第13話 それぞれの放課後

5月9日 午前8時41分。


朝のホームルームは、ざわめきと期待に満ちていた。


「はーい、みんな静かにしてくださーい」


ひびき先生の、柔らかくも芯のある声が教室に響く。


「来週に迫った球技大会だけど、1年生の競技はバスケットボールに決定しました~」


先生のふんわりとした声に、クラスの熱気がぐっと上がる。


「クラス対抗で、チームは男女混合。1チーム5人、交代要員は委員長に任せるわね~」


俺のクラス、D組は暑苦しいほどにやる気に満ち溢れていた。


優勝クラスには2000ポイントの報奨があるからだ。


この学園の2000ポイントが何を意味するか、生徒たちはよく知っている。


1ポイント1円として、学園内の食堂や売店で現金代わりに使える。


真面目な生徒が多いのも頷ける。


教師の手伝いや授業態度、テストの成績など、日々の行いがポイントとして還元される仕組みは、生徒たちの向上心をうまく刺激していた。


俺個人は食堂も売店もあまり利用しないが、いざという時のために持っておいて損はない。


学生証と連動した個人口座で管理され、指紋認証で本人しか使えないため不正もできない。


もし不正が発覚すれば、全てのポイントが没収される。


これでは皆がやる気になるはずだ。


ホームルームが終わり、10分休憩に入ると、佐藤がクラス全員に聞こえるように声を張り上げた。


「なぁ!今日の放課後、空いてる人いるか?いるんだったら、球技大会に向けて練習しようと思うんだが……。場所は市民体育館だ!」


その熱意に、春原すのはらが俺に話しかけてきた。


「佐伯くんは、来る?私は行こうかなと思うんだけど……」


「俺はパス。バイトがあるから……」


「えっ?佐伯くんってバイトしてたんだ。そんな話、聞いてないよ?」


「まぁ、誰にも言ってなかったから」


「ちなみに、どこでバイトしてるの?」


「……秘密」


「えー。私には教えてくれてもいいじゃん!」


「本当に……秘密」


何度か同じやり取りを繰り返すうちに、練習に参加する生徒は12人ほど集まった。


部活がある者、クラスの陽気な雰囲気に馴染めない者……そんな中で、クラスの半分近くが集まるのはすごいことだ。


そして、時は流れ昼休み。


俺は食堂で、佐藤たちと昼食を囲んでいた。


「佐伯くんは、放課後行ける?」


佐藤が俺に尋ねてきた。


「いや、実は今日は、用事があって行けないんだ……」


「そうか……それは、残念だ……」


「もしかして、デートか?」


山本昭彦やまもと あきひこが、からかうように言う。


「違うよ」


俺は即座に否定した。


昭彦あきひこ、あまり人のプライベートに首を突っ込まない方がいいよ」


西川蓮にしかわ れんが冷静に、たしなめる。


「お、おう。すまん、佐伯」


「いや、大丈夫」


その後は他愛ない話に花を咲かせ、昼休みはあっという間に終わった。


午後の授業が終わり、放課後。


俺が校門を出ようとすると、佐藤が待っていた。


「なぁ、佐伯くん。よかったらさ、LINE教えてくれない?」


俺にとっては初めての経験だった。


ラブコメの主人公なら、ヒロインである女子から聞かれるのだろう。


現実は違うみたいだ。


それでも、なぜか嬉しくて、俺たちは連絡先を交換した。


「これで、俺らも友達だな!じゃあな。また明日」


佐藤はそう言うと、来た道を駆け戻って行く。


「うん!また明日……」


俺は小さく呟いて、空を見上げた。

さてと、バイト頑張るか。


知ってると思うが、俺がバイトしているのは、家から徒歩15分ほどにあるローソンだ。


店内はいつも明るく、BGMが流れ、たくさんの商品が並んでいる。


俺はそこで、レジ打ちをしたり、品出しをしたり、清掃をしたりしている。


このバイトを選んだのは、特に理由はない。


ただ、家から近かったからだ。


それに、最近は18時を過ぎると、仕事を終えたおっちゃんたちが、夜ご飯を買いに来る。


あとはタバコを買いに来る人も多い。


未成年だからタバコは吸わないので、種類を覚えるのが大変だった。


だが、どのお客さんがどのタバコを買うかを覚えることができた。


そのお客さんが店内に入った瞬間に、俺はレジにタバコを用意しておく。


すると、お客さんが「いつもの、こちらでよろしかったですか?」という俺の言葉に、「覚えてくれてたのか!」と喜んでくれた。


こういったことを繰り返していく内に、多くのお客さんと顔見知りになっていった。


バイトが終わると、もう夜になっていた。


俺は店長に挨拶をして、店を出た。


夜の道を歩きながら、俺は今日の出来事を振り返っていた。


球技大会、ポイント、そして、佐藤とのLINE交換……。


俺の日常が少しずつ変わり始めている。


それは、嬉しいような、少し怖いような、不思議な感覚だった。


でも、俺は怖くなかった。


むしろ、この変化を、俺は楽しんでいるのかもしれない。


明日は、土曜日。


バイトも休みだ。

何をしようか、考えながら、俺は家路を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る