第1話part4

「ほんとに大丈夫?良ければ、送るよ?」

「大丈夫大丈夫―。1人で帰れるから、心配しないでー」

先程の飄々さは息を潜め不安そうにする渚と、相変わらずゆったりとした口調で話す螢。

既に、侠弍とリサは帰路に着き、残っているのは渚達だけであった。

「お菓子とかの片付けはしなくて良いのー?」

「あぁ。まだ残ってるし、私がやっておくよ」

「わかったー。それじゃ渚さん、おやすみー」

「おやすみ、螢」

扉を開き、廊下を歩いて行く螢を手を振りながら見送ると、渚は椅子に座り、残った菓子を摘み口に放る。

「はぁ……」

「なんだ、恋人が帰っちまって寂しいのか?」

「まあね。あー、もうちょっと一緒にいたかったなー」

「3日に1度のペースで会ってるじゃないか」

「それはそうだけどさぁ」

渚は、やけに砕けた口調でガラゴと言葉を交わす。

普段の飄々としつつも頼りがいのある喋り方(本人談)は、彼女の好きなテレビドラマに影響されたものであり、本来のものではない。

尤も、2つの喋りを完璧には分けられておらず、時折混ざる事も。

「しかし、叢雨君の想い人が蠱獄に、それも拾弍堕天だったとはねぇ」

「あぁ、俺も驚いた」

ガラゴは、イドラと戦うリサの姿を思い返す。

「あの長く細やかな銀髪、金属物質を創造して武器を生成する能力、そしてイドラと渡り合える戦闘力 間違いない、皇銀〈キミガネ〉だ」

「皇銀か……」

皇銀。蠱獄に引き摺り込まれてから、僅か数年で堕天入りを果たした怪物中の怪物。

この数年という単位が、どれ程異常であるのか。

蠱獄に連れて来られた者達は、来た瞬間に凄惨苛烈な殺し合いに身を投じることになる。

何時終わるとも知れぬ、生き残りを賭けたバトルロワイヤル。

一瞬たりとも気を抜く事のでない極限の状況が、半永久的に続くのである。

しかも、人員基い被害者は逐次投入され続ける上、獣僕達も跋扈している。

殆どの者が、他者や獣僕に殺されるか耐えかねて自害するか、どちらかの道を数カ月以内に選ばされる事になる。

その中にあって、他を寄せ付けない圧倒的な戦闘力と、自己を見失わない強靭な精神力を併せ持つのが拾弐堕天、そして肆天魔である。

その内堕天に数えられるには何万何億、或いはそれ以上の屍を積み上げる必要がある。

積み上げには、果てしない年月が必要になる。

個体差はあるものの、通常数百年、早くて数十年。

対しリサは、現世の時間で7年とかからぬ内に、その山を築き上げたのだ。

「あの尋常じゃない強さ、蠱獄の中でも抜きん出ていたから、はっきり覚えてるぜ。なんせあれ以来、感知圏内に銀髪の奴がいると内心身構えるようになってしまったからな」

「え、そうだったの?」

「それ程、あの嬢ちゃんは強かった。あれだったら、完全復活したヴェリアにも対抗」

「縁起でもないこと言わないでくれ」

食い気味且つ怒り気味に、渚は言う。

「あ、す、すまん、口が滑った」

謝罪するガラゴ。

「だが、嬢ちゃんの力があれば、状況は大いに好転する。そうだろ?」

「それは、そうなんだが……」

その言に、納得はしながらも乗り気になれない渚。

「まぁ、ようやっとさっき恋人と再会を果たした所だ、暫くはイチャイチャさせてあげたいよな。お前とあの子のように」

「……まぁね。それでガラゴ、叢雨君達の様子はどう?」

「異常なし。順調に、叢雨の住まいに向かってる」

「……螢は?」

「ん?……問題ないぞ?、ってあの子の方はお前も分かるんだろ?」

「これか?」

渚は札を一枚、人差し指と中指の間に挟みながら取り出す。

「これは、対象に危機が迫った際に反応する物だから、螢が襲われることが前提にーー襲われる?」

途端に、渚の顔が青白くなっていく。

「嫌だ……そんなの、螢が、そんな……」

「おーい、戻ってこーい」

ガラゴが飛び立ち、渚の耳元で羽音を響かせる。

「はっ!す、すまん」

彼女は我に返った。

「兎に角、これが発動するってことは半分手遅れの状態であるから、それを未然に防げるガラゴの力に頼るのは、至極当然の行為なのだよ」

「その喋り方、あんまりオリジナルには似てないぞ」

「うっ……」

「が、頼りにされてるっていうのは、素直に嬉しいねぇ」

「するさ。お前がいなければ、螢は今頃……」

渚の脳裏を、様々な記憶が駆け巡る。

10カ月前、死にかけていた自身の前に現れたボロボロの蛾。

初めての家庭教師。

螢との出会い。

そしてーーヴェリア。

「……」

天井の蛍光灯が点滅、部室を一瞬闇に包む。

暗く沈んだ空気が、部屋の中に充満していく。

それを払うかのように、ガラゴは言った。

「ま、今は落ち着いているし、ひとまずは叢雨と嬢ちゃんの成り行きを見守る方を考えようや」

「……そうだな」

「さ、そうと決まったら、サッサとここを片付けて帰って寝ようぜ?」

「そうだな、って手伝わない気か」

「だから、一口も手つけてない」

目の前を飛びながら軽口をたたくガラゴを半目で見つつ、渚は残った菓子と飲料物、包み紙等のゴミを分別してエコバッグに入れる。

そして電気を消し、部屋を後にする。

その後を、ガラゴは飛びながら追いかけ、彼女の肩に着く。

暗い廊下に、コツコツと足音が響き渡った。


「イドラが倒されました」

「何だと?」

「だから、力づくでは駄目だと忠告したのですがねぇ……仕方がありません、こうなれば私が」

「否、俺が行く」

「ほぉ?敵討ち、というわけですか?以前も言いましたが」

「殺すな、っていうんだろ?わかってる、俺の力はそれにお誂え向きだからな」

「……まっ、期待はしないでおきますよ」

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