはや家族。友達以上で恋人未満。そんな説明が一番しっくりくる関係だった。


「…仲が良いなら、よかった。」


少し心配を含めて返したノーラの様子に、この時の私は全く気付いていなかった。





「やあ、ミランダ。」

「ユール。もしかして待っててくれた?」

「ああ、今日は同じくらいの時間に講義が終わると思ってたから、一緒に帰れると思って。ほら、かばん、持つよ。」


自然な動作で私からバッグをとり、反対の手で私と手を繋ぐ。こういった動作を嫌味なくできるのは、ユールの一種の才能だと思う。


「ミランダの手、冷たくなってる。」

「もうすぐ春になるっていうのに、今日は特別寒いよね。手袋持ってこれば良かった。」

「今日のところは僕の手で我慢して。もうすぐ停留所に着くから。」


ユールと一緒に帰るときはいつも、乗り合い馬車ではなくユング家の専用馬車に乗って私の家の前まで送って貰っていた。

専用馬車を持ってることからも分かるように、貴族制度が廃れた今でも、時代の変化にいち早く適応したラング家は、その栄華を未だ保ち続けている。


一方、私の家は至って普通。

父は弁護士で母も教職員として働いているので、収入面だけを見ると所謂中流家庭に属してはいるのだろうけど。


父親同士の仕事の繋がりや、家が近所で無かったなら、ユールと私は一生関わることは無かったように思う。


ちなみに、ラング商会といういずれ継ぐことになる家業のあるユールは、本当は大学に行く必要なんて無い。けれども人脈作りと本人の興味のためだけに、大学へと毎日通っていた。


「ほら、早く乗って温まろう。中は幾分ましだよ。」

ラング家の馬車の前まで到着し、ユールのエスコートで中に乗り込む。そのとき、視界の端に大通りへと歩いていく金髪の彼の後ろ姿が見えた。


(寮ではなく通いなのかしら)


「ミランダ?」

「あ、ごめんなさい、またぼーっとしちゃった。」


名前を呼ばれ、慌ててその場を取り繕う。


…いけない、ユールと一緒にいるっていうのに。


意識がどこかへ行ってしまっている私を引き戻すためか、ユールは私の隣に座り、いつもより強く私の手を握った。





変化があったのは、寒さも落ち着いて過ごしやすい季節になった頃だった。



このときは試験期間だったため、私は放課後に一人残って図書室で勉強をしていた。


ちょうど集中力が切れたタイミングで教科書から顔を上げると、入り口付近にいた見覚えのある翠の目と目が合った。


が、一瞬で互いに目線を逸らす。


(…目、合っちゃった。)


私が盗み見をしているとき、彼の視線がこちらを向くことは今まで一度も無かった。そのため、しっかり目が合うのはこれが初めてのことだ。


自分でもよくわからないのだが、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、気分が高揚した気がした。





金の髪の彼は、昼休みに見かけることが多い。



というのも、彼のグループも私も、ランチは毎日校内のカフェテリアを利用しているからだ。

しかも、絶妙な距離感にお互い定位置を作っている。


あの図書室の件以来、彼と目が合う回数が格段に増えた。


私が見ているときもあれば、彼の方がこちらを向いてるときもある。けれども、毎回その瞬間はほんの瞬き程度。他から見たら、目が合ってるとは思えないくらいの僅かな時間だ。


このときはノーラと二人で学食を食べていたのだが、食べている最中に視線を感じ、彼がこちらを見ていることに気付いた。いつもと同じで、合った瞬間に目を逸らす。ほぼ毎日こんな状態が続くので、毎回、彼とどれだけ相手に気付かれずに見つめられるかを競うゲームをしている気分になっていた。


「…ねえミランダ。ちょっと聞きにくいこと聞いてもいい?」


ランチの途中で、ノーラが躊躇いがちに聞いてくる。


「ん?聞きにくいことって何?」

「えっと…その、ミランダは、誰か、気になってる人でもいるの?」

「え」


気になってる人?


「ユールとはまだ続いてるよ?」

「うん、それは知ってるんだけど…」


ノーラは言いにくそうに口籠る。


「最近さ、ミランダはユール君じゃなくて、別の人に興味があるんじゃないかって思って。」


ノーラの指摘に、思わず目を剥いた。

まさか、金髪の彼のことを気付かれた?


