第4話  死神との出会い

 レオンとカイの、新入生としての一日目が始まった。

 これから魔族の新入生たちと肩を並べ、同じ教室で学んでいく――はずだった。


 冬の冷気に包まれた講堂には、新入生たちが整列していた。

 壇上には、掌ほどの大きさの水晶玉が並んでいる。


「おい。聞いたか。魔力測定テストの担当は、セヴランだってよ」

「“魔法原理主義者”にして“死神”のセヴラン・ドレヴィスか……。公平にできるのかよ」


 魔族の新入生たちの噂話が、レオンとカイの耳に否応なく届いた。

 二人が教官席に目を向けると、そこには背をわずかに折り、杖を突いて座る壮年の魔族がいた。

 長身ながら痩せた体躯、眉間には深い皺。無駄な言葉を許さぬような鋭い眼光が、彼の頑なさを物語っている。


 その口から、低いバリトンが響いた。

「――試験監督のセヴラン・ドレヴィスだ。これより魔力測定を開始する。

 不正した者は、その場で厳罰に処す。……命が惜しければ真実の力を示せ。では、掲示された順に進め」


 講堂の空気が、一気に張り詰める。

 先ほどまでのざわめきが嘘のように消え、沈黙の中で試験が始まった。



 新入生たちが次々と水晶玉に手を触れ、光を放つ。

 赤、蒼、翠……光は生徒の体内に宿る魔力量を示し、強ければ強いほど輝きは鮮烈になる。

 そのたびに、周囲から羨望や称賛の声が上がった。


 だが、セヴランは反応しない。

 ただ機械のように光を測り、淡々とクラスを振り分けていくだけだった。



 やがて、カイの番が来た。

 周囲の魔族たちが、面白がるように囁く。


「アストリアの奴らに魔力なんてあるのか?」

「せいぜい水晶を曇らせるくらいだろ」


 カイは深呼吸し、水晶玉に手を置いた。

 一瞬、赤い光が弾けた――が、次の瞬間、体から一気に魔力が吸い取られる。


「……ぐっ!」

 膝が砕け、床に崩れ落ちた。

 額から汗が滴り、荒い息が漏れる。


「ははっ、見たか!」

「アストリアの民は測定すら耐えられんらしい!」


 講堂は嘲笑で満ちた。



「黙れッ!」


 雷鳴のような一喝が、講堂を揺るがした。

 杖を突き立てたセヴランが、氷のような眼差しで生徒たちを睨めつけている。


「恥を知れ! 何も出来ぬ新入生を笑うとは……それでもリリシアの民か!

 誇りを失えば、我らを魔族と蔑むアストリアと何も変わらぬ。彼らは民族は違えど共に学ぶ仲間だ!己の同胞すら嗤うその浅ましさ――それこそが、お前たちを弱くする!」


 ざわめきは一瞬にして消え、生徒たちは息を呑んだ。


 セヴランはゆっくりとカイを見下ろし、次いでレオンへと視線を移す。

 冷たいが、そこに嘲笑はなかった。むしろ「見極めようとする意志」が宿っていた。


「……お前たちには、特別な測定が必要だ。ついてこい」


 そう言い残し、セヴランは立ち上がった。

 ざわめく新入生たちを背に、杖を突きながら歩き去っていく。その長身の背は深く折れ曲がり、影のように薄い。

 “死神”と噂される理由が、レオンにも分かった気がした。


「何をしている。早く来い」


 急かされ、レオンはまだ意識の朦朧とするカイを支えながら、その後を追った。



 厚い石壁に囲まれた訓練室。窓はなく、冷気がこもっている。

 扉が閉まる音が重く響き、静寂が満ちた。


 セヴランは振り返り、杖を床に突いた。

「……人間の魔力は、先天的に脆い。それは事実だ」


 低い声が石壁に反響する。

 だがその眼差しには、あの学生たちのような嘲笑はなく、鋭い観察の光だけが宿っていた。


「先ほど倒れたのも当然。魔族と同じ基準で計ること自体が無理なのだ」

 カイは唇を噛み、悔しさを押し殺して黙り込む。


 セヴランは懐から小さな水晶玉を二つ取り出した。

 淡い蒼光が、かすかに部屋を照らす。


「これを持て。一日に五度は必ず魔力を通せ」


 レオンが眉をひそめる。

「……鍛えて、意味があるのか」


「ある。体は鍛えれば強くなる。魔力も同じだ。血に宿る差は埋められぬ。だが量と流れは、鍛錬で必ず養える」


 そう言い放つと、水晶玉を机に置いた。

「カイ、やってみろ」


 促され、カイは震える手で水晶を握った。

 瞬間――体から力が吸い取られ、全身が痺れるように重くなる。


「……っ!」

 膝を折り、床に崩れ落ちた。


 セヴランは倒れたカイを一瞥し、レオンに視線を移した。


「いいか。これを一日五度。死にかけても、歯を食いしばってやれ。それが唯一の道だ。

 私は学生から“死神”と呼ばれている。構わん。だが私は常に、公正であろうと努める」


 冷徹な声音の奥に、確かな信念があった。


 レオンは拳を握り、静かに頷いた。

(……必ずやってみせる。この惨めさを、力に変えてみせる。剣だけでは、この国では生き残れない)


 窓のない部屋の中で、雪より冷たい空気と共に、胸の奥に小さな火がまた一つ灯っていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る