11.決意を新たに


 あれからひと月が経過して、ロッテの処遇が決まった。

 公爵夫人、そして公爵令嬢を殺害しようとした罪で鞭打ち百回後百年の服役。

 随分と重いがロッテが貴族ではないことが原因だ。


 王太子の婚約を破棄し廃嫡させ、周囲にも影響を及ぼし社交界を荒れさせたティアナは貴族籍の剥奪は無かった。

 なので数年の奉仕作業で出所することを思えば情状酌量も、と思うが結局ロッテは身勝手極まりない自己都合もかなりあったことで求刑通りとなったようだ。


 マルテは粛々と結果を受け入れた。

 我が子が罪を犯し、死んだ方がましと思うくらいの刑で裁かれるのは親として辛いところもあるだろう。

 マルテの夫はいない。マルテもロッテの父のことは語らない。だがロッテのことは大事にしていたらしいから複雑だ。


 マルテは公爵家のメイドに格下げとなった。

 新たに侍女長となったのは彼女より年下の女性だ。

 使用人たちはカールハインツが1人ずつ面談をし、私やユリアーナに対する態度の調査を行った。

 自己申告と第三者の話を聞き、まず雇用の継続の意思を確認した。

 自己申告で退職の意思を表した者は紹介状を書いて持たせた。ただし、紹介状には公爵家でしていたこと全てを記した。

 続けたい者は改善の余地はあるかを慎重に検討し、悪質な者は紹介状無しの解雇、命令されて逆らえなかったなどの余地があれば減給、降格処分を下し、半年毎に契約を結ぶこととなった。


 その際、執事長と侍女長は新しく雇い入れた。

 マルテに続き、クラークも降格を申し入れたためだ。

 長をいただきながら下の者を統率できなかったとして、自らに重い処分を望んだ。

 老齢なので今から他に行くのも、と思い、新たな執事長の補佐をお願いした。


 そんな感じでロッテの処遇が決まるまで、慌ただしく日々が過ぎていった。


 私とユリアーナは、と言うと、穏やかな日を送れている。

 使用人たちの面談をする為もあったのだろうけれど、あれからカールハインツはずっと仕事を休み邸宅にいるから。

 給仕に不信感が残る私たちの為に新しく雇ったメイドを配置し、彼がまず毒味をしてから私たちに運んでいるらしい。


 まともに食事を食べられるようになると、私の体調はすこぶる良くなった。

 髪は艶々、肌はもちもちすべすべ、赤みがかった頬に戻った。

 前回では骨と皮だけで痩せこけ、顔色も悪かったからやはり毒の影響もあったのだろう。

 ちなみに毒は解毒剤を毎日飲んでいる。

 毒を盛られたのは一度や二度ではなく、継続的にだったから全てを排出しないと死んだあと花が咲くそうだ。

 もしかしたら前回私が眠っていた場所には花が咲いていたのかもしれない。今はもう確認のしようがないけれど。



「お母さま、これどうぞ」

「ありがとう、ユリアーナ」


 公爵家の庭先に咲いた花を編み、冠を作ってくれたユリアーナははにかみながら私に差し出してくれた。

 それを頭に乗せれば嬉しそうに微笑んだ。


 思えば娘とこんな穏やかに過ごしたのは初めてだ。

 ユリアーナは器用に花を編み、もう一つ作っていく。

 今度は自分の頭に乗せてお揃いにしてくれるのかしら、と思うと顔が緩んでくる。


「これはお父様にあげます」


 ユリアーナの一言に思わず顔がひきつった。

 自分を省みなかった父親にもあげるなんて、と複雑な気持ちになったが、それを言うなら私もだ。

 思い返せば自分を裏切り追放しようとした婚約者に対しても恨みもせずあっさりと天国へ行こうとした子だ。

 あの忌まわしい記憶が無いならば恨みなどなく、本来の性格が純粋なのかもしれない。


「ユリアーナは、私たちを……恨んでないの?」


 花を編むユリアーナの手が止まる。

 薄紫の瞳に翳りは無い。


「私は……お父様とお母さまと一緒に食事ができることが幸せです」


 幼子らしく小さく微笑む。

 ──ああ、この子は。

 誰よりも優しく、平等で、純粋な心を持っている。

 大人よりも大人らしく、幼い子の心を失ってしまったかのようだ。

 そうさせたのは私たち。

 私は堪らずユリアーナを抱き寄せた。

 誰からも愛されるはずの子なのに、不幸にしてしまったことが悔やまれる。

 何度後悔してもし足りないくらい胸に突き刺さる。


「これからはずっと一緒よ。あなたが幸せを感じられるならば、お母さまは何だってするわ」


 何度誓ったか分からない。

 ユリアーナだけは、絶対に幸せにする。


「ありがとうございます、お母さま」


 小さな手が私を抱きしめる。

 このぬくもりは、誰にも邪魔はさせないわ。


 その為に、解決しなければならないことがいくつかある。


 一つはティアナとクラーラのこと。


 ティアナはもうすぐ出所する。クラーラも一緒だ。

 私が生きているし、ロッテがいなくなったから公爵家には入らないだろうけれど、カールハインツの愛人だからどこかで密かに匿われるだろう。

 そのうちここに来て害されないとも限らない。


 ロッテが密かに集めていたティアナを慕う、身分違いの恋を応援していた使用人たちはこの度一掃されたけれど、当主が本当に愛する人だと知れば手のひらを返されるかもしれない。


 もしもカールハインツがティアナを迎えると言うならば、その時私は離婚を申し出よう。

 ユリアーナは連れて帰る。

 実家の両親とは結婚してから疎遠だけれど、ユリアーナは孫娘だ。ユリアーナだけは匿ってもらえれば私は修道院に行けばいい。


 ブランシュ公爵家の後継はクラーラがいるから問題無い。

 元々ユリアーナと王太子殿下の子をブランシュ公爵家に迎えるはずだった。ならば異母姉であるクラーラとでも問題無いだろう。


 もう一つは後の王太子殿下ラルスとの婚約だ。


 カールハインツがそのうちラルス殿下にクラーラを紹介するかもしれない。

 目に入れても痛くないほどに可愛がっていた娘だ。

 前回ユリアーナと婚約した時の出会いは……


 そう、ラルス殿下の婚約者を決めるお茶会だった。年頃の令嬢令息が集められたお茶会で、ユリアーナはラルス殿下に見初められた。

 そこにクラーラを連れて来てもおかしくない。


 いずれラルス殿下がユリアーナとの婚約を破棄しクラーラと結ばれることを願うなら、いっそのこと最初から婚約などしなければいい。

 ユリアーナには幸せな結婚をしてほしい。

 義務でもなく、政略でもなく、愛し愛される結婚をしてほしい。


 だから私はこの婚約を阻止しなければならない。


 傍らで花冠を編む子の為に、私は決意を新たにした。

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