#03 ヒステリシス
昼下がり、商業区の中心から外れた細い路地を抜けた瞬間、
光と音がふっと途切れた。
人工の青空はそこで断ち切られ、AR広告の喧騒も消える。
ひやりとした空気が肌にまとわりつき、温度が二度ほど下がったように感じた。
旧区画──舗道はひび割れ、ガラスは割れ、錆びた鉄骨が骨のように突き出ている。
壁に貼られたポスターは雨で半分剥がれ、風に揺れていた。
その中に、昨日見た「朝陽会」の張り紙があった。
記された住所を頼りに進むと、通りの端に朽ちた映画館が現れた。
「ASAHI CINEMA」の文字はかすれ、ネオンは崩れ落ち、看板の骨組みが空を切っている。
重い扉を押すと、カビと古いフィルムの甘い匂いが鼻を刺した。
破れた赤い座席、床に転がるフィルム缶、静まり返った空間。
音すら時間に置き去りにされたようだった。
正面のスクリーンには、テレビでよく見る総理大臣が映っていた。首相官邸だろうか?
中央に鎮座するのは、金属でありながら呼吸するように脈動する巨大な塊。
表面の複雑な模様はわずかにうねり、真空管が鼓動に合わせて淡く明滅している。
無数のプラグと配線が絡みつき、金属でありながら熱と鼓動を孕み、
生き物が冷たい鎧をまとっているかのような、異様な存在感を放っていた。
そのすぐそばに、総理大臣の姿があった。
硬い表情で、赤いボタンのついた旧式のパネルを見つめている。
「……あれがヒステリシス」
背後から低い声がして振り返ると、作業着姿の今井が立っていた。
診察室で見せていた柔らかい表情は消え、目だけが鋭く光っている。
「総理はあれを核ミサイルの起動装置だと思っている。
だが、実際には──あれが起動すると、時が一日だけ巻き戻る」
スクリーンの中で総理が手を伸ばす。
巨大な金属の塊が、ゆっくりと震えた。
その瞬間、頭の奥が同じリズムで脈打ち、呼吸が浅くなる。
今井が視線をこちらに移す。
「春……お前の頭のチップは、あれの断片だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます