第19話 過去の幻影

球技大会当日。


1年の生徒の熱気と歓声が、体育館の空気を震わせている。


俺のクラスは順調に勝ち進んでいた。


俺はベンチから、バスケ経験者の佐藤や、春原、昭彦、由香里たちがコートで活躍する姿を眺めていた。


皆が声を掛け合い、互いのプレーを褒め合う姿は、俺がずっと憧れていた「青春」そのものだった。


そんな中、俺の視界の端に、ある光景が飛び込んできた。


他のクラスの試合に出ていた、少し太った男子生徒が、相手チームから激しいヤジを浴びせられている。


「おい、そこのデブ!邪魔なんだよ!」


「お前みたいなのがバスケなんてやるんじゃねーよ!」


ヤジは、まるで俺の中学時代に聞かされた言葉と寸分違わなかった。


全身から血の気が引いていく。


心臓がドクドクと不規則な音を立てる。


頭の中には、誰も助けてくれなかった、あの冷たい視線がフラッシュバックした。


息苦しさに耐えられず、俺は人目を避けて体育館の裏口へと向かった。


(やめろ……もうやめろ……!)


遠くから聞こえる応援や歓声が、俺にはただの嘲笑にしか聞こえない。


その時、背後から声が聞こえた。


「佐伯くん、どうしたの?」


振り返ると、そこには心配そうに顔を覗き込む春原が立っていた。


彼女は汗をかき、息を切らしている。


「大丈夫だよ、俺は……」


「大丈夫じゃないよ!顔が真っ青だよ、佐伯くん。何かあったの?」


俺は首を横に振った。


こんな気持ち、誰にも話せない。


話したところで、理解してもらえるわけがない。


「試合、もうすぐだよ?早く戻ろうよ」


春原はそう言って、俺の手を引こうとした。


しかし、俺は反射的にその手を振り払ってしまった。


その行動に、春原は目を丸くして立ち尽くした。


「……ごめん。俺、ちょっと一人になりたいんだ」


そう言い残し、俺はそのまま体育館の裏口から外へと飛び出した。

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