第5話 握られる拳
「どうした、直時」
スズメの呼びかけに直時は我に返った。
「あ、いえ、実はぼくの故郷も日の本というのです。一体どういうことなのだろうかと……あ、ああ、話しの腰を折ってすみません。続きをお願いします」
「うむ。あの化け物どもは古くから人間といがみ合っている、鬼と呼ばれる種族のひとつでのう。理由もなく田畠を荒らしたり、人を殺したりする忌々しい奴らでな。我らは
「人間と鬼……?」
「人間というのは、さきほどそなたも見た、
「魅人、硬人、巨人、平人……」
「そうじゃ。そして、そなたが報せてくれたあの大男は
まるで
「魅人はエルフ、硬人はドワーフ、巨人はオーク、平人はヒューマン、小鬼はゴブリン、大鬼はオーガというところか。呼び方こそ違うけれど、それはこの日の本でそう呼ばれているだけで、外国へ行けばエルフやドワーフなどと呼ばれているかも知れない」
もしかしたら、自分は映画かゲームの中にいるのではないか。子供のころはゲームの世界へ行って、悪い魔王をやっつけるなどという想像を膨らませたものだが……。
考え込む直時をスズメは覗き込んだ。
「どうした。人間や鬼がそのように珍しいか」
「珍しいも何も、ぼくの世には平人……でしたか。普通の人間しか存在しません。魅人や、まして鬼などという生き物は空想上の生き物で、現実には存在しません! スズメ様! これは現実なのですか!?」
おとなしい直時にしては珍しく昂ってしまい、詰問口調になってしまった。
「まあ、落ち着け」
「あ……申し訳ありません。つい……」
「いや、これがまことの出来事なのかと問われればのう。他の者なら、当たり前じゃと叱りつけているところじゃが、そなたが相手では私も少々自信が無くなってきた。なにせ、そなたのように小さくて空を飛べるような者など聞いたこともないからのう」
「それでぼくのことを神様の使いと思ったのですね」
「そういうことじゃ」
「そうなのですか。ぼくのような者は存在しないのですか……」
この回答に直時は肩を落とさざるを得なかった。他にも、自分のようにこの世界に来てしまった者がいるかもしれないと、淡い期待をしていたからだ。
直時はもうひとつの疑問を口にした。
「魔法は存在するのですか? 火の玉をぶつけたり、怪我を治療したり、物を浮かせたり」
「魔法? なんじゃそれは? 我らは火の玉を出したりできぬし、怪我の治療は医者の役目じゃろう」
「そうですか……」
直時はこの回答にも落胆した。魔法が存在するならば、飛行したり物体を追随させたりということの説明がつくと考えたのだが、それは甘い考えだったようだ。
どうしようもなくなって、直時は天井を仰いだ。思いつめる直時にスズメが問いかけた。
「直時よ。そなたは何者じゃ? どこから来た? どこへ、何をしに行く?」
発言の内容こそ不審者を咎めるようであるが、咎め立てするつもりでないことは口調で分かった。なだめるような、諭すような優しい口調である。
「ぼくは人間です。こちらの世でいえば平人……でした。ごく普通の。身長だって一七八センチはあったのですよ」
「せんち、というのは長さのことか?」
「ああ、はい。そうです」
「空は飛べたのか?」
「いいえ。飛べませんでした」
「どこから来たのじゃ?」
「東京という街です」
「とうきょう……ううむ、聞いたことがないのう」
「…………」
「…………」
スズメは改まって直時を見た。
「それで直時よ。そなた、これからどこへ行くつもりじゃ?」
直時はスズメの問いに悄然と答えた。
「行くあてなどありません。強いて言うなら、ぼくはぼくの世界に帰らねばなりません。ですが、その方法がまるでわかりません。どうやってこの世界に来たのかもわからないのですから。坂を転げ落ちたらこちらにいたのです」
「そうか。ご家族も心配していようのう」
「はい。ですから、なんとしても帰らなくては……。でも、どうしたらいいのか……」
スズメは、ずいと体を前のめりにして直時に近づいた。
「ならば、直時よ。どうすればよいのかわかるまで、ここに留まるが良い。そなたがどういう者なのかはまだわからぬが、悪者ではなさそうじゃ。食い扶持も少なくて済みそうじゃしの。なにより、そなたのその空を飛ぶ力じゃ。その力があれば戦は俄然、有利になる。その力をぜひ私に貸してほしい。今日のように」
