第6話 竜起《たつき》の戦い①
翌日も夜明けとともに小鬼の攻撃が開始された。粗末な腹当てを着けた小鬼が手盾を掲げて斜面を登って来る。その頭上では数百本の矢が交錯していた。
武者たちは弓と槍で必死に防戦に努めた。矢を放ち、槍で小鬼を刺し殺す。鬨の声と悲鳴が轟き、竜起の城は血と狂乱の渦に巻かれていた。
そのころ、直時はスズメがしたためた書状を追随させながら、一路、東を目指していた。スズメの叔父である
直時は最高高度から地上を見渡すが軍勢どころか人影すら見えない。道を間違えたのだろうか。藤崎義政という人は来てくれないのだろうか。それともすでに……。
様々な不安が去来し、焦りは高まる一方である。無意識のうちに拳が堅く握られている。それに気づくたびに自分を落ち着かせ、深呼吸をした。
「せめて義政様という方がどういう状況にあるのかぐらい確かめないと……」
幸い、それから間もなく、直時は街道に二〇〇人程度の集団を発見した。どうやら小休止の最中のようである。よくよく見れば、藤崎家の家紋を掲げている。
「あれだ! 見つけた!」
直時はその一団に向けて降下していった。
その一団は五〇人ほどが武者で、あとはその家族であろう。みな泥と汗にまみれたひどい有り様である。鬼の襲撃から逃れてきたのは明らかだった。
直時はそのなかに大将らしい壮年の武者が
直時は武者の背後から忍び寄った。
「し、失礼いたします。声を出さないでください。ええと、あなた様が藤崎義政様でしょうか」
壮年の武者は吃驚して辺りをきょろきょろと見回したが誰の姿も見えない。
「あ、あの、あなた様が藤崎義政様で……よろしいでしょうか……」
壮年の武者は声の主を捜すのを諦めて頷いた。
「いかにも。わしが藤崎義政だが、おぬしは何者だ。どこにおる」
「ああ、よかった。ご安心ください。ぼくはスズメ様からの使いの者です。書状を預かってきました」
「なに! スズメから!?」
「はい。お受け取りください」
直時は書状を義政の手元に落とした。訝りながらも書状を広げ、義政はその内容を読み進めた。その表情は見物であった。怒りと安堵と困惑と憂いが目まぐるしく彼の顔に浮かんでは消えるのだ。義政は書状をたたむと半信半疑の体で呟いた。
「赤城直時とやら。姿を見せよ」
「は、はい」
直時はおずおずと義政の前に進み出た。義政は掌ほどしかない大きさの人間が目の前でふわふわと浮いているのを見て驚いたようであったが、にわかに立ち上がるとあらゆる角度から直時を観察し始めた。
「あの……義政様……?」
「なんと、本当に人が浮いておるわ……この書状にあることはまことであった。スズメの奴め。空を飛ぶ小さき人に書状を託すなどと何を血迷ったかと思うたが……」
「申し訳ありません。信じられないのは無理もありませんが、お信じくださいませ」
わけもなく謝ってしまうのも彼の気の弱さゆえである。
「う、うむ。それで赤城殿であったか。スズメは無事なのだな?」
「はい。ですが、城は小鬼に包囲されています。急いで応援に行ってあげてください!」
義政は大きく溜め息をついた。苦悩しているようだが、あまりそうは見えないのがこの男の気質なのであろう。
「わしとてそうしたい。したいのだが、わしの屋敷も襲われてのう。昨日、ようやく妻子と手勢を連れて脱出したばかりで、兵は疲れておるし傷ついておる。ここにおる者どもを連れてくるのがやっとだった。しかも、物見の報せによれば、スズメの屋敷は一〇〇〇を越える小鬼どもに囲まれていると言うではないか。スズメの兵とわしの兵を合わせても三〇〇にもならぬ。スズメと連絡を取ろうにも近づくこともできぬのよ」
「連絡を取れれば勝てますか?」
「うむ。わしとスズメとで敵を挟み撃ちにできれば勝てよう。しかし、それには城と我らとでうまく呼吸を合わせなければならぬ。片方が突出してしまえば袋叩きにされるだけゆえな」
直時は己を奮い立たせて言った。
「では、城との連絡はぼくがやります。こうしてここまでやって来れたのですから。だ、大丈夫です!」
「なるほど、お主がのう。よろしい、任せよう。ではこちらからも書状を出す。スズメに届けてやってくれ」
「は、はい!」
直時は義政の書状を持って、全速力で竜起の城に戻った。城では未だ激戦が続いている。武者たちは疲れも明らかだが、スズメの懸命の激励を受けて、なお戦意を保っていた。
直時は屋敷の庭で指揮を執るスズメを発見した。
「スズメ様! 義政様から書状を預かってきました!」
「おお! ようやってくれた! 叔父上はご無事であったか」
「はい。やはり、義政様も鬼の襲撃を受けたそうです。ですが、義政様と奥方様、それからお子様も無事に脱出されたそうです」
「そうか、よかった」
スズメは直時から受け取った書状を読んだ。表情にみるみる闘志が漲っていくのが直時にもわかった。
「よし。よく報せてくれたな。直時」
「いえ、ぼくはそのような大したことは……」
「いや、これで私は自信を持って兵たちを元気づけることができるようになった。叔父上がすぐ近くまで来ているのがわかったのだからな。逆転の可能性も出てきた。そなたのおかげじゃ」
「あ、ありがとうございます」
スズメはさっそく、武者たちを激励した。
「皆の者! よい報せじゃ! 叔父上がすぐ近くまで来ておるとのことじゃ! もうすぐ、叔父上の軍勢が後詰めに来てくれる! それまでなんとしても持ちこたえるのじゃ!」
「おおう!」
武者たちの表情にも明るさが戻った。弓を引く腕に力がよみがえる。
スズメは義政への返書をしたため、直時に託した。
「すまぬが、これを叔父上に届けてくれ。それから、調べてほしいことがある。頼まれてくれるか」
「も、もちろんです」
直時は書状を受け取ると、また義政のもとに取って返した。その後も、直時はスズメと義政の間を何度か往復した。それと同時に上空から攻囲の様子を調べ、スズメと義政に状況を報告した。そして、その情報をもとにスズメと義政の間で作戦計画が立てられたのである。
その日も藤崎勢は小鬼の攻撃をよく退け、日暮れを迎えた。小鬼は城を包囲したまま矛を収めて野営にかかった。
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