誕生日
夏休みも後半になった頃、シキはまたロマの家に遊びに来ていた。
今日はロマの作ったケーキの味見をしてもらうのだ。
「家庭科部の先輩の友達が農業科の人でね。昨日、果物をいっぱいもらったんだって。それで、おすそ分けしてもらったの! せっかくだから桃のケーキ作ってみたんだけど、どうかな?」
ロマは紅茶をティーカップに注ぎながら尋ねた。
「桃のケーキ、とっても美味しいよ。ロマはやっぱりすごいね。柔らかな桃の甘さと、しっとりした生地と生クリームの全てのバランスが絶妙だ」
「ありがとう! シキ君は果物好きだから多めに入れちゃった」
少し照れくさそうに笑うロマの声には、シキに褒められた喜びが溢れていた。
二人はケーキを食べながら、話題がふと変わる。ロマが端末を取り出し、目を輝かせて言う。
「そうだ! シキ君、ライブペイント動画を投稿してるキールって人知ってる?」
シキは一瞬、フォークを止めた。
「うん。知ってるよ。ロマも気づいてたの?」
「えっ? 気づくって何?」
きょとんと首を傾げる。
「あっ、ごめん。何でもない。……そうだ、ロマ! ルキの誕生日もうすぐなんだけど一緒にお祝いしない?」
シキが珍しく動揺したように見えた。
「えっ!? 知らなかったよ! ぜひお祝いしたいな。いつなの?」
「8月25日だよ」
「もうすぐじゃん……。シキ君、俺よく考えたらルキ君のことあんまり知らないや。友達なのに誕生日も知らなかったし」
ロマは少し肩を落とした。
唐揚げが好きってことくらいしか知らないなんて……。
シキは紅茶を飲みながら柔らかく微笑む。
「今のルキは自分のこと、ほとんど話さないからね」
「ルキ君のこと教えて欲しいな! ちなみにシキ君の誕生日も教えて?」
「僕はもう過ぎてて4月22日なんだ。僕のルキの情報も7歳止まりだからね……。まぁ画材ならよく使うから喜んでくれると思うけど、無難すぎるかな?」
「大丈夫だよ、きっと喜んでくれると思う! プレゼントは画材と、バースデーケーキは俺が作るよ!」
ロマの声が少し弾んだ。
ルキ君の笑顔を思い浮かべるだけで、胸があたたかくなる。
「もし良ければ僕にも手伝わせて?」
「良いね、助かるよ! 一緒に作ろう!」
「頑張ろうね。それで、ロマの誕生日はいつなの?」
何気ない調子だったが、紫の瞳がまっすぐロマをとらえた。
ロマは気のせいだと思いながらも、胸が少しだけ熱くなる。
「俺は10月30日!」
「秋生まれなんだね」
シキはそう言って、どこか満足そうに微笑んだ。
ロマはわくわくしていた。
ルキ君にたくさん喜んでもらいたいな。
「ルキはキールが好きだから…スポンジケーキにカシスジャムと苺やベリーを使ったケーキにしようかなと思うんだけど、ルキ君食べられるかな?」
ロマはノートに走り書きしたレシピを見ながら、材料を指で追った。
シキはそれを覗き込みながら、穏やかに頷く。
「ルキはベリー系好きだったよ。甘さは控えめにしたら、もっとルキ好みのケーキになるかも。ホワイトチョコの上に絵を描くのは難しいかな?」
「それやってみたい! チョコの絵は前の日に準備しよう!」
ロマとシキはルキの誕生日に向けて動き始めた。
そしてルキの誕生日の前日、ロマとシキはホワイトチョコレートに絵を描く作業を一緒にしていた。
ロマは可愛くデフォルメしたキールとルキ君を下書きした。
「良い感じだね。この辺に海を描いて良いかな?」
「うん! すごい背景になりそう!」
ロマは下書きした線をチョコペンでなぞっていく。
