第22話 普通な俺と、特別なD組

6月が終わり、イベントらしいイベントもないまま迎えた7月。


それは、1年生にとって試練の時だった。


そう、夏休み前の期末テストだ。


楽しみにしている人間なんていないし、そもそもイベントですらない。


だが、俺はそこそこ勉強ができる。


自分で言うのも何だが、本当にそこそこできる。


いわゆる“普通”ってやつだ。


期末テスト1週間前ともなると、D組の教室は異様な熱気に包まれていた。


休憩時間も惜しんで、みんな真剣に勉強している。


俺の席の近くでも、複数の生徒が教科書やノートを広げて頭を突き合わせていた。


「数学の範囲ってどこまでだっけ?」


「やべぇ、誰か古典教えてくれ!」


焦る声が飛び交い、机を叩く音が聞こえる。


まるで、テストという見えない敵と戦う戦場のようだった。


皆が必死にテスト範囲を把握し、少しでも点数を取ろうと努力している。


その光景を、俺は窓から廊下をぼんやりと眺めながら傍観していた。


そんな俺の様子を見て、春原が声をかけてきた。


「佐伯くん、随分余裕だね。」


春原は明るくからかうような口調だったが、その顔には少しの焦りが見えた。


俺は視線を窓から春原へ移し、素っ気なく答えた。


「まぁ、勉強あんまり、した事ないから……。」


「そうなの?じゃあ、教えてほしいんだけど!」


春原は目を輝かせ、俺の机に身を乗り出してきた。


だが、俺は彼女の期待に応えることができなかった。


「俺も分からない……。」


春原はきょとんとした顔で、「どういうこと?」と聞いてきた。


「人に教えたことがないから、教え方が分からない……。」


これは嘘偽りのない本心だ。


自分の理解を人に伝えることほど、難しい事はないと思っている。


「え?そういうこと?」


春原は呆れたような、不思議そうな顔をしていたが、すぐに「なんか佐伯くんらしいかも」と納得したようだった。


「まぁ、普通に授業を聞いてたら何となく、分かるよ。」


「佐伯くんって、天才肌なんだね。いいなぁ~羨ましいなぁ~。」


春原はため息交じりにそう言って、自分の席に戻っていった。


話していると、次の授業のチャイムが鳴り響いた。


次は世界史。テスト範囲の復習が中心で、先生が教科書の要点を空欄にしたプリントを配る。


ひたすら教科書を見て空欄を埋めていく、ただそれだけの作業だ。


説明が下手かもしれないが、とにかくそんな授業だった。


授業が終わり、昼休みになった。


普段なら食堂へ行く生徒も、今日はコンビニで買ってきたおにぎりやパンを片手に、教科書やノートを開いている。


みんな真面目だなぁ、と感心しながら、俺はいつもの体育館裏へ弁当を持って向かった。


幸い、誰もいない。


さすがの春原も、佐藤や由香里と勉強に集中しているのだろう。


久しぶりに一人でゆっくり過ごすことができた。


なんだか少し寂しい気もしたが……。


午後からの授業もテスト範囲の復習ばかりで、その日は終わった。


そういえば、なんでみんなそこまで必死に勉強しているのか、言い忘れていた……理由は二つある。


一つ目は、球技大会の時と同じで、成績が良い順に例のポイントがもらえるからだ。


そして二つ目は、一つでも赤点があれば、夏休みに補習を受けなければならないから。


せっかくの夏休みを勉強に費やしたいと思う人間はいない。


本当にこの学校の先生たちは、生徒のことをよく分かっている。


アメとムチを巧みに使い分け、生徒の自主性を引き出している。


放課後、俺は帰宅準備を済ませ、バイトへと向かった。


心なしか、いつもより足取りが軽い気がした。

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