第21話 雨の日の相合い傘

球技大会が終わり、熱気も落ち着いた6月。


神戸に住み始めてから、雨の降り方が違うと知った。


海が近いせいか、空気が湿っぽく重い。


そんな梅雨の時期、俺は美化委員の仕事で、春原と二人きりで校内を回っていた。


「えっと、私たちの担当は、教室と化学室と家庭科室だね」


春原は、そう言ってチェックシートを覗き込む。


教室の点検はすでに済んでいた。


「そうだね……教室は問題なかったから、あと2箇所か」


「佐伯くん、化学室と家庭科室の場所、わかる?」


春原がそう尋ねる。


正直に言って、全く分からない。


入学から二ヶ月近くが経った、俺は自分のクラスと購買、保健室、そして体育館裏の位置しか把握していなかった。


「……分からない」


俺が正直に答えると、春原は少し呆れたような顔をした。


「……じゃあ、私たちどこに向かってたのかな?」


「……さぁ?迷った……」


春原は、両手を腰に当ててため息をついた。


「もう!最初から言ってよー。私に着いてきて!」


そう言うと、彼女は俺の手を掴んだ。


柔らかくて、温かい。


その感触に、俺の心臓は一瞬跳ね上がった。


周りの生徒からの視線が痛かったが、春原はそんなことを全く気にしていないようだった。


彼女に手を引かれ、俺たちは何とか化学室に辿り着いた。


チェックシートを確認し、次に家庭科室へ。


同様に点検を終え、3年の美化委員長に報告する。


教室に荷物を取りに戻り、下駄箱へ向かうと、外は土砂降りの雨だった。


春原は、傘置き場を見て立ち止まった。


「……どうしたの?」


俺が聞くと、彼女は悲しそうな顔でつぶやいた。


「私の傘がなくなってる……」


「えっ?誰かが、間違えて持って帰ったのかな?」


「えー、どうしよう。どうやって帰ろう……」


困り果てた様子の彼女を見て、俺はポケットから折りたたみの傘を取り出した。


「良かったら、これ使う?」


「……借りたら、佐伯くんはどうするの?」


「俺は、学校から近いし走れば大丈夫」


「ダメ!風邪引くじゃん!!……それじゃあ、一緒に傘に入っていい?」


「うん、いいよ」


俺はそう言って、傘を開いた。


俺と春原は、同じ傘に入って駅へと向かった。


待って……これって、相合い傘って言うやつじゃないのか?


初めての経験だ。


どうすればいいのか分からない。


漫画やアニメでは、男側が肩を濡らすくらい傘から少し出るように描かれていたが……現実ではどうするべきなんだ?


それに、何を話せばいいのかも、分からない。


「佐伯くん、傘入れてくれてありがとう」


「どういたしまして……。えっと、駅からどうやって帰るの?自転車?」


「うん、隣の駅から自転車だよ?」


「そうなのか……」


会話が途切れる。


沈黙が、重く感じられた。


すると、春原は、少し明るい声で話し始めた。


「あ!でも、自転車にカッパを乗せてるから、駅から大丈夫だよ」


「本当に?なら、大丈夫か……」


俺がそう言って安堵すると、春原は俺の肩を見て言った。


「佐伯くん、肩濡れてるよ」


そう言って、彼女は俺の方にグッと近付いてきた。


肩と肩が触れ合い、温かさを感じた。


やっぱり、距離が近く感じるのは気のせいなのか?


俺は彼女の温かさを感じながら、駅まで歩いた。


その間、特に会話はなかったが、気まずさはなかった。


むしろ、この時間が、ずっと続けばいいのにと、心の中で願っていた。


花隈駅に着くと、春原は傘から出て、俺に笑顔で言った。


「傘に入れてくれてありがとう!それじゃあ、また明日!」


「うん、また明日」


そう言って、春原は手を振り、雨の中を駆け抜けていった。


俺は、濡れた肩を気にすることなく、彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。


この雨は、俺の心を濡らすだけじゃなく、春原との距離も縮めてくれた。


そう思えた、そんな梅雨の日の出来事だった。

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