髪の色などをチョコペンで描き加えていく。
シキは繊細なタッチで、ルキとの思い出の砂浜と海の波模様を加えた。
ホワイトチョコレートで強化して完成だ。
ロマはルキにメッセージを送る。
『ルキ君、明日俺の家にきて! 絶対! 唐揚げいっぱい作って待ってるよ』
しばらくして返事がきた。
『行けたら行く』
「シキ君、行けたら行くってルキ君から返事来たんだけど……来てくれるかな」
「ふふっ……なんか海の時も同じやりとりしたような気がするね」
シキが笑いながら言った。
「ほんとだ、じゃあ絶対来てくれるよね!」
ロマも釣られて笑ってしまった。
そしてルキの誕生日の朝がやってきた。
ロマの家、“カフェ・白猫”の二階にあるロマの部屋は、いつもより賑やかな空気に包まれていた。
窓から差し込む夏の陽射しが、片付けた漫画本やスケッチブックを照らし、壁に飾られた風景画が朝の光にきらめく。
ロマとシキは、ルキの誕生日会に向けて準備に追われていた。
前日に完成したチョコプレートは、ブルーベリーと苺が彩るスポンジケーキの上に飾られる予定だ。
キッチンには、ルキの大好きな唐揚げや夏野菜のサラダ、彩り豊かなフルーツ盛り、シキが提案したハーブ風味のポテトフライ、サンドウィッチなど、テーブルを埋め尽くす料理が並んでいた。
ロマとシキはエプロンを着け、キッチンを動き回る。
シキ君はケーキのスポンジに、ほんの少しカシス酒を加えたカシスジャムを塗る。
ロマが生クリームを塗って、シキと一緒に苺やベリーでデコレーションをした。
「お料理って結構楽しいね」
「でしょ? シキ君のデコすごく良い感じに出来たね!」
ロマとシキは最後に唐揚げやポテトフライを揚げた。
キッチンに漂う唐揚げの香りが、もうすでにたまらない。
正午頃、木のドアのベルが鳴った。ロマが勢いよく階段を駆け下りると、ルキが少し照れくさそうに立っていた。
水色の髪をヘアピンで留め、今日もラベンダー色の瞳がよく見えるレアな姿。
「ルキ君! 来てくれた!」
ロマの声が弾み、ルキは少し照れているみたいだった。
ラベンダー色の瞳が、照れ隠しにそっぽを向く。
「……いつも唐揚げに釣られるなんて思うなよ」
「えー、ほんとかな? でも、来てくれてほんと嬉しいよ!」
ロマの無垢な笑顔に、ルキの口角がわずかに上がった。
シキが階段を下りてきて、穏やかに声をかける。
「ルキが来ないと始まらないからね」
ルキは一瞬シキを見て、すぐに視線を逸らし、小さく呟いた。
「……シキもいたのか」
ルキの瞳にはほのかな温かさが宿っていた。
三人は二階のロマの部屋に移動した。
「お誕生日おめでとう!!」
ロマとシキの声が重なる。
「えっ……なんで……? ありがとう……」
ロマとシキが用意したテーブルには、カシスジャムと苺で彩られたケーキ、唐揚げの山などがたくさん並んでいた。
ロマがケーキにロウソクを立て、火を灯した。
「ルキ君、お誕生日おめでとう! ロウソク、吹き消して!」
ロマの声に、ルキは少し照れくさそうに息を吹きかけ、ロウソクの火が揺れて消えた。
シキが穏やかに拍手し、ロマがニコニコと笑う。
三人はテーブルを囲み、料理を楽しみ始めた。
唐揚げはカリッとジューシーで、にんにく、ジンジャーと醤油の香りが食欲をそそる。
カシスジャムのケーキは、甘さ控えめでベリーの酸味が爽やか。
ロマとシキが描いたチョコプレートが、ケーキを一層特別なものにしていた。
「ルキ君、この唐揚げどう?」
ロマが頬張りながら言うと、ルキ君は一口食べて頷いた。