直時としては願ってもない申し出である。この百鬼夜行の世界で宿もなく過ごすなど自殺行為であるし、孤独に耐えられそうにもなかった。
「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、この屋敷でお世話になります」
「うむ。では、寝床と……そうじゃな、着るものを用意させよう。そのようなひらりひらりとした格好では動きづらかろう」
「あ、ああ。そうですね。何から何までありがとうございます」
「うむ」
にこやかなスズメの表情が不意に真剣になった。
「ところで、直時よ。そなたが我らの世とは異なる世から来た者だということは何となくわかったが、そなた、なぜ我らを助けた? 恩も義理もなかろうに」
「正直、ぼくもあのときは動転していたのでよくわかりません。ですが、いまはぼくの行動が誤りでなかったと思っています」
「ほう? 異界人のそなたでもあの小鬼どもは忌むべき存在と映ったか」
「それもそうですが、なにより……」
直時は言葉に詰まった。一体何と言えばいいのだろうか。直時はこの半日でスズメに尊敬とも諦念とも言える思いを抱いていた。自分と大して違わない年齢でありながら、最前線で戦い、家臣たちに希望を与え続けるなど、自分には絶対にできまい。人物に心酔したとでも言うのだろうか。この人から認められれば、取り立てて誇ることの無い自分も、少しは誇りを持てるようになるのではないかと思うのだ。
「なにより、なんじゃ? ん? さてはそなた、私に惚れたか? たったいま女であることを明かしたばかりだというのに、気が早いのう。はっはは」
「いや、あの、確かに仰る通りです」
「な、なに!?」
スズメは呆気にとられた。自分の発言に気づいた直時は慌てて補足した。
「ああいや! 誤解なさいませんように。ぼくはスズメ様に惚れ込んだといいますか、心酔したと言いますか。とにかく、スズメ様は恩人です。必ずご恩はお返しします」
スズメは大笑した。
「そなた、おとなしそうな顔をしてなかなか言いおるのう。まあ、悪い気はせぬ。こちらこそよろしく頼む。さて、直時よ。夜も更けてきたし、続きは後日にいたそう。もっとも明日も戦じゃからな。後日というものがあれば良いが」
「ということは、勝ち目は薄いのですか? 後詰めは来てくれないのですか?」
後詰めとは援軍のことである。援軍が来なくては篭城戦は不利になるばかりだ。
スズメは押し黙ってしまった。
「来ないのですか」
「家臣の前では来ると言わねばならぬがな。叔父上の軍勢が後詰めに来てくれるはずじゃが、そもそも叔父上の屋敷も襲われているやも知れぬ。そうであれば、こちらに兵を回す余裕などあるまい。もし来ているとすれば、もう近くまで来ているころなのじゃが……」
スズメの表情が翳った。攻囲は既に十五日間も続いているらしく、兵糧や武器も底が見えてきていると言う。後詰めが来てくれなければこの城はやがて蹂躙される。
「ぼ、ぼくが……」
直時はそこまで言ってためらった。これから言おうとしていることを自分は成功させられるだろうか。しかし、成功させねば、この城もこの女性もあの化け物どもに踏みにじられてしまう。
それに、つい先ほど自分は言ったではないか。必ずご恩はお返ししますと。今がその時ではないのか。
「ん?」
「ぼくが連絡役をしましょう!」
直時は思い切りよく言い切った。拳が堅く握りしめられている。
「そなたが? いくらなんでも危険じゃ。そなたは異界の人間じゃろう。協力を頼みはしたが、そこまでしてもらおうとは思わぬ」
「先ほど申し上げたように、ご恩返しをさせてください。それに、こんな小さな人間が空を飛んで行くなど誰も思わないでしょう。連絡役にはうってつけではないでしょうか」
「なるほどのう……。では、すまぬが、頼まれてくれるか」
「はい……!」
化け物が横行する異界の地。このような地で途方に暮れている自分を救ってくれた、この女性を死なせたくはない。そのためには失敗を怖がって何もしないというわけにはいかない。その時、その時、最善と思われる行動を起こさなくては。今の場合、それは味方の軍勢を引き連れてくることである。
直時は握りしめられた拳を懸命に解きほぐそうとした。
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