「え、と、ノーラから見て、それって誰だと思うの?」

「…間違ってたらゴメンね。たぶんだけど、あそこにいる集団の一人と思ってる。」



…ノーラの勘は鋭かった。彼女の視線はしっかりと金髪の彼のいるテーブルを捉えていた。


「…うん、あたり。」

「そっか…」


ノーラは自分の考えが当たってしまったことにショックを受けているように見えた。

勘違いをしてほしくないので、慌てて否定の言葉をかける。


「でも、好きとか、そういった恋愛感情じゃないの。ドキドキするっていうより、今日見れてラッキーみたいな。」

「でも、その人からもし告白されたらどうする?ユール君のことは置いといて、付き合う?」

「付き合わないよ。向こうも彼女がいるっぽいし。本当に、そういうのじゃない。」


事実だ。

彼のことを見ていてわかったのだが、結構な頻度で特定の女子と二人できりでいる。きっと彼とお付き合いをしている彼女ガールフレンドなのだろう。


そして、私がそのことに対し、感情が揺さぶられるようなことはこれまで一度も無かった。


「私、てっきりミランダはユール君から別の人に気持ちが移っちゃったんだって勘違いしてた。」

「まさか。本当に違うから。」

「うん、今の話聞いてわかった。…私さ、ミランダとユール君のセットが好きなんだ。だから、最近ちょっと心配してた。」

「心配かけてごめんね。安心して。浮気してるわけでも、ましてや乗り換えるわけでもないからね。」



最後の言葉は、まるで自分にも言い聞かせているような感じがした。





ノーラに別の人に目移りしていると指摘された後、私は大いに反省した。


彼女が特別鋭いといっても、他の人にも気付かれている可能性はある。


特に、金髪の彼のことは、ユールにだけは知られたくなかった。それが罪悪感から来るものなのかはわからない。とにかく、不誠実なことをしてるとは思われたくなかった。



(金髪の彼を目で追うのはもう終わりにしよう。)