「…うまい。海の家の唐揚げよりうまい」
ルキが味わう様子を見てシキが嬉しそうに笑う。
「そうだね」
「手の込んだ料理がいっぱいで本当に嬉しい……」
ルキが小さく呟く。
「ルキ君、プレゼントどうぞ!」
ロマはわくわくしながら、包装された小さな箱をルキに手渡した。
中には、シキと選んだ水彩絵の具セットと、ルキの好きな海の青をイメージしたスケッチブックが入っていた。
「ルキ君、このメーカーの画材好きだよね? シキ君と一緒に選んだんだ!」
ルキは箱を開け、絵の具の鮮やかな色をじっと見つめた。
「……これ、欲しかったやつだ。ありがと、ロマ。シキ」
ルキの声には素直な喜びが宿っていた。
シキがそっと微笑む。
「ルキの絵、楽しみにしてるよ」
ロマはテーブルに並んだドリンクに手を伸ばした。
カシスジュースだと思ってグラスを手に取り、勢いよく飲んだ。
だが、一口飲んだ瞬間、カシスジュースとは別の香りが広がる。
「なんか……これ、変な味だけどおいしい……」
ロマの頬がみるみる赤くなり、頭がふわふわと揺れた。
シキが慌ててグラスを見やる。
「ロマ、それ……カシスのお酒だ! ケーキ用に置いてたやつだよ!」
「えっ!? おれ、かんちがいして……? ……あっ!」
ロマの声が少し呂律が回らなくなり、ふらっと体が傾いた。
そのまま、ルキとシキの間に倒れ込む。
「うわっ、ロマ!?」
ルキが慌ててロマの肩を支え、シキが反対側からロマを支えた。
ロマはふわふわした笑顔で、二人を見上げた。
「シキ君……ルキ君……俺すっごく今幸せ……友達のお誕生日祝えるの……すごく良いなって……」
ロマの声は少し眠そうで、頬は真っ赤。
ルキのラベンダー色の瞳が、ロマの顔を覗き込んで心配そうに見つめる。
「ロマ、しっかりしろって! こんなんで酔うなよ!」
シキは苦笑しながら、ロマの背中をさすった。
「大丈夫、ちょっと休めばよくなるよ。ルキ、水持ってくるからロマをお願い」
ルキは頷き、シキは急いでキッチンへ向かった。
ロマはルキの肩に寄りかかり、ぼんやりと呟いた。
「ルキ君の肩なんか落ち着く……」
ロマがルキにしがみついて寝ようとする。
「おい、ロマ! 大丈夫か……?」
ルキが動揺してロマを起こそうとする。
ロマはルキに揺さぶられながらも眠りそうだった。
シキが水のグラスを持って戻り、ロマに飲ませた。
ロマは少しずつ水を飲み、ようやく酔いが落ち着いた。
「ルキ君……せっかくのお誕生日パーティーなのにちょっと寝ちゃってごめん!」
ルキ君は照れくさそうに視線を逸らし、呟いた。
「……お前、酔っ払うとめんどくさいな。でもすごく楽しかった、ありがとう」
ルキ君の声には、隠しきれない優しさが滲んでいた。
ロマは酔いが醒め、笑顔でケーキを見つめた。
「ルキ君、このケーキ、シキ君と一緒に作ったんだ」
ルキはチョコプレートをじっと見て、小さく頷いた。
「この絵、キールと俺を描いてくれたのか。なんか恥ずかしいけど……ありがとう」
シキが穏やかに笑い、ルキの肩に軽く手を置いた。
「ルキ、こうやってまた一緒に誕生日をお祝いできて、ほんとに良かった。ロマのおかげだよ」
ロマは照れくさそうに頭をかき、笑った。
「えへへ、俺、ちょっと酔っちゃったけど……シキ君とルキ君が楽しそうで、俺も嬉しいな」
「最高の誕生日だ、ありがとう!」
ルキが今まで見たことがないようなとびきりの笑顔で感謝を伝えてくれた。
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