第4章:黒川蓮の告白
悪夢のような体験と、日ごとに増していく怪異。楓の心身は、限界まで疲弊していた。もう無理だ。こんな村には一刻だっていられない。
夜が明けるのを待って、楓は最低限の荷物をリュックに詰め込むと、逃げるようにしてバス停へと向かった。しかし、彼女の最後の希望は、一枚の無慈悲な張り紙によって打ち砕かれる。
『土砂崩れのため、当分の間、トンネルは通行止めとします。復旧の目処は立っておりません。 夜鳴村役場』
嘘だ。楓は直感した。昨日の夕方までは、何もなかった。これは、自分をこの村に閉じ込めるための口実に違いない。震える手で村長の家へ電話をかけると、受話器の向こうで佐伯は心底申し訳なさそうな声で言った。
「いやあ、楓さん、大変なことになりました。昨夜の雨で、トンネルがねえ。復旧にはしばらくかかるでしょう。ご不便をおかけします」
その、あまりに白々しい口ぶりに、楓の中で何かがぷつりと切れた。やはり、この村は異常だ。自分は閉じ込められたのだ。絶望に打ちひしがれ、バス停のベンチに座り込んでいると、不意に影が差した。顔を上げると、そこに黒川蓮が立っていた。
「あんた、この村のこと、何か探ってるのか」
彼の目は、初めて会った時のような敵意ではなく、真剣な光を宿していた。その問いに、楓はもう隠し通すことはできないと悟った。覚悟を決め、祖母の日記のこと、自分の影に起こる怪異、そして昨夜の金縛りのことを、堰を切ったように話し始めた。
蓮は黙って楓の話を聞いていた。最初は半信半疑といった表情だったが、楓が祖母の写真と日記の「双子」という言葉を口にした瞬間、彼の顔色が変わった。
「双子……だと?」
蓮は重い口を開き、自分の過去を語り始めた。その声は、押し殺した悲しみと怒りに震えていた。
「俺にも……双子の妹がいた」
蓮の妹、美咲。彼女は十年前、次の影踏み祭りが間近に迫っていた夏に、湖で死んだ。村では足を滑らせた「事故死」として処理された。しかし、蓮はずっと疑っていたのだ。
「あいつは、死ぬ少し前から、何かに酷く怯えていた。『影が私を呼んでいる』『湖に行っちゃいけない』って、いつも泣きそうな顔で言ってたんだ。俺は、ただの怖がりだって、まともに取り合ってやらなかった……」
後悔が、蓮の言葉を詰まらせる。彼は、妹の死がただの事故ではないと、心のどこかで分かっていた。村の大人たちが、何かを隠していることも。だが、当時まだ若かった彼には、何もできなかった。
「あんたの話を聞いて、確信した。妹は、この村の何かに殺されたんだ」
蓮の目に、強い決意の光が灯る。彼は楓の前に屈むと、その目を真っ直ぐに見つめた。
「妹の死の真相を知りたい。そのために、あんたに協力する。あんたが持ってる情報は、きっと繋がるはずだ」
楓は、蓮の言葉に、暗闇の中で初めて一筋の光を見出した気がした。この閉ざされた村で、たった一人ではなかった。初めてできた味方の存在が、恐怖に凍りついた心に、わずかな温もりを与えてくれる。
「ありがとう……黒川さん」
「蓮でいい」
短くそう言うと、蓮は立ち上がり、厳しい表情で楓に告げた。
「いいか、よく聞け。村の連中は、祭りが近づくとおかしくなる。誰も信用するな。特に村の奥にある『鎮めの湖(しずめのいけ)』には、絶対に近づくな」
そこは、彼の妹・美咲が亡くなった場所だった。そして、蓮の口から出たその湖の名前は、祖母の日記にも、走り書きのような文字で記されていた。
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