第7話 1人じゃない昼休み

昼休みのチャイムが鳴り響く。


クラスメイトたちが三々五々、昼食を取りに動き出す中、俺はそっと弁当袋を掴んだ。


今日の昼食は、朝30分早起きして作った自作の弁当だ。


彩りも悪くないし、味もそこそこ。


俺は誰にも見つからないように、足早に教室を出た。


向かうは、いつもの体育館裏。


入学当初は、カツアゲの定番スポットとして誰も近づかなかった場所だが、今では俺にとって最高の避難場所になっている。


「ふぅ……」


誰もいない、静かな場所に腰を下ろし、安堵のため息をつく。


一人でいることに、すっかり慣れて

しまった。いや、むしろ一人でいる方が落ち着く。


そういえば、最近は春原さんが休み時間のたびに、俺のところへやってきては、自分の名前を言っていく。


「すのはらりん、すのはらりん……」


委員会の仕事で、ほんの少しだけ心を開きかけたのに、その行動は正直言って怖かった。


俺は少しずつ、ストレスを抱え始めていた。


(いや、ネガティブ思考になってるぞ、俺……。そんなことより、早く弁当を食べよう)


重い気分を振り払うように、弁当箱の蓋を開ける。


「いただきま──」


言い切る前に、気配を感じた。


びっくりして肩を震わせると、俺の隣には春原さんが立っていた。


「ごめん、驚かせるつもりはなくて……声をかけても全然気づいてくれないから」


「え?あー……ちょっと考え事してたんだ」


「何か、悩みでもあるの?もしよかったら、話聞こうか?」


「いや、大丈夫……」


そうは言っても、君がストレスの原因だなんて、口が裂けても言えない。


「そっか。何かあったらいつでも相談に乗るから!」


「ありがとう……それで?なんの用?」


「弁当袋を持って教室を出るのが見えたから、よかったら一緒に食べようかなぁーと思って……」


そう言われても、断る理由もない。


いや、断ってもどうせ無理やり隣に座るだろう。


俺は半ば諦めにも似た感情で、「いいよ、お好きにどうぞ」とだけ答えた。


すると春原さんは、満面の笑みを浮かべて「それじゃあ、隣、失礼しまーす」と俺の隣に腰を下ろした。


きっと、今日だけだろう。


そう思うことにした。


「ねぇ?そのお弁当、お母さんの手作り?」


「いや、自分で……作ったんだ」


「えっ!嘘、本当に?めっちゃ美味しそうだし、上手じゃん!」


「まぁ、一人暮らしだから……」


「一人暮らし!いいな~、憧れるなぁ」


「私、一人暮らしに憧れてるんだけど、自炊とかできるか不安でさ」


「まあ、慣れれば……」


「そっかぁ。実家にいると、ついつい甘えちゃうんだよね。でも、一人暮らしになったら、頑張って作ろうかな。お母さんがよく作ってくれる、鶏肉の甘酢あんかけとか、作れるようになりたいんだ」


春原さんは楽しそうに、家庭料理の話を始めた。


俺は、彼女の言葉から、温かい家庭の風景を想像した。


彼女が当たり前のように享受している「家族と食べるご飯」という日常が、俺にとってはもう遠い過去のものだった。


それから、他愛のない話が始まった。


いや、俺にとっては尋問のようなものだった。


春原さんは、「自炊してる?」「実家はどこ?」「家は近いの?」など、次々と質問を投げかけてきた。


春原さんの質問攻めに、俺はただ曖昧に相槌を打つことしかできなかった。


まるで、俺のプライベートという名の領地に、無邪気な侵略者が足を踏み入れてきたような感覚だった。


質問の矛先が趣味や好きなものに移っていくと、俺はさらに口を閉ざした。


「えー、ないの?好きな漫画とか、ゲームとか。映画は?」


「……別に、特に」


「そっかー。でも、絶対何かあるはずだよ!」


俺が警戒の目を向けていると、春原さんは急に話題を変えた。


「ねぇ、次の5限目は、いよいよサッカーだね?」


「そうだね」


そうだ。5限目のLHRは、親睦を深めるためにサッカーをすることになったんだった。


面倒くさいな……。


俺は、早くこの時間が終わってくれることだけを願っていた。

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