第11話 一人ぼっちの休日

さて、いきなりだが……今日は土曜日。


つまり、学校が休みの日だ。


「何しよっかなぁ~。」


カーテンの隙間から差し込む、まぶしい朝日に目を細める。


アラームをかけた覚えもないのに、休日の朝はいつも妙に早く目が覚める。


布団を跳ね除け、窓を開けると、潮の香りが微かに混じった風が部屋に入ってきた。


神戸に来てからというもの、この香りにはすっかり慣れてしまった。


そういえば、引越しの片付けや入学式、そして慣れない授業でバタバタしていて、まともに街を歩いたことがなかった。


神戸の観光名所なんて、まだ一つも知らない。


このままでは、ただ実家から場所が変わっただけの生活になってしまう。


それは嫌だ。


気分転換と称して、とりあえず着替えを済ませ、スマホと財布をポケットに突っ込んだ。


「よし!買い物にでも行くか……」


まずは、服を買いに行こうと、大きなショッピングモールへと向かった。


来てみたのは、いいが……俺、ファッションなんて、わかんねぇんだよなぁ~。


いつも、パーカーばっかり着てるし……。


結局パーカーを2着買っただけで終わった。


心の中では、「せっかく神戸に来たんだから、もっと気の利いたものを買えよ」と誰かが囁いている気がする。


しかし、どうすればいいのか分からない。


ファッション雑誌を読んでみようかとも考えたが、そもそもどの雑誌を読めばいいのかも分からない。


いや、このままじゃダメだろ!


パーカーが入った紙袋を握りしめ、自分に活を入れる。


せっかく神戸での買い物なのに、いつもと同じじゃつまらない。


俺は意を決して、隣にあった少しオシャレなセレクトショップに入ってみた。


そこは、先ほどまでの大衆向けの店とは雰囲気がまるで違った。


落ち着いた照明の下、無造作に、だが計算し尽くされて並べられた色とりどりのシャツやジャケット。


流れるBGMも心地よいジャズで、まるでどこかの映画のセットに迷い込んだかのようだ。


そして何より、店員のお兄さんがいかにもオシャレだ。


細身のジーンズに、体にフィットした白のTシャツ。


腕には腕時計が輝いている。


俺のような場違いな人間が来たことで、店の空気が一瞬ピリッとした気がして、心臓がドキドキする。


「何かお探しですか?」と聞かれ、俺は思わず「あ、いえ、ちょっと見てるだけです……」と逃げ腰になる。


「せっかくだし、これとかどうですか?すごく似合いそうですよ」と、黒いシンプルなシャツを勧められた。


どうやら、俺の気まずい雰囲気を察してくれたらしい。


「あ、いや、俺、こういうの着たことないんで……」


「大丈夫ですよ。試着はタダですから。新しい自分を発見できるかもしれませんよ」


その言葉に背中を押され、俺はシャツを手に取り、試着室に入った。


鏡の前でパーカーを脱ぎ、シャツに袖を通す。


腕や肩周りのラインがはっきりと出て、パーカーとは全然違う、シャープな印象だ。


襟元を整え、鏡の中の自分をじっと見つめる。


悪くない、どころか、むしろ良いかもしれない。


新しい服は、新しい自分を演出してくれる。もしかしたら、このシャツを着て街を歩けば、周りのカップルみたいにオシャレに見えるかもしれない。


そんな淡い期待が胸に膨らむ。


しかし、その期待はすぐにしぼんでしまった。


「いや、なんか、こう、違う気がして……」


結局、この服を着て歩いている自分を想像すると、どうにも気恥ずかしさが勝ってしまう。


無理して背伸びしている自分が、鏡の向こうで嘲笑っているようだ。


慣れない自分は、やはり落ち着かない。


「今回はいいです」


結局、俺はいつものようにそう告げて、パーカーを再び着て店を出た。


お兄さんは最後まで笑顔で「またいつでも来てください」と言ってくれたが、もっと自分に自信が持てたら来るようにしよう……と思った。


まぁ、誰かと出掛けることはない……はずだから、いいか。


はぁー、自分で言ってて辛いよ……。


しばらく、歩いていると、スターバックスという店があった。


コーヒーチェーン店だということは知っていたが、入ったことはなかった。


平日の朝には見かけないような行列ができていて、へぇー、結構並んでるなぁ、とぼんやり眺める。


よく見ると、並んでいる客のほとんどが男女のカップルだった。


二人で笑い合ったり、スマホで写真を取り合ったりしている。


服装を見ると、ファッションの知識がない俺でも分かるくらい、オシャレな格好だ。


彼女は淡い色のワンピース、彼氏はデニムジャケットを羽織っている。


二人とも、さっき俺が試着したシャツが似合いそうだ。


くそ、羨ましいなぁ~。


「俺もいつか、あんな風に、誰かと並んで、お互いの服を褒め合ったりするのかな……」


そんな漠然とした将来を想像する。


しかし、それはあまりにも遠い未来のように感じられた。


目の前のカップルは現実で、俺の想像はただの妄想でしかなかった。


俺には、ファッションを教えてくれる彼女もいなければ、服を選んでくれる友達もいない。


そもそも、一緒にカフェに並んでくれる相手もいない。


結局、その場を離れ、最終的にたどり着いたのはゲームセンターだった。


一人で過ごす休日の定番だ。


こう見えて、自分はぬいぐるみ系を取るのが好きだ。


UFOキャッチャーは昔から得意だった。


取るのが好きなだけであって、ぬいぐるみ自体はそんなにだが……。


部屋のソファーの周りには、いつの間にか増えてしまったぬいぐるみたちが溢れかえっている。


いつものように景品コーナーを物色していると、ひときわ目を引くぬいぐるみがあった。


クマのぬいぐるみなのだが、人気アニメのキャラクターの服を着ている。


限定品らしく、残りも少ないようだ。


「うわ、これ欲しいな……」


財布の中身と相談し、ついつい夢中になってコインを投入する。


アームを動かし、狙いを定める。


何度かの失敗の後、ようやく完璧な位置にアームを運んだ。


そして、カチャリとアームが閉まり、見事ぬいぐるみをゲットする。


ガラガラと音を立てて落ちてきたぬいぐるみを、俺は少し誇らしげな気持ちで受け取った。


「お兄さん、すごいですね!ナイスゲットです!」


いつの間にか後ろに立っていた店員のお兄さんが、拍手をしてくれた。


しかし、俺が嬉しさを分かち合おうと周りを見渡しても、誰もいなかった。


さっきまで盛り上がっていた別のUFOキャッチャーの前も、すでに閑散としている。


なんだか虚しくなって、誰かに「見てよ!」って言いたい衝動をぐっとこらえ、ぬいぐるみをカバンに詰め込んだ。


この高揚感を共有できる相手が、俺にはいない。


今日手に入れたこのクマのぬいぐるみは、もしかしたらこの部屋で一番、俺の寂しい気持ちを代弁しているのかもしれない。


こうした他愛のない休日を過ごしている。

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