そう思っていた矢先、事は起きた。



授業終わりの帰り道、校舎の敷地内を歩いていたとき、どこからともなく飛んできたボールが、私の頭に見事にぶつかった。


それほど硬くはないものだったのだが、予期せず当たった衝撃と痛みで身体がふらつき、思わずその場に蹲ってしまった。


ボールを飛ばした学生はすぐに謝ってきたが、こちらが大丈夫と言うと、元いた方へそそくさと戻っていってしまった。


道の真ん中に座りこんでいては邪魔になる。道の脇にベンチを見つけ、フラフラと移動し腰を落ち着ける。

すると、


「大丈夫ですか?」


僅かに聞き覚えのある低い声が、頭上から聞こえた。


顔を上げると、金髪の彼が目の前に立って、心配そうにこちらを見ていた。


「…はい、なんとか。まだ少し痛いけど。」


内心、驚きを隠せなかったのだが、それを表に出さないよう至って冷静に返事をする。


「冷やしたほうがいい。ハンカチを濡らしてくるから、待ってて。」


そう言うと、私の返事を待たずして彼はベンチから立ち去ってしまった。


…まさか、彼に声をかけられるとは。

じんと痛む頭よりも、彼と接触している事実に衝撃を感じている。


数分もたたないうちに、彼はどこかでハンカチを濡らして来たらしく、戻ってきてすぐ、それを私に手渡す。


「はい、これ、患部にあてて。」

「どうも、ありがとう、ございます。」


おそらく彼とは同学年であると思うのだが、敬語を使うべきか考え倦ねて変な言葉の切り方になってしまった。


受け取ったハンカチをぶつけた箇所へと持っていく。ひんやり冷たくて気持ちいい。


「ボールが飛んでいくのを見てたんだけど、結構な勢いだったよ。」


そう言いながら、彼は私の横に腰掛ける。


「ぼんやりしてたから、全然気が付かなかったの。たとえ気が付いてても、私、鈍臭いから避けれたかは微妙だけど。」

「…ボールで遊んでた奴ら、俺のツレだから後で注意しとく。」

「ありがとう、出来れば人が少ないところでやってって言っといて。」

「うん、わかった、伝えとく。」


そのやりとりの後、しばらく無言になる。

お互い、これまで視線を向けてたことについては触れないし、名前を聞くようなこともしない。


彼の方に目を向けると、なんとなく予想してた通り、彼もこちらを向いていた。そして、いつもと同じで、互いにすぐに視線を逸らす。


…やっぱり、綺麗な金色の髪をしているな。


「えと、そのハンカチは返さなくていいから。」


「いえ、そんなわけには。冷やしたおかげで、大分よくなりました。」


「どのへん?」


「え?ああ、ここらへん。」


ボールがあたった部分を聞かれたので、指をさして該当する箇所を教える。


「…ちょっと失礼。」


彼の指が私の頭に触れる。僅かに緊張した指先が頭を撫でていく。その体温を感じた瞬間、ドキりと胸が騒いだ。


「…瘤になってるかも。まだしばらく冷やしといたほうがいい。」

「でも」

「それ、使い終わったら気にせず処分しといて。…それじゃ。」


そう言って、彼は走り去ってしまった。

彼が撫でたところを自分でも撫でてみる。瘤にはなっていない。

触れたかったから、触れてみた。そんな感じだった。


…ぶつけた箇所よりも、顔のほうが赤くなっているかもしれない。



「ミランダ、こんなとこでどうしたの?」


「ユール!」


通りかかったユールが、声をかけてきた。帰り際にベンチに座ってぼんやりしている私をたまたま見つけたらしい。


「向こうからボールが飛んできて、避けれなくてぶつかっちゃった。それでちょっと休んでたの。」

「大丈夫?医者に診てもらう?」

「そんな大げさだよ。」

「どこ?ぶつけたところ。」

「ここらへん。今冷やしてたところなの。」


さっき金髪の彼とやりとりをした時のように、指をさして教える。


「ちょっとごめんね。」


ユールはそう言うと、私の指と押さえてたハンカチをどかせて、頭を撫でる。


「触ると痛い?」

「ううん、大丈夫。」

「ボールをぶつけた奴は許せないな。今日この後用事ある?家まで送るよ。」

「ううん、何もない。ありがとう、助かるわ。」


ユールは撫でた部分に軽いキスを落とし、手を引いて私を立たせる。



…私が今、熱を持っていると感じるのは、どちらの行為によるものなのだろうか。手を引かれ、俯きながら自問自答した。







(…懐かしいことを思い出しちゃった)




暖かな昼下がり、庭のデッキにあるチェアに座りながら気持ちのよい風を感じていると、思考が過去へと飛んでしまっていた。



学生時代なんて随分前のことだというのに。



きっと同じような季節のことだったから、ふいに思い出がよみがえってきたのだろう。



「何を見てるんだい?」

部屋の窓から声を掛けられ、意識が現実に引き戻される。



「あ…あなた。ええと、子供たちが戯れてるのを見てただけだよ。」


私の視線の先には、かけっこをして仲良く遊んでる我が子たちの様子が見える。


「三人仲良く遊んでるね。はは、こうして遠くから見ても、ほんと、みんな僕にそっくり。少しくらい君に似ても良かったのにな。」


彼は部屋から出て私のいるデッキの方へと足をすすめる。

彼が自分にそっくりというように、子供たちはみんな、顔立ちから何から何まで全て夫に似ていた。


「ほんとにね。でも、私としては、願ったり叶ったりよ。三人ともみんな混じりっ気のない綺麗な髪色だし。」


そう言って、子供たちへと視線を戻す。


自分のくすんだ斑な金髪に似なくて本当によかった。

波打つ純粋な黒い髪も淡い茶色の瞳もみんなお揃い。

彼と四人一緒に並んだら、親子であることが直ぐわかるくらいに同じ顔立ちをしている。



肩をすくめ、おどけるようにして思ったことを伝えると、ユールは私の肩に手を置き、優しく笑顔を返した。



学校を卒業後、私は父の仕事に縁のある法律関係の事務所に就職した。

しばらくは仕事で忙しくしていたのだが、一年も経たないうちに、ユールから熱烈なプロポーズを受けた。私は彼の強い希望もあって、直ぐ様ラング家に嫁入りし、立て続けに三人の子を設けた。仕事は一人目を妊娠したタイミングで辞め、今は家政と育児に精を出す毎日である。


夫となったユールは、学生時代からお手伝いをしていた商会の仕事をお父上から引き継ぎ、大学で築いた人脈も上手く活用しながら、今では若社長として立派にラング商会を盛り立てている。


一方、あの人はというと、私が直接聞いた訳ではないのだが、噂にれば当時お付き合いをしていた人と数年前に結婚したらしい。いま何処で何をしているかまでは、私の耳には入ってこなかった。



