第2話「草原の片隅に、ぽつりと佇む宿」
「異世界転生をするにも、お金がかかるんですよ」
「そこは、短命で終わった私にご褒美という流れにはならないのでしょうか」
「こちらも慈善事業ではありませんので」
残念そうな顔で淡々と事実を語りかけてくる女神様を睨みつけたくなったけれど、そんな女神様の怒りを買うような事態を自ら招くわけにはいかない。
「そこで、もう一度、人生を生き直してみませんか」
これ以上にないくらい素晴らしい提案だ。
そう言わんばかりの明るい笑顔を浮かべて、女神様は私に一つの提案を差し出してきた。
「あー……でも、また戦争に駆り出されるのは嫌なので、お断り……」
「魔王との戦いは終わりましたよ」
「戦争が、終わった?」
あの恐怖と憎悪に満ちた日々が消え去り、世界に平和が訪れたことを告げられる。
「ヴァレミが帯同した勇者様が、世界を救ってくれたのですよ」
信じられない。
信じたくない。
二つの感情を行き来している心が選んだのは、平和が訪れたことを信じたいという気持ちだった。
「過去に戻る必要はありません。ヴァレミが生きることができなかった未来を、生きてください」
女神様の周囲に光の粒が漂い始める。
「新しい世界を提供することはできませんが、元の世界でいっぱい稼いでくださいね」
今まで口にしてきたいい台詞すべてが台無しになるような言葉を残して、女神様は宙をさ迷う光の粒子を手のひらに乗せて遊び始めた。
「お金があれば、来世の選択肢が増えますから」
「女神様が、とんでもないこと言ってますけど」
「ふふっ、すみません」
光の粒が星空のようなきらめきを放っているように感じていたら、その光の数々はようやく私のことを認めてくれたらしい。
私の体を包み込み始め、体内に温かいエネルギーが広がる感覚を体が覚えていく。
「今度こそ、平和な世界を」
女神様の最後の言葉を受けて、一応、私の希望は叶えてもらえそうだと期待する。
「ヴァレミとしての人生は終えてしまったため、名前や容姿は変わってしまうのですが……」
「新しく始めた人生で、立派に転生費用を稼いでみせます」
「それは心強いです」
まったく新しい世界で人生を始めるには、通行料金が必要。
まだまだ終わることができない人生に感謝するべきなのか、勇者様の前世は大金持ちだったのかと羨むべきなのかよく分からない展開がもたらされる。
「今度こそ、アトリーヌとして悔いのない人生を」
女神様の姿が、徐々に霧のように消えていく。
新しく始まる人生の先に、何が待つのかはまだ知らない。
それでも魔王との戦争が終わった世界には、希望の光のようなものが灯されていく。
もうすぐで人生の生き直しが始まるのだと思うと、久しぶりに自分の中に高揚感が生まれてくるのを感じた。
「ここが、平和になった世界」
人生の生き直しが始まった私は、見知らぬ草原に立たされていた。
風が静かに髪を揺らす。
空には雲の姿すら見つからず、ただただ空に広がる澄んだ青を眺める。
まるで夢のような穏やかさが存在して、私はまだ現実から切り離されているのではないかと疑ってしまうほど。
「まずは顔、確認したい……」
魔法使いのヴァレミは亡くなってしまったのだから、ヴァレミの顔を今の自分が引き継いでいたら大事になってしまう。
自分の容姿がどうなっているのか確かめたいと思っても、水溜まりひとつ見当たらない環境下では望みは叶わない。
「住む場所とか、どうなってるんだろう」
広い草原の上では、人ひとり見つけることができない。
次から次へと溢れてくる独り言に反応してくれる人はいないはずだったのに、柔らかな風が耳を撫でることに気づいた。
『住居は、女神様が用意してくれたよ』
そんな都合のいい言葉をくれたのは、魔法使いヴァレミと時を共にしてくれた精霊の声。
魔法使いは精霊の恩恵を授からなければ、魔法を使うことができない。
(アトリーヌとしての人生も、魔法が使える……)
魔法使いなんて、魔王討伐の戦闘要員にしか扱ってもらえなかった。
魔法使いという職業に、いい印象を抱くことができないのは事実だけど、精霊たちと久しぶりに言葉を交わせるのは素直に嬉しいと思った。
「こっちの方角に……あ」
精霊の声に従って、ほんの少し歩いた。
すると、錆びた看板が吊るされている古びた宿を発見。
錆びた看板にはかつての宿の名が刻まれていると思うけれど、その文字すらも読み取れないくらい字がぼやけてしまっている。
「宿一軒、まるまる貰っちゃっていいのかな……」
たとえ窓は割れ、庭には枯れた花々や草の残骸が残っていたとしても、一人で暮らすには十分すぎるほど広い住処を手に入れてしまった。
(宿の
草原の片隅に、ぽつりと佇む宿を訪れる人がいるのかという不安はある。
人が来なかったからこそ、この宿は寂れるという結末を辿ったのかもしれない。
自給自足を始めるにしても資金不足の私は、やはり職を見つけるしかない。
(食べていくための手段を見つけなきゃ)
木造の古びた建物の外壁は雨風にさらされて色褪せ、苔のようなものも生えている。
玄関の扉は外れかけているけれど、建物の中に入るために恐る恐る扉へと手を伸ばす。
金具がギィィという不気味な音を立てながら、なんとか中へ入ることに成功する。
「お邪魔しまーす……」
中に足を踏み入れると、一人で経営するには十分の広さを誇る玄関ホールが待っていた。
天井は高級感ある高さを誇っているけれど、その一部は残念ながら崩れかけている。
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