――あのときの僅かなやりとりの後、私たちはお互いに何も無かったかのように時を過ごした。



偶に視線が交差することがあっても、彼とどうにかなりたいという気持ちは湧くことはなく、おそらく向こうも同じ気持ちだったのだろう。目が合う頻度も次第に減っていき、そうして何も無いまま卒業を迎えた。彼から受け取ったハンカチは、何処へ閉まったのか、わからなくなってしまった。



勝手な想像でしかないかもしれないが、私たちは、確かにあの瞬間、互いに恋を「しそうに」なった。



あのときの一瞬の視線の交錯と、ほのかに感じた指先の感触は未だに頭に焼き付いて離れない。



二人して同じ気持ちを共有したあの瞬間は、おそらくこれから先も、私の学生時代の甘酸っぱい思い出として記憶に残っていくのだろう。



「…ミランダは、たまにどこか遠くを見る癖があるよね。」

「?そうかしら。」

「うん、その熱心な視線の先に、僕がいたらいいなと何度も考えたことがある。」

「何それ。」

「ちょっとした嫉妬だ。いつまでも子供なんだよ、僕は。」


いつにない物言いに、彼のほうを見上げると、どこか不安気な顔をしていた。

きっと、ユールは学生時代、私が視線を向けていた金髪の彼のことに気が付いていたのだと思う。そして、今まで敢えてそのことに触れるようなことはしてこなかった。




(彼は勘違いをしている。)




「…ユールは、いつも近くにいてくれるから、遠くを眺めなくてもいいもの。」

「つまりどういうこと?」

「もう、察してよ。あなたはそれだけ特別ってこと。」

「ミランダの言い回しは含みが多くていつも難解なんだ。もう一声!僕にもわかるように、簡単な言葉でお願い。」


ユールがお願いのポーズをしてこちらに懇願してくる。


彼はいつも、どこか距離を置いてると言われがちな私に対し、遠慮なく感情をぶつけてくれる。

『ミランダは一線引いてるわけじゃなくて、人よりも頭の中でいろんなことを考えているから、反応が遅れちゃうんだよね。』そう言って、よくぼんやりしてワンテンポ遅れる私のことも、見捨てることなく理解してくれた。

それだけじゃない、ユールは遠くから眺めるなんてことをしなくても、いつでも私の側にいてくれた。


それがどれだけありがたいことで、私にとって特別なことなのか、彼はわかってないらしい。


昔は彼と同じだけの気持ちを返すことが出来ないと思っていたが、実はずっと前から、彼と同等以上の気持ちを自分の中に持っていたのだ。


…そのことに気付くまでに、随分と時間がかかってしまったのだけど。


「ユールのことが一番大好きです。あ、ごめん、子供たちの次にだった。」

「子供たちの次でいい、その言葉を聞きたかった。」


ユールの手が私の頬に滑り、額に優しいキスをする。

この温かなふれあいが、今の自分にとって何よりも幸せな時間だった。



ふと、子供たちの声が止んだことに気がつく。

庭先に目をやると、三人が同じ方向を向いて遠くを見つめていた。



「静かになったと思ったら、なんか見てるね。」

「動物でも見つけたのかしら。」

「さっき三人とも僕に似てるって言ってたけど、仕草はミランダそっくり。」


彼の言う仕草とは、遠くをぼんやりと見つめることだろう。

子供たちの視線の先に目を向けると、馬を引いてこちらに向かってくる警官姿の男性が見えた。

この辺りの担当警官とは顔見知りなのだが、その男性には見覚えがない。



「制服が金色のボタンだ、官僚クラスの新任かな?」

「だったら、この辺の挨拶回りをしてるのかも。…子供たちったら、いつもは誰か訪ねてくると進んで群がるのに、今日は近づこうともしないわね。あ、向こうは手を振ってくれてる。」


子供たちに向けて手を振った男性は、警戒した子どもたちに配慮したのか、それ以上近づこうとはせず私たちのほうへとやってくる。

目深に被った警官帽子のせいで年齢まではわからないが、背筋や身体つきから比較的若い人物であるようだ。


少し近付いてきたところで、帽子の隙間から明るい金色の髪が覗き、どこか既視感を覚えた。





「こんにちは、お休みの所お邪魔してすいません。この度こちらの地域に配属になりましたので、この辺りの地主であるラング商会の方へと挨拶にまいりました。」



低い、耳に馴染むバリトンボイス。

互いの視線が交差し、セピア色の情景が彩りを取り戻す。



あ、と気づいたときにはもう遅かった。



こちらを見た力強い彼の翠色の瞳に囚われ、私は目を離すことができなくなっていた。





(おわり)

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